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拝啓 ライダーねぇさん より  作者: ハンオン リョウヤ
15/19

別れは再会を約束する

 プロポーズの返事をしたその翌日のこと。


 「はぁ!?何だよお前、いつのまにそんなことになってたんだよ!」


 「昨日の夜」


 食堂で声を荒らげるヘレニックの同僚―――――オーキッドは、椅子からガタンと勢いよく立ち上がる。

一瞬、全視線がオーキッドに集まり、彼は咳払いをすると席に着いた。


 「き、昨日の夜って・・・。お前ってさ、行動力あるのかないのか・・・どっちなんだ?」


「いや・・・たぶん、誰よりも計画的に無計画を実行するだけのタイプだ・・・」


 「意味が分からん」


 オーキッドに静かに突っ込まれながらも、ヘレニックはミートスパゲッティを食べ進める。

隣では、オーキッドが訳の分からない溜め息を何度もつきながら、弁当の卵焼きを口に放り込む。

彼は毎日、愛妻弁当だと自慢しながらその中身を、これ見よがしに見せつけてくるのだが、今ならその羨ましさが何となくヘレニックには分かる気がする。


 「じゃあ、ヘレニックもついに結婚かぁ~」


 「え、あ・・・そうか、結婚ってことになるんだよな・・・」


 「は?お前、なんのためにプロポーズの返事したんだよ」


オーキッドにジト目を向けられながらも、ヘレニックは未だその実感がわかないままでいた。

なんせ、昨日の今日のことで、思考回路はまともに起動しているはずがない。


 それでも、ミヨゾティからしてみれば、昨日、今日の話ではなかったのだろうが。


 「なぁ、お前ってどんな風に、ライダーねぇさんからプロポーズされたんだよ?」


 「?昨日は俺が、その返事をしたんだけど」


 ヘレニックは、オーキッドが聞いてくる質問の意味が分からずに、思わず聞き返した。


 「んなことは知ってるって!じゃなくて、お前が昔、子供の頃になんてプロポーズされたのかが聞きたいんだよ!」


 だって、なんとなーく想像つくし、と。

オーキッドは、ヘレニックの返事には一切興味を持たず、目を輝かしながらヘレニックが話をすることを催促してくる。


 ヘレニックは話していいものかと、一瞬考えたが、別に問題はないだろうと口を開いた。


 「言っとくけど・・・、俺の話は長いからな?絶対に、途中で飽きたとか言うなよな」


 「ったりめーだろ!お前。覚悟のうえで言ってんだよ!これまで、誰にも言えずに、ずーっと1人で悶々としてきたんだろーから」


 と、ヘレニックの心意を察したオーキッドは、食堂の時計を見て、午後の仕事が始まる1時まであと10分しかないことに気が付き、慌てておかずをかけこむ。

ヘレニックも最後の一口を平らげ、食器を返却コーナーまで運んだ。


 そうこうするうちに、昼休憩はあっという間に終わった。

ヘレニックとオーキッドは、配属されている部が一緒のため、そのまま午後からの業務内容の確認をする。

そして、食堂を出ながらオーキッドは、ヘレニックに念押しをした。


 「ヘレニック、今日の仕事上がったら、絶対に話聞かせろよ!」


 「オーキッドがちゃんと、覚えてくれてたらな」


 そう交わして、2人はそれぞれの仕事に戻った。


その後、今日に限って久々の残業が入ったせいで、2人が役場を出たのは午後7時だった。

それにもかかわらず、オーキッドが帰り道の途中まで、ヘレニックの話を聞いてくれたのだ。

日頃なら、残業が入ってもすぐに片づけて、「愛しの奥さんが待っとるから」と誰よりも早く帰っていく彼が、だ。

それだけでヘレニックは、なんだかほっと心がほころぶ気がした。


「やっぱよ~!子供の頃のお前にプロポ―ズしてきたってあたりが、ただ者じゃなさそうなんだよな~」


 オーキッドは、仕事の疲れを微塵も感じさせない眼差しで、ヘレニックに約束通り、話しをさせようとする。


 「あぁ、それは俺も思った。はっきり言って、夢でも見てたんじゃないかって。でも、それから、毎日届いた手紙で、あ、夢じゃなかったんだ、って分かって・・・怖かった」


 「はぁ!?毎日ラブレタァ!?」


どこからそんな声が出るのかが不思議なほどの裏返りように、少しひき気味になりながらヘレニックは続けた。


 「でも、そうなると好き嫌い以前に、いやでも彼女のことで頭がいっぱいになるだろ?彼女のことが気になり始める、って意味じゃなくて。また手紙が来てるのかな・・・、みたいな感じで」


 「あぁ~・・・、不本意ながらも、ってやつか・・・」


 オーキッドは腕組みをしながら、それを自身に置き換えて眉をひそめる。


 「そう。だから、多分、俺は彼女の策にまんまと嵌められた、って感じだったんだと思う」


 まぁ、彼女にしてみれば、そこに計画性なんて無かったのかもしれないけど———————。

と、ヘレニックは、懐かしさに思わず笑みがこぼれた。


 「なに?じゃあ、そのラブレターのおかげで晴れてめでたく、ってこと?・・・なんか、案外あっさりしてんなー・・・。なんか、こう!燃えるような恋!!みたいな話があるのかと思ってたからよ~」


 「いや、毎日手紙送るってところは、あっさりと言っていいのか・・・。何を期待してたんだよ・・・」


 オーキッドは、現在の奥さん———————ベラとの結婚に至るまでに、かなりのドラマがあったという。


彼は貧乏でも裕福でもない、いわゆる普通の家に生まれ、やんちゃながらも頼もしい子供に育った。

そして、大学に入学してから運命的な出会いを果たした、と彼自身はそう語っているのだが。

そのお相手こそが、ベラである。

優しい面立ちの、凛とした声。

一目惚れだったというのだが、彼女はウェストミンスターでも割と名のある商家の娘だったため、彼も最初こそ、諦めはしていたのだが。

これまた、不思議なことに、なんの縁かは知らないが、2人はいつしか恋仲になっていた。

そして、ベラは勘当を覚悟で家を飛び出したというのだが、なぜだか、彼の真摯な思いが彼女の両親に認められ、現在に至る。


 まさに、波乱万丈——————————。

そんな言葉がぴったりと合う体験をしてきた彼にとっては、やはり、ヘレニックの話はいささか勢いに欠けるというのだろうか。


 「でも、オーキッド。言っとくけど、彼女は——————————」



 ——————————月から、来たんだよ。






 それは、ヘレニックがまだ9歳のころ。


 「ホワイト・レド」教会に新しい神父がやって来たことを、彼は風のうわさで知ることになる。

というのも、ヘレニックはスクールの帰り際、いつものように教会へ立ち寄ったのだが、そこで見たキャソック姿の見知らぬ顔に、なんとなくだが、この人が新しい神父なのだ、という直感が働いたという。


 そして、やはりその直感は、見事的中した。


 この丸ハゲ坊主頭にサングラスという、まるでらしからぬ男こそが、ヘレニックに無粋であると呼ばれる「チャイナ・シー」神父である。

彼との出会いが、ヘレニックの人生を大きく左右したのかもしれない。

はたまた、そんな出会いが無くとも彼の人生は、おおよそ今のそれと大差なかったのかも仕入れない。


 しかし、確かなことは、ヘレニックが神父にお告げを言い渡されたということだ。


 それがあの、未来の嫁についてのあまりにも胡散臭いお告げであることで、間違いはない。




 そして、肝心のヘレニックとミヨゾティの初対面ならぬ、初プロポーズはそのお告げから2年後のこと。

それは、10年に一度の「ライトシャワー」が見られた、秋風が草原を駆ける、月の輝きが一段と美しい日だった。


 ヘレニックは、月明かりの眩しさでふと目が覚めた。

彼は、今日が「パール・ブルー」の日だということを両親から聞いていたため、この眩しさもきっとそのせいなんだろうと思っていた。

眠い目をこすりながら、ベット際の窓を覗き込んで、彼ははっと息をのみこんだ。


 夜空には満天の星と、気のせいだろうか、いつもよりひと際大きな満月が浮かんでいた。

秋の夜空で、こんなにもたくさんの星が見えるものなのかと、幼いヘレニックはただただ、その光景を眺めるだけ。


さらには、その月の異常なほどの明るさが、普段の夜空とは格別なものを感じさせる。

大袈裟に聞こえるかもしれないが、それはまるで、真昼のような明るさとでもいうのだろうか。

あまりのまばゆさに、目を細めずにはいられない。

それほどにまで、何かが特別な夜だったのだ。


 しばらく、窓から夜空をぼーっと眺めていると、ついに、そのときはやって来た。


 じっと目を凝らしてみると、月の方から何かが降ってきたのが分かった。

それは1つだけではなく、空全体を見渡すと無数のその何かが四方八方に広がって降ってきていたのだ。


 それらは「パール・ブルー」へ近づくにつれ、徐々に大きくなっていくように見えた。

そして、爛爛(らんらん)としている無数のそれらが、両親から教えてもらった「月くず」なのかもしれない、と。

ヘレニックは、これが「ライトシャワー」なのかもしれない、と思ったときには、気が付けば窓を一杯に開けていた。


 生まれて初めて見るその光景は、あまりにも眩しいものだった。


 —————————ずっと遠い先の、手なんか届くはずがない距離にあると分かっていても、降り注ぐ月くずが、本当に墜落してくるのではないか。


 そう思わずにはいられないほどに、神秘的で、なにより恐ろしい————————。


 輝きを放つ月くずが、これから消えていってしまうなど、ヘレニックには信じられなかった。

それでも、月くずは確かに、その輝きを少しずつ失っていくようで、その散り際は儚い。




 そして、ヘレニックは「ライトシャワー」よりも、うんと奇妙なそれを見つけたのだ。

それはどうやら月くずではなく、遠目でもはっきりとそのシルエットを捉えることができた。

月の光を背に受け、ヘレニックからは逆光のせいで真っ黒にしか見えなかったが、おかしなことに、それは確実にこちらに向かっていた。


 それは、月くずではない。

ましてや、流れ星なんかでも。


 「・・・ひ、と・・・・・・?」


 ヘレニックが目にしたそれは、確かに人の形のシルエットだった。

さらに近づいてきて分かったことだが、その人型は、バイクのようなものに乗っていた。


 そして、徐々にはっきりと見えてきたその人型は、笑っていた。


 満面の笑み―——————————。


 「見つけた—————————」


 それはまるで、ずっと探し続けていた何かを、やっと見つけ出したような———————————。


 その人型―——————オートバイに乗って空からやって来た、ウェディングドレスを身に纏った一人の女性は、満足げな柔らかい笑みを浮かべて、こう言った。



 『—————————どうか騙されないで聞いてほしい』


 ——————————アタシの名前は「ミヨゾティ」

 ——————————アタシはただの人間だよ

 ——————————だから騙されないで聞いてほしい

 ——————————次、この星に月が落ちてきたとき


 『アタシはあんたを迎えに来る―———————』


 窓は全開。

迂闊だったと気づいたとき、時すでに遅し。


 ミヨゾティと名乗るその女性は、オートバイのハンドルを手放していた。

かわりに、ヘレニックの両手をぎゅっと優しく包み込むように、彼女のすぐ目の先で握りしめていたのだ。


 ヘレニックはその間、一度も言葉を発せなかった。

どうして、こんな状況で幼い子供が、夢のようなこの事態をすぐに理解できただろうか。


 彼の中では、これもきっと「ライトシャワー」の影響か何かだと思えただろう。

そう思ったときには、ミヨゾティはすでにヘレニックの目の前から去っていった。


 ヘレニックがはっと我に返ると、何が起こったのか。

夜空にあったはずの星たちのその多くは姿を隠し、一段と輝きを増していたはずの月は、いつもの通りの優しい明るさに戻っていたのだ。


 そして、降り注いできていた月くずは、最後には風化していき、その様子はさながら光の粉が夜空に振りまかれているようだった。



 生まれて初めて目にした「ライトシャワー」は、こんなにも眩しく輝いていたのに。

ヘレニックは、空から降ってきた「ミヨゾティ」のほうが、目も眩むほどに美しく、いつまでも忘れられずにいる。

呆然としながら窓を閉じ、真夜中の空が戻ってきてからも、彼の頭の中はチカチカと点滅信号のように休まることはなかった。



 「ライトシャワー」が過ぎ去った翌日、ヘレニックは両親に昨日のことを話したが、2人は驚きもせず「それはきっと、月から来たのよ」などと、あたかもそういうことを幾度も見聞きしたと言った態度で、ヘレニックの頭を撫でたのだ。


 半信半疑のまま、いつものように教会を訪れたヘレニックは「チャイナ・シー」神父に話を聞いてもらった。

しかし、意外にも再会というものはあっさりと訪れるもので—————————。


 「あぁ!愛しい人!また会えたね!」


 礼拝堂の上の方から聞こえた声は、間違いようもない昨日の彼女のものだった。

ミヨゾティは、それから数日の間だけこの教会で暮らしてから、すぐにまた月へと帰っていった。

彼女曰く、月の新しい表面がちゃんと出来上がるまでは、月に近づくのも何かと危険ということらしい。


 そのこともあって、ヘレニックは教会に来るたびにミヨゾティと会っては、彼女といろんな話をしたのだ。

そして、まさしく夢のような時間を過ごして、彼女は月へと帰っていた。


 けれど、ヘレニックは突然今までのことが恐ろしくなり、「また迎えに来る」という言葉の意味を本当は分かっているような気もしていた。



 数知れないラブレターが届くようになったのも、彼女が月に帰っていったその翌日からだった。

毎日一通ずつポストに届けられるそれは、彼が大人になるに連れ、恥ずかしかったり鬱陶しく感じたり。

ミヨゾティが約束通りヘレニックを迎えに来たときには、そのラブレターを煩わしいと感じるどころか、一周回ってどこか愛らしさを覚えている彼がいたのも事実。


 どうして、いつからこんなに気にかけるようになったのだろう。


 かくして、ヘレニックとミヨゾティの素っ頓狂な出会いは、再会へと駆け出したのだ。

ヘレニックが21歳になるまでの10年間は、ミヨゾティには悠久なほど長かったのか、はたまた瞬きをするよりもあっという間の時間だったのだろうか。


 それでも、あまりにも奇天烈な彼女のみなぎる熱い想いは、揺らぐことなく今でもずっと変わらない。


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