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拝啓 ライダーねぇさん より  作者: ハンオン リョウヤ
13/19

果てなき世界で出会って


 「というわけで、神父様。アタシはやっと、ヘレニックを迎えに行けました!」


 「うん、知ってる。私も見てた。あー・・・、それにしちゃあれだね、どっちかっていうとあんたが迎えに来られてた、って感じじゃなかったか?」


 「えー、そうかしら?じゃあ、そういうことにしといてあげる!」


 翌朝、ミヨゾティは起きてきた神父に、昨日のことを知らせた。

昨日のヘレニックからのプロポーズの返事が、彼女にはよほど嬉しかったらしい。

ミヨゾティが屋根裏のベットで激しく転がり回っていたことは、神父にはお見通しだった。


 「にしても、急だったなぁ。ムードもなんもあったもんじゃない」


 「何だよムードって!この上なくロマンティックだったじゃないか!!」


 ちなみに、神父は昨日の一部始終を、二階の自室前から見物していた。

無粋と言われる「チャイナ・シー」神父ですら、今回ばかりはちゃちゃを入れずに、黙って二人を見守っていたのだ。

 それはまるで、二人を祝福するホンモノの神父のようなまなざしで————。


 「ところで、ミヨゾティ。やっぱり式は挙げるんだろう?」


 「んん?式?何の?」


 「何ってあんた、結婚式に決まってんだろうが」


 あぁ!その式!と、本気でとぼけていたらしいミヨゾティに、神父は呆れる。


 「まだヘレニックと話してないわ。昨日の今日だし、急ぐことでもないじゃない?」


 「あんたにとっちゃあ、ずーっと前からのことだけどな」


 ミヨゾティは両手でドレスを少し持ち上げながら、眉をしかめる。

神父がどうした?と話しかけると、ミヨゾティはドレスを見ながら言った。


 「・・・分かんないけど。もし式を挙げるなら、その時までこのドレス、もう着ないわ」


 「はぁ・・・?なんで?あんた、ずーっと大事に着てたじゃないか?」


 ミヨゾティの口から出た言葉が信じられず、神父は思わず身を乗り出した。

神父は、ウェディングドレスは彼女のトレードマークだという以外に、語りつくせない思い出の象徴だと思っていたのだ。


 「いつかアタシを貰って欲しいから、あいつの気を引くために、ずーっと着続けてたのよ?ならもう、そんな心配しないでいいじゃない!」


 けっこう重いのよ?


 ミヨゾティは笑いながら、わさわさとドレスを持ち上げてその重量感を確かめる。


 気を引くため————。

気丈な彼女でも、ずっと必死だったのかと、神父は「勿体ない」と、つい口が滑りそうになるのをぐっと堪えた。



 ミヨゾティにとって、2回目の月面表皮の剥落により月を離れることになった数日前。

彼女は夢を見たという。


 それは、少し無愛想な感じの男の人で、その彼がミヨゾティに語りかけるという夢。

顔は見えなかったようだが、その男の人は、確かにミヨゾティにこう言ったという。


『———必ず待っている。だから、ためらうことなく、恐れることなく、迎えに来てほしい』


 そう言って男の姿が消えると、代わりに真っ白なヴェールに身を包んだ女の姿があったという。

ミヨゾティは、それが自分自身であること、これは何かの予知夢であることを悟った。


 目が覚めてミヨゾティは、数日後、ウェディングドレスを身に纏い、お気に入りのオートバイで「パール・ブルー」へ向かった。



 だからこそ、ウェディングドレスは彼女の半身ともいえる、かけがえのない存在なのだ。

神父も、そのことを知っているからこそ、そのうえで彼女の意思をくんだのだ。


 「ま、あんたがいいなら・・・それでいいけどよ」


 そう言って神父は、いつものように淹れたての甘ったるいインスタントコーヒーをミヨゾティにも手渡す。

神父は教壇に肘を置いて、ズズッとコーヒーをすすると、寂しそうに笑ってぽつりと零した。


 「じゃあ、ここもまた静かになるなぁ・・・」


 「え?神父様、寂しいの?」


 「ミヨゾティ・・・。これは老成(ねび)た大人の独り言だ。相手にするな」


 格好のつかない自分とミヨゾティを可笑しく思って、神父は苦笑する。

そして、再び一人の生活に戻ることを懐かしく思いながら、ミヨゾティの言う通り、やはり寂しいものだと、思わずにはいられなかった。


 朝のゆったりとした時間が過ぎる中、コーヒーを楽しむ神父とミヨゾティの姿は、もう、見られなくなる。



 「そういえば、神父様」


 朝食を一緒に済ませて、礼拝堂の掃除を手伝うミヨゾティは、燭台を磨く神父にずっと気になっていたことを聞いた。

神父は燭台を磨く手を休めて、ミヨゾティの話を聞く。


 「なんだぁ?どうかしたか?」


 「どうもしないけど。アタシ、ずっと気になってたことがあって」


 ミヨゾティも、教壇を拭く手を止めて神父の顔を見る。


 「なんで神父様は、ヘレニックにアタシが未来の嫁だなんて、ドンピシャなお告げできたの?」


 「ブホッ」


 「やだ!汚いわねー」


 何を聞かれるかと思えば、ミヨゾティの言葉に神父は勢いよく吹き出した。

まるで人ごとのように笑うミヨゾティに、神父は息を整えて答える。


 「あ、あぁ、そのことか。言っとくがミヨゾティ、私もあんたと同じように、ただの人間だ。あのお告げはな、夢だよ」


 「夢?」


 神父は、燭台を磨いたタオルをたたみながら続けた。


 「あぁ。夢で、主が私に仰ったんだよ。ドンピシャのお告げではなかったがね。あんたは、ロードバイクじゃなくて、オートバイだったからな」


 「なにその、ちょっと手抜きっぽいお告げ・・・」


 「おい、主を侮辱するようなことを言ってみろ。私が主に代わって、あんたを裁くぞ」


 まるで真っ当なことを言っているようだが、彼の数々の無粋な発言、およびその行儀の悪さを知るミヨゾティには、神父の言葉は何の意味も持たない。

ミヨゾティは、神父の妄言をスルー。


 「確かに、アタシはオートバイだったけど・・・。神父様・・・、あなた本当は何者なの・・・?」


 「そこを疑うか?言っただろう?私はただの人間だ、良くも悪くも神に仕える従順な神父だ」


 そう言って神父は、せっかくたたんだタオルを広げて、再び燭台を磨き始めた。

神父の表情は、サングラスのせいでいつも正しく読み取れない。

けれど、神父はいついなく楽しそうだった。


 「そ、なら良かった」


 「ん~何がだ?って、ミヨゾティ。ちゃっかりさぼるな、今までさんざん、ただ飯させてきてんだからなー?」


 はーい、とわざと返事を伸ばしながらミヨゾティは、教壇を念入りに磨く。

そして、まだ聞きたかったことを思い出して、今度は手を休めずに神父に尋ねた。


 「あと、アタシの夢に出てきた男の人、顔は見えなかったんだけど。あれって、神父様だったんでしょ?」


 「んん?何のことだ?」


 神父は磨いた燭台に息を吹きかけて、サングラスの隙間からミヨゾティを見上げる。


 「だって、今考えてみても、あれはどうにもヘレニックじゃなかったし。なにより、あんなこと、あなたしか言わないわよ?」



 『主は仰った—————』

『———必ず待っている。だから、ためらうことなく、恐れることなく、迎えに来てほしい』


 きっと、それも偶然。

だけど、ミヨゾティには、ずっと前に約束されていた言葉のような感覚がしていた。


 そして、その言葉を信じて、はるか彼方の月から、顔も名前も知らないその子を探して、「パール・ブルー」にやって来たのだ。


 いつしか、この「ホワイト・レド」教会で厄介になるようになったころから、ミヨゾティはもしかしたら、とそのことを確信していたのだ。



 「あー、そうかもしれないなぁ。まぁ、私は誰かの夢にお邪魔するほど無粋ではないし、あんたも知ってるように、宇宙は果てしなく広大だ。そんな、運命みたいな偶然、いくらでもあるさ—————」

  

そう言って神父は、

「—————と、主は仰った」

などと、あの時と同じように決め台詞のごとく、ほころぶ笑顔で付け加えた。



 「じゃあ、アタシ、ほうきで外を掃いてくるわ」


 ミヨゾティが元気に駆けていくと、神父はそんな彼女を引き留めた。


 「なに?神父様?」


 ミヨゾティは振り返ると、一瞬、逆光のせいではっきりとは見えなかったが、神父に睨まれたような気がした。

けれど、やはりそれは気のせいで、神父はいつもの淡々とした柔らかな調子でミヨゾティに、


 「ミヨゾティ、幸せそうだな。それ、似合ってるよ」


と、彼女のイヤリングを指差してそれだけ伝えると、そそくさと礼拝堂から姿を消した。



 あらかた、教会の掃除が終わったころ、差し迫る博愛の日に向けて、多くの礼賛者が教会を訪れてきた。

ミヨゾティは、掃除の手伝いを終えると、オートバイに乗ってどこかへ出かけてしまい、夕方になるまで帰ってこなかった。


 きっと、今がとてつもなく幸せなんだろうと、神父は最近整理し始めた書物室のアルバムを、こうして時折、一人寂しげにめくる。


 

 アルバムの写真に写るたくさんの人々。

結婚式の写真がたくさん貼られており、もう何年も前になりそうなほど古くなった写真もあった。

この教会で式を挙げた人たちだろうか。

神父は懐かし気に、ページをめくる。


 そして、別のページに挟まれていた1枚の家族写真を見つける。

そこには、一人の男の子と、その両親らしき人物が幸せそうに写っていた。

男の子は半袖半ズボン姿で、父親は黒のキャソックを着ており、隣にははつらつとした笑顔の母親と思われる姿が並んでいる。


 「皆、旅立っていくんですね・・・」


 その写真の男の子は、15年前に亡くなったキャソック姿の父親を思い出しながら、これから旅立とうとする、二人を重ねる。


 そんなことはついぞ知らず、ミヨゾティもヘレニックも、夢のような昨日のことを噛みしめるのだった。


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