果てなき世界で出会って
「というわけで、神父様。アタシはやっと、ヘレニックを迎えに行けました!」
「うん、知ってる。私も見てた。あー・・・、それにしちゃあれだね、どっちかっていうとあんたが迎えに来られてた、って感じじゃなかったか?」
「えー、そうかしら?じゃあ、そういうことにしといてあげる!」
翌朝、ミヨゾティは起きてきた神父に、昨日のことを知らせた。
昨日のヘレニックからのプロポーズの返事が、彼女にはよほど嬉しかったらしい。
ミヨゾティが屋根裏のベットで激しく転がり回っていたことは、神父にはお見通しだった。
「にしても、急だったなぁ。ムードもなんもあったもんじゃない」
「何だよムードって!この上なくロマンティックだったじゃないか!!」
ちなみに、神父は昨日の一部始終を、二階の自室前から見物していた。
無粋と言われる「チャイナ・シー」神父ですら、今回ばかりはちゃちゃを入れずに、黙って二人を見守っていたのだ。
それはまるで、二人を祝福するホンモノの神父のようなまなざしで————。
「ところで、ミヨゾティ。やっぱり式は挙げるんだろう?」
「んん?式?何の?」
「何ってあんた、結婚式に決まってんだろうが」
あぁ!その式!と、本気でとぼけていたらしいミヨゾティに、神父は呆れる。
「まだヘレニックと話してないわ。昨日の今日だし、急ぐことでもないじゃない?」
「あんたにとっちゃあ、ずーっと前からのことだけどな」
ミヨゾティは両手でドレスを少し持ち上げながら、眉をしかめる。
神父がどうした?と話しかけると、ミヨゾティはドレスを見ながら言った。
「・・・分かんないけど。もし式を挙げるなら、その時までこのドレス、もう着ないわ」
「はぁ・・・?なんで?あんた、ずーっと大事に着てたじゃないか?」
ミヨゾティの口から出た言葉が信じられず、神父は思わず身を乗り出した。
神父は、ウェディングドレスは彼女のトレードマークだという以外に、語りつくせない思い出の象徴だと思っていたのだ。
「いつかアタシを貰って欲しいから、あいつの気を引くために、ずーっと着続けてたのよ?ならもう、そんな心配しないでいいじゃない!」
けっこう重いのよ?
ミヨゾティは笑いながら、わさわさとドレスを持ち上げてその重量感を確かめる。
気を引くため————。
気丈な彼女でも、ずっと必死だったのかと、神父は「勿体ない」と、つい口が滑りそうになるのをぐっと堪えた。
ミヨゾティにとって、2回目の月面表皮の剥落により月を離れることになった数日前。
彼女は夢を見たという。
それは、少し無愛想な感じの男の人で、その彼がミヨゾティに語りかけるという夢。
顔は見えなかったようだが、その男の人は、確かにミヨゾティにこう言ったという。
『———必ず待っている。だから、ためらうことなく、恐れることなく、迎えに来てほしい』
そう言って男の姿が消えると、代わりに真っ白なヴェールに身を包んだ女の姿があったという。
ミヨゾティは、それが自分自身であること、これは何かの予知夢であることを悟った。
目が覚めてミヨゾティは、数日後、ウェディングドレスを身に纏い、お気に入りのオートバイで「パール・ブルー」へ向かった。
だからこそ、ウェディングドレスは彼女の半身ともいえる、かけがえのない存在なのだ。
神父も、そのことを知っているからこそ、そのうえで彼女の意思をくんだのだ。
「ま、あんたがいいなら・・・それでいいけどよ」
そう言って神父は、いつものように淹れたての甘ったるいインスタントコーヒーをミヨゾティにも手渡す。
神父は教壇に肘を置いて、ズズッとコーヒーをすすると、寂しそうに笑ってぽつりと零した。
「じゃあ、ここもまた静かになるなぁ・・・」
「え?神父様、寂しいの?」
「ミヨゾティ・・・。これは老成た大人の独り言だ。相手にするな」
格好のつかない自分とミヨゾティを可笑しく思って、神父は苦笑する。
そして、再び一人の生活に戻ることを懐かしく思いながら、ミヨゾティの言う通り、やはり寂しいものだと、思わずにはいられなかった。
朝のゆったりとした時間が過ぎる中、コーヒーを楽しむ神父とミヨゾティの姿は、もう、見られなくなる。
「そういえば、神父様」
朝食を一緒に済ませて、礼拝堂の掃除を手伝うミヨゾティは、燭台を磨く神父にずっと気になっていたことを聞いた。
神父は燭台を磨く手を休めて、ミヨゾティの話を聞く。
「なんだぁ?どうかしたか?」
「どうもしないけど。アタシ、ずっと気になってたことがあって」
ミヨゾティも、教壇を拭く手を止めて神父の顔を見る。
「なんで神父様は、ヘレニックにアタシが未来の嫁だなんて、ドンピシャなお告げできたの?」
「ブホッ」
「やだ!汚いわねー」
何を聞かれるかと思えば、ミヨゾティの言葉に神父は勢いよく吹き出した。
まるで人ごとのように笑うミヨゾティに、神父は息を整えて答える。
「あ、あぁ、そのことか。言っとくがミヨゾティ、私もあんたと同じように、ただの人間だ。あのお告げはな、夢だよ」
「夢?」
神父は、燭台を磨いたタオルをたたみながら続けた。
「あぁ。夢で、主が私に仰ったんだよ。ドンピシャのお告げではなかったがね。あんたは、ロードバイクじゃなくて、オートバイだったからな」
「なにその、ちょっと手抜きっぽいお告げ・・・」
「おい、主を侮辱するようなことを言ってみろ。私が主に代わって、あんたを裁くぞ」
まるで真っ当なことを言っているようだが、彼の数々の無粋な発言、およびその行儀の悪さを知るミヨゾティには、神父の言葉は何の意味も持たない。
ミヨゾティは、神父の妄言をスルー。
「確かに、アタシはオートバイだったけど・・・。神父様・・・、あなた本当は何者なの・・・?」
「そこを疑うか?言っただろう?私はただの人間だ、良くも悪くも神に仕える従順な神父だ」
そう言って神父は、せっかくたたんだタオルを広げて、再び燭台を磨き始めた。
神父の表情は、サングラスのせいでいつも正しく読み取れない。
けれど、神父はいついなく楽しそうだった。
「そ、なら良かった」
「ん~何がだ?って、ミヨゾティ。ちゃっかりさぼるな、今までさんざん、ただ飯させてきてんだからなー?」
はーい、とわざと返事を伸ばしながらミヨゾティは、教壇を念入りに磨く。
そして、まだ聞きたかったことを思い出して、今度は手を休めずに神父に尋ねた。
「あと、アタシの夢に出てきた男の人、顔は見えなかったんだけど。あれって、神父様だったんでしょ?」
「んん?何のことだ?」
神父は磨いた燭台に息を吹きかけて、サングラスの隙間からミヨゾティを見上げる。
「だって、今考えてみても、あれはどうにもヘレニックじゃなかったし。なにより、あんなこと、あなたしか言わないわよ?」
『主は仰った—————』
『———必ず待っている。だから、ためらうことなく、恐れることなく、迎えに来てほしい』
きっと、それも偶然。
だけど、ミヨゾティには、ずっと前に約束されていた言葉のような感覚がしていた。
そして、その言葉を信じて、はるか彼方の月から、顔も名前も知らないその子を探して、「パール・ブルー」にやって来たのだ。
いつしか、この「ホワイト・レド」教会で厄介になるようになったころから、ミヨゾティはもしかしたら、とそのことを確信していたのだ。
「あー、そうかもしれないなぁ。まぁ、私は誰かの夢にお邪魔するほど無粋ではないし、あんたも知ってるように、宇宙は果てしなく広大だ。そんな、運命みたいな偶然、いくらでもあるさ—————」
そう言って神父は、
「—————と、主は仰った」
などと、あの時と同じように決め台詞のごとく、ほころぶ笑顔で付け加えた。
「じゃあ、アタシ、ほうきで外を掃いてくるわ」
ミヨゾティが元気に駆けていくと、神父はそんな彼女を引き留めた。
「なに?神父様?」
ミヨゾティは振り返ると、一瞬、逆光のせいではっきりとは見えなかったが、神父に睨まれたような気がした。
けれど、やはりそれは気のせいで、神父はいつもの淡々とした柔らかな調子でミヨゾティに、
「ミヨゾティ、幸せそうだな。それ、似合ってるよ」
と、彼女のイヤリングを指差してそれだけ伝えると、そそくさと礼拝堂から姿を消した。
あらかた、教会の掃除が終わったころ、差し迫る博愛の日に向けて、多くの礼賛者が教会を訪れてきた。
ミヨゾティは、掃除の手伝いを終えると、オートバイに乗ってどこかへ出かけてしまい、夕方になるまで帰ってこなかった。
きっと、今がとてつもなく幸せなんだろうと、神父は最近整理し始めた書物室のアルバムを、こうして時折、一人寂しげにめくる。
アルバムの写真に写るたくさんの人々。
結婚式の写真がたくさん貼られており、もう何年も前になりそうなほど古くなった写真もあった。
この教会で式を挙げた人たちだろうか。
神父は懐かし気に、ページをめくる。
そして、別のページに挟まれていた1枚の家族写真を見つける。
そこには、一人の男の子と、その両親らしき人物が幸せそうに写っていた。
男の子は半袖半ズボン姿で、父親は黒のキャソックを着ており、隣にははつらつとした笑顔の母親と思われる姿が並んでいる。
「皆、旅立っていくんですね・・・」
その写真の男の子は、15年前に亡くなったキャソック姿の父親を思い出しながら、これから旅立とうとする、二人を重ねる。
そんなことはついぞ知らず、ミヨゾティもヘレニックも、夢のような昨日のことを噛みしめるのだった。




