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拝啓 ライダーねぇさん より  作者: ハンオン リョウヤ
16/19

常盤の想い

 「ヘレニックも、なかなかヤべー感じだったんだな・・・」


 「変な言い方するなよ、ほんとのことなんだからな」


 オーキッドは、ヘレニックから大体の話を聞き終えると、なんとも微妙な表情をしていた。

お互い、それなりに色々あったのだと思いながらも、今となっては二度と訪れない思い出となったそれを少しばかり懐かしむ。


 突き当たりの道に出ると2人は別れて、明かりのない道を帰っていった。


 別れ際、ヘレニックは長話に付き合わせたことをオーキッドに謝ると、はぁーと大きなため息をつきながら背中をバシッと叩かれた。


 「まぁ何はともあれ!おめでとうだな!」


 ヘレニックは何度も強く背中を叩かれることで、嘘みたいなこれまでの事がようやく実感になっていく気がした。


 「結婚式!絶対に呼べよなー!じゃあ、また!」


 オーキッドは去り際に、手を振りながらそう叫んで愛しの我が家へと帰っていった。

ヘレニックも、そんな彼のるんるんとした背中に手を振って、来た道を戻り教会へと足を運んだ。


 ふと、ミヨゾティの顔が浮かんで、話すすべきことがどっとあふれてきた。

結婚式のこともそうだが、なにより、たとえどんなに愛し合っても一緒に月へは行けないということ。

彼女が一番分かっているはずだが、改めて自分の口から伝えなければならない、と彼は考えた。


 そうしなければ、二度と、ミヨゾティの笑顔は見れないのだと―――――――月を眺めるだけの寂しげな彼女の横顔を想像して、胸がクッと掴まれた気がする。


 彼女がずっとそうしてくれたように、ヘレニックも伝えなえればならないのだ。

けれど、今のヘレニックにとってそれはきっと思いのほか、簡単なほどするりと口にできるだろう。


 ミヨゾティとの出会いが、照れ屋で目を逸らしがちだった彼に何かをもたらした。

それが恋なのか愛なのか、本当のところは分からない。

けれど、ヘレニックは確かに前を向いている。


 有耶無耶だった気持ちは、恋ではなかった。

ただ、長らく抱いていた透明だった彼の思いは、ミヨゾティに燃えるほど紅く染め上げられ、いつしかそれが忘れがたいものだと気づかされた。


 そしてそれは、愛しい名のある想い――――――――





 2人はその後、結婚式を挙げた。


 せっかく、博愛の日にプロポーズの返事をすると決意したものの、とんちんかんな感じに事が進んでしまい、深々と降り積もる雪の月に式が行われたという事態に。

計画に対してあくまでも反抗的な態度だと、ヘレニックは神父にからかわれた。


 けれど、冬の寒さを感じさせないぐらいの心温まる結婚式だった。

それは親類と職場の人間、あとは古くからの友人を数人だけ招待した、小さな結婚式。

そこにはオーキッドとベラの姿もあり、大きく手を振って2人を祝福した。

もちろん、「ホワイト・レド」教会で「チャイナ・シー」神父が、2人に誓いの言葉を言い渡した。


 結局、ミヨゾティはプロポーズの返事を受けて以来、一度もウェディングドレスは着なかったのだ。

ヘレニックの気を引き続けるためのドレスは、もうその意味を成さない、と彼女が神父に打ち明けたように。

その間、冬を感じさせるような真っ白なファーの付いたワンピースを着ては、その身軽さに飛び跳ねていた。

 

 そして、ミヨゾティは今まで大切に着続けてきたウェディングドレスを、久々に着ることになったのだ。

たくさんの思い出が詰まっているからと、ほとんど新調はせずデザインも全く変えないまま、何やら宇宙でクリーニングやら補整をしてきたらしい。

両耳では、スターチスのイヤリングがキラキラと小さく揺れている。

ヘレニックは、黒のタキシードに身を包み、このうえなく幸せなのだろうが、緊張のあまりその顔は引きつっていた。


 そんなガチガチなヘレニックの背中をポン、と叩くミヨゾティは可笑しそうに、これまたいつものように笑う。


 「チャイナ・シー」神父も、心の底から2人の幸せを祝福した。

もしかしたら、彼にとってはまるで我が子の結婚式を見ているような気分だったのかもしれない。

あの無粋と言われた神父も、この日ばかりは滅多に外さないサングラス越しに、その表情が想像できた。


 そして、神父は2人に誓いの言葉を言い渡す。

慈愛に満ちた穏やかな口調で、優しくそっと。


 「—————汝、健やかなるときも、病めるときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、愛し、敬い、慰め合い、その命ある限り真心を尽くすことを、誓いますか?」


 新郎と新婦それぞれに問いかけ、2人は互いに頷き合い、様々なことを思い出して静かに口づけを交わした。


 これまで2人が歩んだ道のりを確かなものへとするかのように、12月の柔らかな雪が降り積もる。


 神父は最後に、晴れて夫婦となったヘレニックとミヨゾティに、あるいは、2人を祝福すべく参列した者へ、その言葉を送った。


 「皆さん、どうか今日という日が二度と訪れないことを、ゆめゆめ忘れてはいけない—————」


 ——————生きていれば毎日が過去だ。

過ごす1日が、過ぎてく1日になる。

過去も未来も不確かな私たちだが、限りなく確かに生きている現在(いま)は過ぎ去っていく。

過去は消え去ろうとも、生きた私たちの糧になる。

未来は見えないのだから、恐れをなすことは無い——————。


 「——————どうか、わき目をふらずに生きてほしい。これは、未熟な私からの言葉だ」


 神父の言葉を最後に、夢のようなひと時はあっという間に過ぎていった。

2人を祝福する声が、あちこちあら飛び交う中、ヘレニックはミヨゾティを抱きかかえると、はらはらと涙をこぼす。


 そんな彼の涙を拭いながら、つられてミヨゾティもなき笑う。

ぎゅーっと強く抱きしめ合って、2人は顔を見合わせるとにぃっ、と笑い合った。


 そして、ミヨゾティは顔を上げて胸いっぱいの想いを叫ぶのだ。


 「アタシ!すっっっっっっごく、幸せーーーーーー!!!!」


 彼女の幸せな叫びは、月にも届いた——————。

ヘレニックは、そう思わずにはいられずに、


 「愛してる!」


と、ただ一言言い切ると、愛しい彼女の左の薬指に、そっと口づけをしたのだった。



 パシャリ—————と、シャッターを切る神父の姿に、今は誰も気づかないまま。

秘かに増えていくアルバムの写真が、ふと、今日という日を思い出させる。


長かった彼らの、曲がりくねっているようで、あまりにもまっすぐ過ぎた愛の道に、何人足りとも侵入することはできなかった。

それはきっと、この先も変わらない。


神父はそんなことを考えながら、幾度もシャッターを切り続けた。

レンズ越しに覗いて見えた、ミヨゾティの輝かしい笑顔に、ふと懐かしい記憶がよみがえる。


 神父はかつての父親の言葉を思い出しながら、花嫁にピントを合わせると、花嫁は神父に気が付き、カメラの方へピースサインを作って笑顔を見せた。


 神父は、いつもと変わらないミヨゾティに呆れ笑いながら、


 「おめでとう」


と、シャッターを切るのだった。



 こうして、雪が降る中、華々しい結婚式は終わった。

ミヨゾティはこれから、ヘレニックの家で一緒に暮らしていくのだが、教会の屋根裏部屋には、彼女の私物がいくつか置いてあるまま。


いや、私物ではない。


部屋は掃除がされており、それこそ塵一つ落ちていないくらいに綺麗になっている。

お気に入りだと言っていた、月からわざわざ持参したブランケットも、いつの間にやら勝手に育てていた、小さな鉢植えの花も。

何一つ、彼女が使っていた私物は残っていない。


 ただ。


彼女の使っていた備え付けのベットや椅子が、まるで置いて行かれたかのように、寂しそうにそこに残っているのだ。

最初から、彼女の私物の1つだったのに、という顔でぽつりと、整頓された部屋から逃げ出すこともできずに。

陽だまりのような笑顔がすっかりなくなってしまったこの部屋は、彼女が来る前よりも、一段と空っぽになってしまった—————。


そんな気がしたのだ。





結婚式の日が訪れるまで、彼女は何かとやることが多く忙しい毎日を送ることになった。


 ミヨゾティは、長らく住まわせてもらった屋根裏部屋を綺麗に掃除しながら、これまでのことを振り返ってみては、少しにやけたりしていた。


—————やっとのことで叶ったこの夢が、覚めることは無い。


 彼女は、初めてヘレニックからプレゼントしてもらった、スターチスのイヤリングを眺めては付け、眺めては付けを繰り返して浮かれている様子だった。


 —————もし、覚める時が来るなら、宇宙へ2人一緒に逃げればいい。

 そうして、2人手を取り合ったら、どんな困難だって困難じゃなくなくなるのだから。

 宇宙で味わう困難は、きっと、刺激の強いロマンティックの味がするのだ。


 ミヨゾティは、今朝出来上がったばかりの、すっかり真新しくなった純白のウェディングドレスをハンガーに掛けながら、まるで無敵であるかのようにそんなことを考える。


 しばらく掃除をしていると、礼拝堂にいる神父に呼ばれ、「はーい」と大きな返事をしながらミヨゾティは階段を下りて行った。


 ミヨゾティはもうじき訪れる結婚式を前に、残り少ない神父との他愛ないおしゃべりを楽しんだ。


 「あんたもついに、奥さんになるんだなぁ・・・。んー、感慨深いもんだ」


 「でも、アタシにしてみれば、とーっくにあいつの奥さんだった気もするわ」


 「はっ、そりゃあ、言われてみればそうかもだな?」


 月日が経つのはあっという間で、それは都合よく人々を待ったりはしない。

同じように、あっけらかんと過ぎ去ることもない。

ただ一定の間隔で流れていく毎日を、彼女たちはそれぞれの意味を持ちながら生きてきただけ。


 「ミヨゾティ・・・」


 急に改まったかのように神父が口を開くと、ミヨゾティは不思議そうに首を傾げる。


 「ときに人は、どちらかを選ぶなら、という状況に立たされるときがある。けどな、そういうときは大抵、どちらともを選んでほしいときなんだよ」


 ————私は前に、あんたに『神と富に仕えることはできない』という話をしたな。

どちらかを選ばなければならない、という話を—————。


 神父はそう言うと、長椅子に座ったまま脚を組み変えて、わけの分からなさそうな顔をしているミヨゾティを見て少し笑った。


 「どちらかしか選べない、なんてことは単なる思い過ごしだ。ミヨゾティ、あんたはヘレニックを愛しているし、きっと、同じように故郷の月も愛している」


 「あったりまえだろ!」


 ニカっと笑って答えたミヨゾティに、神父は黙って頷きながら続けた。


 「だからこそ。たまに恋しく思ったなら、1人でも、月に帰ることをすすめるよ。何も、ずっとこの星に住み続けないといけないわけじゃないんだ」


 —————きっと、ヘレニックもそれを望んでいる。


 そのとき、神父が話してくれたことを、ミヨゾティは完全に理解できたわけではなかった。

けれど、それは確かに、何よりも心強くて、あたたかい—————。


 「アタシはさ、ヘレニックも月も、もちろん神父様も愛してる。でも、だからって、1つだけを選べるほど器用じゃないから・・・!」


 ミヨゾティは恥ずかしそうに、ぽりぽりと頬をかく。

そして、すかさず神父に自信に満ちた顔で言った。


 「ぜーんぶ愛して、ぜーんぶ選ぶ!そしたら、どこにいたって、寂しくなんかならないわ!」


 神父は、その言葉を聞いて安心したのか、ポンと膝を打って立ち上がると真っ直ぐミヨゾティを見直す。

そして、これが彼女に向けて送る、はなむけの言葉—————。


 「あんたならできるだろうよ。何事も、寂しくなる前に行動するんだ、いいな?」


 —————寂しくなってからじゃ、心が体に追いつかない。

月に帰りたいと、寂しく思う前に帰りなさい。そしてまた、元気に戻ってくるんだよ。


 「寂しくなるなら、思い返してはいけないよ。きっと、前にはすすめなくなる—————そう、主は仰った」



 かつて、父親が残してくれた懐かしい言葉を、神父も同じようにミヨゾティに送る。

そして、笑顔で応えるミヨゾティに、神父はやはり、ひどく忘れられない人を思い出すのだった。



 ヘレニックにミヨゾティとの結婚の話をされたときから、いや、それよりもずっと間から。

2人にいずれ、こういう日が訪れることを予感しながら、神父は確かに覚悟はしていたはずだ。


 それでも、大人になって旅立とうとする彼らの姿を微笑ましく思いながら、寂しさを覚えないわけがない。

いつも見届けるばかりの神父は、慣れても慣れたくないこの瞬間には立ち会いたくはないものだと、皮肉にも思ってしまうのだ。



 しかし、晴れて夫婦となったヘレニックとミヨゾティのこれから先は、心配するだけ無駄というものだろう。

愛され続けてきたことにやっと気が付いた今の彼には、彼女と過ごす日々があまりにも眩しく感じるのかもしれない。


 あの2人、もしかしたら初めてのデートってやつは、結婚してからになるのか?と、神父は今更ながらふと考えた。

まぁ、それもいいんだろうと、空っぽになった屋根裏部屋の方を見上げて、曇ることを知らない彼女の笑い顔を思い出す。

そして、一人分のコーヒーを淹れて一息つきながら、現像された結婚式の写真を眺めて、そこに写った新郎新婦や祝う人々の幸せそうな瞬間をアルバムにそっと挟んだ。


 「良かったな・・・」


 誰もいない礼拝堂でぽつりと零れた神父の言葉は、いつまでも2人を祝福するのだろう―———————。

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