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拝啓 ライダーねぇさん より  作者: ハンオン リョウヤ
12/19

それでもいつかは訪れる

 ヘレニックは仕事を終えて、約束通りミヨゾティに会いに教会に向かった。


博愛の日が近づいているということもあり、町はひときわ賑わいを見せ、あちこちたくさんの花で彩られていた。

秋のこの時期は、春に比べて花の種類が断然少ない。

冬に向かうこの時期はどうしても仕方のないことなのだが、そんな素振りをまるで感じさせない大量の鉢植えやリース状に編まれた花たち。


 すなわちこれらも、あの偉大な宇宙の恩恵の一つなのだ。

人々はこの時期を見越して、春のうちに宇宙に行って花の種をまくのだ。

宇宙には季節がない分、何に影響されることなくすくすくと育つ。

あまりにも、あっという間に満開になってしまうこともあれば、芽吹きが遅い年もある。

だからこそ、たくさんの種を余裕をもって早くからまくのだ。


 そうして、宇宙で咲いたあまたの花たちを、人々は「パール・ブルー」へと持ち帰って、祭りの準備を進めるのだ。


 そういった面で見てみると、この博愛祭というのは、宇宙への日頃の感謝をも表しているのかもしれない。

ヘレニックはそんな鮮やかな町の雰囲気に、少しばかりと言わず、あてられてしまったのだろう。


教会による前に、花屋へふらっと立ち寄った。

優しそうな女主人が「いらっしゃい」と、花を眺めるヘレニックにおススメの花を紹介してくれた。

ヘレニックは、ミヨゾティに何かプレゼントをしたいと考えたのだが、どれを選んでいいのやら、じーっと花とにらめっこしたまま一向にその場を動かない。


 ゼラニウムにチューリップ、ラナンキュラスにコスモス、シクラメンにポインセチア・・・。

季節を感じさせない花の種類の多さには、やはり、宇宙で育てられたんだという実感がわく。

春夏秋冬、とりどりの花々に目移りして、あれやこれやと悩みながら、ヘレニックはふと、目に留まったそれを手に取る。


 「あぁ、フラワードームにするのかい?」


 女主人が声をかけると、ヘレニックは顔を上げて彼女に尋ねた。


 「あの、これってフラワードームっていうんですか?」


 ヘレニックはそれを手にしながら、そっと眺めた。

透明なガラスに閉じ込められている花は、どこか儚くて、今にも壊れてしまいそうに可憐で。

薄ピンク色の花はドームの中に座っていた。

まるで、誰かをずっと待っているかのように。


 「可愛らしいだろう?あんた、それ誰かへの贈り物かい?」


 女主人がにっこり笑ってそう言うと、他の種類のスノードームも見せてくれた。


 「うわぁ・・・、きれー・・・」


 ヘレニックは、その光景にうっかり見惚れてしまった。

手にしているのとは違う色のスノードームたち。

どれもまるで、きらきらと輝いていて選ぶに選べない。


 「えぇとね・・・、あったあった。こんなのもあるんだよ?」


 女主人は商品棚の引き出しから、フラワードームをアレンジしたイヤリングを出してくれた。

丸く小さいドームの中には、すっぽり収まるくらいの真っ白な、小さな花が入っていた。


 「あの、この花は・・・」


 「あぁ、それかい?スターチスだよ。春になるとよく咲いてるだろう?」


 あんた、恋人さんか奥さんへのプレゼント選んでんだろ?と、女主人は笑いながらヘレニックを見る。

ヘレニックは一言もそんなことを言っていないのに、図星を言い当てられ焦る。


 「それくらい分かるさぁ!なんてったって、この時期になるといつもは花にキョーミの無い男たちが、こぞって花屋を覗いてくんだからね」


 それはやはり、博愛祭が関係しているのだろう。

だから行き交う男性たちはブーケやらを抱えながら、ちょっと緊張した面持ちで家に帰っていくのか。

ヘレニックは内心、納得しながら手渡されたイヤリングをじっと見つめる。


 「きっと似合うだろうよ?」


 女主人はそう言って、後から来た男性客の注文を受けてブーケを作り出した。

ピンクをベースに、赤やオレンジをアクセントに次々と花を選んでいく。

その慣れた手つきで、あっという間に可愛らしいあたたかなブーケが出来上がった。

お待ちどうさん、とブーケを渡すと、客は代金を払って店を後にした。

そのとき、チラッと見えたその客の、なんとも言えない柔らかい微笑んだ顔が、ヘレニックには特別なもののように感じた。


 ふと、その笑顔にミヨゾティを重ねる。


 「すみません、これ、お願いします」


 「あいよ!」


 女主人に後から教えてもらったことだが、スターチスには「永遠に変わらず」、という花言葉があるらしい。

それはまるで、ミヨゾティを思い出させるような素敵な言葉だと、ヘレニックは教会へ向かいながら、そんなことを思うのだ。



 ギィー・・・と、軋み音を上げながら、ヘレニックは「ホワイト・レド」教会の扉を開ける。

礼拝堂の中へ進むと、そこにはいつも通り、純白のヴェールに身を包んだミヨゾティの後ろ姿があった。

ヘレニックが、静かに彼女の傍へと歩いて行くと、ミヨゾティはゆっくりと振り返る。


 「お帰り、ヘレニック!待ってたわよ」


 「ただいま、ミヨさん。待っててくれてありがとう」


 いつもと変わらない、ミヨゾティの笑顔がヘレニックを迎える。

ヘレニックも、そんな彼女に柔らかい笑顔で応える。


礼拝堂の中央を走る通路で、二人は顔を見合わせるようにして笑い合う。

そんな二人を、一体、誰が祝福しないというのだろう。


このとき、ヘレニックの頭の中では、「チャイナ・シー」神父の言葉が思い出されていた。


————笑顔、かぁ・・・。


ヘレニックは何がおかしいわけでもないのに、ささやかな勇気が神父の言葉をかき消すように、彼を一歩前へと体を押した。

そして、そんな彼にとって、予定だとか恥じらいだとか、そんなものは一切の入り込む余地が無いのだ。


 「ミヨさん」


 「ん?なぁに?」


 ヘレニックがおもむろに口を開くと、ミヨゾティは優しい眼差しを彼に向けた。


 「ミヨさん、あの時からずっと、ずっと待っててくれてありがとう。ずっと待たせてしまってごめん。何も分からなかったあの頃の俺には、この上なく恵まれてる、幸せなことなんだって気付かなかったけど・・・」


 ヘレニックはまっすぐにミヨゾティを見つめたまま、俯いたりはしない。


 「今の俺なら、あなたの想いが、そのままの形ではっきりと分かる」


 自分でも気が付かないうちに、ヘレニックはミヨゾティの手を取っていた。

ヘレニックは、ミヨゾティを握る手にぎゅっと力を込める。

そして、これまでの(もや)のかかったような気持ちを、精一杯に吐き出した。


 「ミヨさん、俺と一緒に、あっという間の時を過ごしてくれないか?」


————悠久なんて言わないし、あなたの住んでる月よりもずっと短い時間だけど——。

それでも、いろんなことをぎゅっと詰め込んで、瞬きなんかできないくらいの、目まぐるしい日々を————どうか一緒に過ごしてほしい。

俺は月には行けないけれど、この星で同じように年を重ねよう。

この星で、流れる月日を指折り数えて、あなたの故郷を懐かしく眺めていたいんだ。


あなたが空けていてくれた右側に、やっと俺が追い付いたから。


 だから、黙っていつもの笑顔で、不甲斐ない俺だけど————ついてこい—————


 「ミヨゾティ、僕は—————」


 コートのポケットから取り出した、リボンのかかった小さな箱。

ヘレニックはそれを静かに開けて、ミヨゾティに捧げるように見せてから、ありったけの想いを伝える。


 「——————あの頃から、今も変わらず愛している」


 ミヨゾティの、日頃は見せないような笑い顔。

一筋の雫が、ミヨゾティの頬をはらりと伝う。

そんな彼女の泣き笑いする表情が、ヘレニックの胸にちくりと刺さった。


 そして、力いっぱいにヘレニックを抱きしめて、ミヨゾティはこの上ない、というほどの満面の笑みで答える。

喜びも、感動も、憎たらしさも、愛らしさも、全部ひっくるめて言い切るのだ。


 「ロマンティックね!」



 長くて、短い————。

そんな、彼らの焦がれるほどに眩しかった日々に、ピリオドは打たれた。


 せっかく立てたヘレニックの予定も、あっさりとなかったことになってしまったわけだが、きっとこれで良かったのだ。

遅かれ早かれ、言わねばならないことだったのだから。

これで良かったのだと、ヘレニックは胸を撫で下ろす。


 この星は、過去も未来も曖昧な場所————。

だからこそ、予定なんて最初からあってないようなものなのだ。

約束された明日はどこにもないし、過ぎてく今は、背後にしがみつく真っ黒な何かになるだけ。

そんな彼らに、「いつか」なんて言葉は必要ないのだ。


 手帳に記した未来の予定は、予想外にも早く、手探りで引き寄せてしまった「現在(いま)」。


ヘレニックは、ミヨゾティの両耳にプレゼントのイヤリングをつけると、ドームの中に入っている真っ白なスターチスが、銀色のグリッターと一緒に、ミヨゾティの耳元でカランと楽しそうに揺れる。

その姿は、ウェディングドレスに自然と溶け込み、ミヨゾティの笑った顔によく似合っていた。


 そして、今度はヘレニックから歩み寄って、優しくミヨゾティを抱きしめる。

ミヨゾティは、ヘレニックの腕の中で彼の左胸にそっと耳を当てながら、彼の生きている音を聴いた。


 「やっぱり、心臓動いてるのね・・・。ちゃんと音が聞こえる」


 ミヨゾティは目をつむりながら、静かにその鼓動を感じる。




 月に住んでいた彼女が、初めて聞いたのは夜空を駆ける風の音。


 そして、音の無い世界で生きてきたミヨゾティが、「生きてきたこと」を実感した音は————



 「—————やっぱり、生きてるって感じするね」


 「そうだね。こんなに小さいのに、ずっと動いてるんだよ」



 心拍はメトロノームのように一定のリズムを保って、ぜんまい仕掛けの時計のようにぴたりと、いつかは止まる。


 ただ、今の彼女たちには、それはうんと先のことでいい。



 そっと交わした口づけは、誰も知らない、ロマンに溢れた味がしたのだろう。


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