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拝啓 ライダーねぇさん より  作者: ハンオン リョウヤ
9/19

ノスタルジーが連れ去る頃

 「ミヨさん!」


 バタンッ、と大きな音をたてて教会の扉を開く。


 あれから色々考えて、気が付けば今日は「博愛祭」初日の木曜日。

町のあちこちでは、花かごやランプが用意され、朝早いというのに祭りの準備が始まっていた。


そんな雰囲気に居ても立っても居られなくなり、ヘレニックはいつもより早起きして教会に向かった。

肌寒い風も、ぴゅうと切りぬけていく彼には関係ない。


必死に走って、息を切らしてやっとのことで辿り着いた。


扉を開けて礼拝堂の奥へと進んでいくと、大あくびをしながら「チャイナ・シー」神父が姿を見せた。


「おい・・・ヘレニック・・・主はまだ眠っておられるぞ・・・」


神父は厄介払いでもするかのように、適当なことを言いながらサングラスを外して目をこする。


「悪い、神父。あの、ミ、ミヨさん起きてるかな・・・」


 神父に付き合ってられるか、と軽く謝るヘレニックが急いでいることを察して神父は、これ以上の無駄話はせずに、さっそく要件を聞き出した。


 「おーい、ミヨゾティー。起きてるかーー?」


 「・・・いないのか・・・?オートバイがあったからいると思ったんだけど・・・」


 いつもなら、神父の呼びかけにすぐ顔を出す彼女だが、一向にその姿はない。


 「出かけてんのかも知れねぇなぁ。今日から始まるだろ、博愛祭。あれが楽しみで出かけてんじゃないか?」


 確かにそうかもしれない。


 人が密集することを苦手とする彼女は、朝一のまだにぎわう前の祭りの雰囲気だけでもと、出かけて行ったのだろうか。

とてつもなく早起きな彼女が、朝7時で目を覚ましていないことはまずありえない。

だから、きっと出かけているんだろうと、ヘレニックはそう思った。


 「伝えておくか?」


 神父は、急いでんだろ、と気をまわしてくれたが、ヘレニックはそれを断った。


 「いや、また後で。自分で伝えるよ」


 ありがとう、とヘレニックは神父に言い残して、今度は息を整えるようにゆっくりと歩いて教会を後にした。


 そんな彼の後ろ姿を見送って、神父は奥のキッチンに向かうと、コーヒーカップを二客用意するのだった。




 ヘレニックは職場へと向かう最中に、何度もミヨゾティを探した。

けれど、いくら探しても、彼女の姿はどこにもなかった。

入れ違いになったのか、それとも、全く祭りとは関係のない場所にふらっと出かけたのか————


 はたまた——————。


 結局、ミヨゾティとは会えないまま、ヘレニックは町役場に到着した。

役場の入り口のドアを開く直前、一度だけ振り返ってみたが、やはり、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。


 帰りにもう一度だけ、探そう。


 ヘレニックはそう決めて、いつもより早く着いてしまった誰もいない役場へと、姿を消した。




 トポトポトポっと、お湯を注ぐ音。


 神父が淹れ立てのコーヒーを二杯用意して、それを礼拝堂に運ぶ。


 「なんで出てやらなかった」


 神父は呆れながらそう言うと、長椅子に腰掛けるその人————ミヨゾティにコーヒーカップを手渡した。


 「あいつ、アタシに会いに来てくれてたの?」


 ありがと、と神父からコーヒーを受け取ると、ミヨゾティは少し罰が悪そうな顔で神父に尋ねた。


 「気付いてんなら、顔みせてやればよかったのによ。全く・・・、これじゃあ私は、ほら吹き神父じゃないか」


 神父は可笑しそうに自分で笑いながら、ミヨゾティの隣に腰掛けた。

ミヨゾティもつられて、不思議と笑みがこぼれる。


 「アタシさ、すっっっごく・・・嬉しかったんだよ」


 「へぇ・・・?」


神父は、ミヨゾティを横目にコーヒーをすすりながら、黙って彼女の話を聞く。


 「あの日さ、ヘレニックがアタシのことを抱きしめてくれただろう?あいつは絶対、そんなことできるような奴じゃなかったのにさ。不思議だよね・・・人間って」


 ミヨゾティは、カップの淵を指でなぞりながら続けた。


 「ちょっとの間に、あっという間に大きくなっていくんだね」


 「なんだいそりゃ?あんただって、人間(・・)なんだろう?同じじゃないか」


 神父は、可笑しなことを言うもんだと、ミヨゾティに聞き返した。

すると、彼女はふるふる、と寂しそうに首を横に振った。


 「アタシはそう思ってるよ。月に住んでる奴らも、この星に住んでる奴らも、同じ人間なんだって。でもさ、本当にそうならさ・・・」



 ————「パール・ブルー」に住む人間は、宇宙を超えて月には行けない。



 「一体よぉ・・・。誰が決めたのかね?そんなこと」


 神父は、1つため息交じりにそう言って、半笑いを浮かべた。

ミヨゾティはうつむいて、もう一度首を小さく横に振った。


 「アタシは自分のこと、人間だと思ってるけど、人間じゃなくて良かった、って思ってるのよ・・・?だって、そうじゃなかったら・・・アタシはあの子に会えてなかった!」


 ぱっと顔を上げるミヨゾティの、何とも言えない、この世のものとは思えないような笑った顔。

いつになってもこの輝きは、うまく表現することが難しい。

神父はそう思いながら、慣れないことはするもんじゃないな、とミヨゾティの頭を優しくポンポン、と撫でるのだった。


 「いいか、ミヨゾティ?月に住むあんたらが、特別だとかってんじゃない。この星に生きる奴らも皆、あんたらと同じなのさ」


 大差なんて、ありゃしないんだよ。


 神父はそう言うなり立ち上がって、ミヨゾティの代わりにしゃべりだした。



————月にいようが、「パール・ブルー」にいようが、私たちは、姿かたちはなんら変わりない、ただの人間だ。

もし、そこに違いがあるなら。

そこで暮らしていくうえで、必要だったり要らなかったりして、より賢く生きるための(わざ)が備わっただけなんだよ。

だから、月に住む人々は、10年に一度のためだけに、屈強な心身と屈託のない笑顔を手に入れた。

だから、「パール・ブルー」に生きる者は、遠くから落ちてくる月を、見守るだけにしたんだよ。


 たった、それだけの違いで、人はこんなにも思い悩む。


 「この星じゃあ、宇宙のいろんなコトにあやかって暮らしてるようなもんだ」


————私が着ているこのキャソックの生地も、宇宙で裁断されているんだよ。


神父の全身を覆う真っ黒なキャソック。


 ————ほかにもね


 そう言って神父は、目の前のステンドグラスや、燭台のろうそく、教壇に置いてある聖書を指差す。

これらもすべて、宇宙で作りだされている。


 この星に住む者は、どういう理屈なのかは知らないが、何の装備もせずに、宇宙で呼吸をすることができる。

聞く話によると、普通、宇宙というのは真空状態で、放り出されるようなことでもあれば、そこでは存在ごと粉微塵にされるらしい。


 しかし、不思議なことに、この世界の宇宙では、そんな悲惨なことは免れているようだ。


 宇宙に到達すると、そこでは小さな小舟を浮かべたりして、魚を釣ることができる。

時折、この教会に捧げものとして、宇宙で釣れた魚は味が違うからと持参する者がいる。


 宇宙で生地を裁断するときは、どの部分を裁断するか見極めて、そっと鋏を入れて一気にジャッと裁っていく。生地がめくられると、その下から、たちまち新しい宇宙が顔を覗かせているのだ。


 こんなにも、生活にかかわっているのに、あともう一歩先の月には近づけない。


 「————月は燃えるように熱く、太陽の力を借りずして、自ら光り輝く」


 月に住む人が特別なのではなく、月が少し変わり者なのだ。

神父は聖書を開いて、とある一文を読み始めた。


 「————誤って月に近づいた人間は、その月の眩さに目をやられ、二度と、帰ってくることは無かったという」


 「知らなかった・・・、そんなこと。月はあまりにも静かすぎて、音がないせいで・・・。きっと、誰も気が付かなかった・・・」


 これはただの伝承に過ぎない。

ミヨゾティも、神父も知る由もない幻のような、信じがたい話。


 神父は聖書を閉じて、真っ直ぐにミヨゾティに向き合って言った。


 「帰ってこなかった奴が、かわいそうだなんて思うんじゃないぞ?いいか?この話のオチってもんが、今に繋がるんだからな」


 ミヨゾティは彼の言っている意味が分からないまま、その続きを待った。


 「————のちにこの人間、気が付くと月に住まいて、懐かし気に、月より「パール・ブルー」を眺める」


 神父は、天に指差して最後の言葉をくくる。

そこには、胡散臭さや名利も何もない。着飾らない、ありのままの姿があった。


 「なぁ、ミヨゾティ?月じゃ、みーんな、あんたみたいなやつばっかなのか?」


 神父は、サングラスの奥から皮肉めいた眼差しでミヨゾティに目をやる。

ミヨゾティも神父に応えるように、互いを見合った。


 そして、曇り気のない、いつものあの笑顔で答えるのだ。


 「いいや!アタシよりも・・・、ずっっっっっと輝いてるよ・・・!!」


 「違いない」


 神父は、ミヨゾティの言葉を聞くなり、クククっと静かに笑みをこぼすのだった。




 月と「パール・ブルー」は、かなり距離が離れているという。

だから、月からこの星を訪れたミヨゾティにとっては、ヘレニックの成長速度がやけに早く感じるのだ。

それはきっと、彼女が瞬きをしている間に、植えたばかりの花の種が、花を咲かせて散ってしまうように。

あっという間に、ヘレニックが大人になっていったように思えたのだろう。


 そして、光の速さでミヨゾティはやってくる。

散ることのない花のように、彼女の笑い顔は、いつまでも、何年たっても変わらない。


 逆に、ヘレニックは驚いたに違いない。

10年ぶりに再会したミヨゾティが、何一つ変わらないまま現れたことに。

まるで、最後にあったのが昨日だったのではないか、というほどの時間差に。


 それほどまでに、彼女は、昔の美しい彼女のままだったのだ。



 『何年経っても変わらないって、案外素敵なことじゃないか』



 ミヨゾティは、いつの日かヘレニックに向けた自身の言葉を思い出す。


 月光の瞬きも、速度は違っても同じようにして年を重ねる人間も。

 素敵なことなのだ。

 —————何年経っても、変わらぬ愛も。


 「神父様。それだと、月の表皮が落下してくるのは何でなの?」


 ミヨゾティは、にんまりしながら神父に尋ねる。


 神父は、えぇ?っと、ちょっと可笑しそうに、鼻で笑ってこう言った。


 「そりゃあ、やっぱり、あれだろう?月が落下してんじゃなくて、『パール・ブルー』が月を引っ張ってんだろ?」


 かつて、月に去ってしまった、『パール・ブルー』の人の子を。

返せと言わんばかりに。

10年に一度、肥大した月の表面を吸い取りながら、今もなお、探しているのだ。



 「あぁ・・・やっぱり————


 「「ロマンティック」」



 二人の息がぴたりと重なったことがおかしくて、二人してそれぞれ、腹を抱えて笑い合った。


 「ミヨゾティ、後でちゃんとあいつに謝れよ。これは、俺からの心添えだ。いいな?」


 「はーい。ありがとうございます、神父様」


 そして、陽気な笑い声は、いつまでたっても礼拝堂に響き渡っていた。





 その日の夕方、いつも通り定時になって、ヘレニックは仕事を切り上げた。

そそくさと役場を出るなり、一目散に駆け出す。

ヘレニックは、教会へ向かう最中も、ミヨゾティの姿を探した。


もしかしたら、また町まで来ているかもしない。


 そう考えるたびに、ヘレニックの足取りは軽くなる。


 ごぉごぉと、夕方になると一気に風が強まり、落ち葉が宙を舞うたびに、冬の訪れを感じるこの季節。

店先を飾る祭り用の花かごやランプが、強風にあおられて危うくひっくり返りそうになるが、そんなことには気も留めず、ヘレニックは肌寒さを忘れて、今はただひた走る。


 そして、そのときというのは、予想外にも早く訪れるものらしい————



 「ヘレニック!」



 背後からの呼ばれる声に、ヘレニックは急停止して振り返った。


 「迎えに来たよ!」



————それはまるで、夢で見たあの頃と同じシチュエーション。



エンジンをかけたままオートバイに跨って、彼の帰りをずっとそこで待っていたのだろうか。

彼女の鼻や指先は、寒空の下、風にさらされて微かに赤くなっていた。


「ミヨさん!?」


ヘレニックは、慌ててミヨゾティの元に駆け寄って、目を疑った。

あまりにも探し過ぎたせいで、もはや彼女の幻覚が見え始めたのではないだろうか、といった塩梅に。


 けれど、どう疑ったところで、本物のミヨゾティであることに違いはなさそうだった。

ヘレニックはそれだけを確かめると、ほっと胸を撫で下ろした。


 「よかった・・・。朝はどこにもいなかったから、これから探しに行こうと」

 「ごめんね!ヘレニック・・・!」


 「えっ・・・?」


 ヘレニックの言葉を遮って、ミヨゾティは頭を下げた。

そして、すぐにぱっと顔を上げて、ぐいっとヘレニックに近づいて切り出す。


 「でも、この前はありがとう!あとね!アタシ、分かったのよ!!なんで月が、この星に—————————



 「————!?ミヨさん————!!!!」




 —————バンッ。



 「え・・・?」


 何かを、たたきつけるようにしてぶつかった衝撃音と、ヘレニックの叫び声。

一瞬、自分たちの身に何が起きたかわからなかったが、ミヨゾティは即座にこの状況を飲み込んだ。


 祭り用の飾り看板が、彼女の背後に向かって突風にあおられて飛ばされたのだ。

言うまでもなく、ミヨゾティはそのことを、ぶつかってくる直前まで気が付かなかった。


 けれど、ミヨゾティは無傷でその場に立っていた。


 かわりに———


 ミヨゾティを庇うようにして、ヘレニックは彼女の頭部に覆いかぶさったあと、顔を歪めてその場に崩れ落ちていった。


 「ヘレニック・・・!?」


 運悪く、飾り看板はヘレニックの頭部に直撃。


 鈍い痛みが頭の中をかけ走る。


朦朧とする意識の中で、ヘレニックは、ミヨゾティの何度も自分の名前を呼ぶ声だけが聞こえていた。



(あぁ・・・よかった・・・)



ヘレニックは、自分自身でも、誰かを庇うという咄嗟の行動に驚きを覚えながら、ミヨゾティが無事だったことに安堵して、意識を失った。


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