19話 一号のその後
「ネコしゃん!」
「イタチや!……って。全っ然ちゃうがな」
人間と獣人が住む街、アニモス。
『魂の定義』が宿泊している宿屋の食堂。そこで、この宿屋の娘であるミュンちゃんと、赤いイタチ型の魔物であるイタチ一号さんが顔を合わせている。
一号さんが何故、街にいるのかというと……。
☆
ロウさんが見事、早口言葉対決で一号さんのお題をクリアした後。さらに二回戦に突入……なんて事はさすがに無く。渋々、賭けの賞品であった、ハート型のククロの花を渡してくれた一号さん。
花を得るという目的は達成したけれど、その後の一号さんの消沈ぶりに見かねたレモナさんが、一号さんを街に連れ帰ることを提案したよ。
しかし、寂しがり屋に見えた一号さんは意外にも乗り気ではなかった。
「人間の街、言うたら魔物はペットやろ? せっかくペット生活から逃げて来たさかい。街には行かれへん」
なら私と同じようにハンターの従魔になってはどうか、と私も言ったけど、それもあっさり断られた。
そもそもペットとして品種改良された種の一号さんは、戦闘能力がほぼないから。そういった物理的な事以外でも、従魔になりたくない理由があるらしい。
「なんちゅうかな。こう、ペットとか従魔とかはワテの感覚に合わんのや。こう、対等ちゃう、思うねん。一匹でいるんは寂しいけどな? だからと言って、誰かの所有物にはなりたくないねん。ワテはもっと、自由に、人間と対等に生活がしたいねん!」
面倒くさい。実に面倒くさい。
いや、言いたいことは分かるし、もっともだけど。だからって何回戦もの勝負を挑まれたら、たまったものではない。
と、いうわけで。
置いていくのは可哀想だし、何だかちょっと面倒くさくなってきたから、とりあえず居場所が見つかるまで『魂の定義』のメンバーって事にしよう。そういう事になった。
一号さんも、ずっと一緒に旅をするのではなく、一号さんが留まる所を見つけられるまでなので、それで納得していた。
ぺんぎん型の従魔である私に対する皆の態度を見て、『魂の定義』は結構、従魔に対等に接していると感じたのかもしれない。単に勝負した仲だから、かもしないけど。
少しの間とは言え、仲間になれて嬉しそうだった。
一号さんとの関係は……まあ、ゲーム風に例えるなら『ゲスト』状態が一番近いだろうか。
街に来て最初は、オークの納品も兼ねてそのアニモス支部のハンターギルドに寄っていた。
そこで一号さんの従魔登録もしたんだけど……。
「また従魔登録を頼む。キルティの従魔で、名前は『イタチ一号』だ」
メネさんはもう動じない。
しかし、ごく普通に真面目な顔で名前を告げるロウさんを見て、何だか生温かい眼差しになっていた。
表面上はいつもの笑顔をしながらだから、器用だよね。私しか気づいてないみたいだったけど。
出会って二日なのに、メネさんの事を理解しつつあるのは、あのショーを共に乗り切った戦友みたいなものだからなのかもしれない。
ただ、メネさん。
書類に一号さんの事を書いていたみたいですが、こっそり『魂の定義』の書類の備考欄に『※ネーミングセンスが壊滅的』とか書いてないですよね……?
その後で宿屋へ。
いつか私達と別れる際にミュンちゃんが悲しまないように、と私達が探してきたククロの花。これについては着いた後、すぐ奥さんに渡してある。
押し花にするのはすぐにして、ミュンちゃんに渡すのは後にするらしい。その方が効果的だからだとか。
別れるその時に貰った方が、別れる悲しみが、貰った嬉しさで上書きされそうだもんね。
奥さんに依頼達成書だけサインしてもらい、後日またハンターギルドに行って提出すればいいらしい。
☆
そして現在は前述の通り、森から戻ってきて宿屋の食堂で落ち着いているところだ。
「あの、キルティさん。私ともしてる従魔契約って、常に魔力を使ってるんですよね? 一号さんが可哀想とは言え、一号さんまでキルティさんと契約したのは、その、大丈夫なんでしょうか?」
そう。最初は知らなかったけど、従魔契約している魔物は、小さくではあるが主人から魔力をもらっているらしい。
『魂の定義』のメンバーになるにあたって、ペットや従魔はいやとは言え、契約紋も無しに街へ入れない。だからキルティさんが一号さんとも従魔契約をしたのだ。
ただ、二匹分の魔力を常に……となるとキルティさんの体調とかが心配になってくる。
「んにゃ? だいじょぶだいじょぶ~。このくらい、平気だよ? それにね、アオイちゃんも一号ちゃんもかわいいから、プラスマイナスプラスって感じだもん」
キルティさんはそう言ってくれるけど、かわいいなら魔力に困らないって言うのは本当なんだろうか……。
でも前に座るレモナさんもこれについては心配していないらしく、キルティさんの言葉を後押しする。
「ま、キルの魔力は普通の人よりけっこー多いかんなー。実際特に今はさ、アオ達の契約に使う魔力より、回復量の方が上回ってっと思うかんな。つーわけで、その辺は安心していーんじゃね?」
との事。なら大丈夫かと安心し、改めてキルティさんはスゴいなあと思う。
そして契約紋だけど、私のと一号さんのでは若干違う。月が描かれているのは共通。私にはジグザグの模様が、一号さんにはぐるぐるの模様が入っている。
どうやら種族によって違うらしい。
ふれあいショーの時に分かりそうなものだけど、気づかなかった。多分、子供達にもみくちゃにされていたからだと思う……。
ちらりと、ミュンちゃんと一号さんの方を見ると。
「イタ、しゃん?」
「イタチや。イ・タ・チ!」
「イタチしゃん! イタチしゃーん♪」
一号さんが真剣に、ミュンちゃんに『イタチ』を覚えさせていた。ミュンちゃんが覚えてくれたので、ふう、とやりきった顔をしている。
ただしばらくすると、また『イタチ』が言えなくなってくるミュンちゃん。またまた一号さんが教えるというループ状態に陥っている。
何やってるんですか、一号さん。大人気ないですよ?
そして一号さんの頭には濃い赤色のバンダナが巻かれている。私のリボンと同じく、これもレモナさんのチョイスだ。
『関西っつったら、タコ焼きじゃん? んで、タコ焼きっつったら、バンダナじゃねー!?』
当然、転生者ではない一号さんには分からない理論だけど、何故か異様に気に入っていた。ビビっときたらしい。
転生者である私にも、分かるような分からないような理論だ。
んー……。今思ったけど、ロウさんとレモナさんの思考の飛び方って似てる気がする。
本人達に言ったら必死に否定されそうだけど、案外似た者同士だと思うんだよね。
「ロールキャベツ出来たぞ」
ロウさんが、宿屋の厨房から出てきてロールキャベツをテーブルに置く。
それまで眠たそう……というよりも寝ていたラシュエルくんが起き、ロールキャベツをキラッと精一杯まぶたを開けてガン見する。
そのキャベツは、帰りにまたラシュエルくん目当ての市場の人と会い、その人から貰ったものだ。
他にもくれようとしていたみたいだけど、昨日大量に貰ったばかりだから遠慮した。もっとも、キャベツも受け取らないつもりだったんだけど。断ろうとすると目の前の男性が泣きそうな顔になり、収集がつかなくなりそうだったから、キャベツだけ貰ってきた形だね。
ラシュエルくん、どれだけ罪な天使様なんですか……。
今は食堂に人が少ない時間帯なので、ロウさんが厨房を借りてキャベツ料理を作ってくれていた。炒め料理も入っているのは分かりますが、ロールキャベツって確か煮込んだ気が。この短時間でどう作ったんだろう?
作り終わったからか、ロウさんがテーブルの横で立ちながら話し出す。
「今日はオークの狩猟とククロの花の採取の、二つのみ依頼を行ったがこのペースだと仕事にならん。明日からはいくつかの依頼を同時にこなすぞ。……ああ。勿論、休日は作る。うちはブラック企業ではないからな?」
最後の方は、新人かつ日本を知る私に向かって言ったみたいだ。
はい、異世界に来てまでブラック企業とか過労死とか嫌ですしね。いえまあ、私は働いた事ないんですけど。
それにしても。
エプロンを着て菜ばしを持ち、家計の為にちゃんと働こうと言うロウさん。
――――おかんだ。
私はお母さんと呼ぶ派だけど、ロウさんがおかんにしか見えない。
うん、ここ大事なとこだね。お母さんではなく、おかんだ。
☆
そしてロウさんの言葉通り。その後の十日間程は順調に依頼をこなしていった。
主に、私や一号さんと会ったリンドの森での依頼が多かったけど、少し離れた川での依頼も。
私は相変わらず、戦闘には参加出来なかったけれど、その代わりに薬草等の採取を手伝っていた。だから植物については、最初より大分詳しくなったと思う。
市場の人からはまた食材をちょいちょい貰う為、ロウさんがそれを調理したのをお返ししていた。
完全に主夫じゃないですか。
そんなある日。
今日もハンターギルドに赴き、依頼を受けようとする私達『魂の定義』。
だがハンターギルドの様子はいつもと違っていた。人が多く、ざわざわと騒がしい。
何故なのかはすぐに分かった。側にいた他のハンターの、よく響く大きな声が聞こえてきたからだ。
「おい、ソネリの村にダンジョンが出現したらしいぜ!」
ダ、ダンジョン!?
異世界通り越して、ゲームっぽい。ダンジョン、不思議とわくわくする響きだよね。
『魂の定義』の皆も、驚きで目を丸くしながら顔を見合わせていた。
……どうやら、私にとって初めての旅の目的地は、ダンジョンになりそうだ。
人物イラスト紹介ページにイタチ一号を追加しました!
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