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拝啓 ライダーねぇさん より  作者: ハンオン リョウヤ
10/19

あらん限りの滴る叫びや


 —————どうしよう・・・


 —————心配しなさんな、こいつは案外丈夫にできてるよ


 —————でも、アタシたちよりずっと弱いんでしょ・・・?


 —————そりゃあ、あんたと一緒にする方が間違ってるってもんだろう



 微かに、誰かの声が聞こえた気がした。


 「・・・う、うぅ・・・・・・あ?」


 「お、気が付いたか」


 まだはっきりとしない意識。

ヘレニックは、ゆっくりと目を開きながらその声の正体が神父であることに、数秒遅れて気が付いた。


「おーい、ミヨゾティー」


神父は目覚めたばかりのヘレニックのすぐそばで、水差しを取りに1階のキッチンに降りたミヨゾティを、わりかし大きめな声で呼ぶ。


 「神父・・・う、うるさい・・・」


 「お、悪い悪い。にしても、お前は本当に運がいいなー?たんこぶだけで済むんだからよー」


 日頃の行いがいいのかー?

なんて、まるで心配する様子もなさ気に、いたわりの片鱗すら感じさせない態度で、ヘレニックの体を起こすのを手伝った。


 「お前、ここがどこだかわかるか?」


 神父は、ヘレニックの意識がはっきりしているのかを、一応確認する。


 「あー・・・とりあえず、死んではないんですね・・・。よかった・・・」


 「おいおい、お前・・・答えが質問にそぐわってねぇぞ。重症か?」


 ヘレニックは神父の冗談を聞き流し、こうなるまでに至った経緯を思い返そうと、痛む頭を回転させる。


 「えー・・・俺、あれですか?なんか殴られました・・・?」


 「正解~。惜しいけどね」


 違うんかい、とヘレニックは余裕などないくせに、ついいつもの癖でそんな合いの手を入れてしまう。


 「ヘレニック!!」


 すると、1階から水差しとグラスをとってきたミヨゾティは、ヘレニックの横たわるベットに駆け寄った。


 「よかった・・・よかった・・・!アタシ、あんたが死んだんじゃないかと思って・・・!ねぇ、頭へーき?痛くない?アタシのこと分かる?何があったか覚えてる?本当に大丈夫?息———は、してるか・・・。ねぇ、心臓ちゃんと動いてる・・・!?」


 水差しとグラスを棚に置くと、ミヨゾティは次から次へとひっきりなしに、ヘレニックの無事を確かめた。

ヘレニックの手をきつく握るミヨゾティの手は、わずかに震えていた。


 「ありがとう・・・。大丈夫、俺は死んだりしないよ。頭は・・・まだ痛いけど。あなたはミヨゾティ。ミヨさん。えーっと・・・なんだっけ、なんか俺、殴られた?うん、息は・・・してるみたい。ほら、心臓も」


 ミヨゾティの質問に順番に答えて、彼女の左手を自身の左胸に重ねる。


 「あ・・・本当ね・・・」


 —————トクン、トクン。トクン、トクン。・・・


 正常に動くヘレニックの心臓は、いつものように動いていた。

ただ、1つ違うとすれば。

いつになく、彼女を前にして緊張していない、ということ。


 「ね?大丈夫そうでしょ・・・?」


 そう言ってヘレニックは、ミヨゾティの赤くなった瞼を、親指の腹で優しくさする。


ミヨゾティは、日頃慣れないヘレニックの行動にはにかみながらも、嬉しそうにその顔を緩ませた。

そして、ミヨゾティは起き上がったヘレニックが座るベットの端に腰掛けて、面と向かい合うような体勢をとって、


 「ヘレニック、アタシを庇ってくれてありがとう。やっぱり、あんたはアタシの王子様だったのね」


そう言って、またいつもの笑顔の似合う彼女に戻って、ニコッとヘレニックに素直な気持ちを伝えた。


 ヘレニックは、そんな彼女の言葉に赤面しながらも同じように向き合って


 「あなたが無事で本当に良かった。それなら、さしづめ、ミヨさんは俺の希望そのものですかね」


 「はっ、なんだそりゃあ?傑作だなぁ、おい?」


 変なところで水を差してくる神父を、今日のヘレニックは許せるような気がして、3人の目が合うと、不思議と笑いが止まらなかった。



 —————しばらくして。

ヘレニックは落ち着いてから、ミヨゾティに一体何があったのかを聞き、神父から、彼女が血相変えて自身を運んできてくれたことを知った。

 今回の軽い騒動で、ヘレニックは心配をかけた二人に深く詫びてから、その後、何事もなかったかのように帰宅した。

後日談になるが、神父の言う通り、後頭部にできたたんこぶは、名誉の負傷といった感じで、痛々しくヘレニックの頭に1週間ほど居座ることになる。


しかし、当の本人からしてみれば、たんこぶ1つで大事に至らなかったこともそうだが、なにより、ミヨゾティに対して、咄嗟のことだったとはいえ、あんな行動がとれるものなのかと、いまだに半信半疑でいた。


 すっかり冷え込んだ帰り道—————。


 ジンジンと痛むたんこぶを時々さすりながら、ヘレニックは今日1日の出来事を思い返しながら、帰路を急いだ。


 そして、結局自分は、ミヨゾティに何を伝えるつもりだったんだろうかと、肝心な用事は何一つ果たせないまま、自身の運の無さや、間の悪さを恨んでみたりするのだった。


 「でも・・・進歩・・・だよな・・・?」


 自信はない。

けれど、かつての自分では考えつかないような行動が、今の自分はできているのだと、確かな進歩だけを根拠に、そう思わずにはいられない。


 素直になっても、なんら、苦しいことは無い。


 そんなことを思いながら、ヘレニックは帰宅した後も、柄にもなく浮かれたりしていた。





 教会を出る間際のこと—————


 「ヘレニック、アタシが送っていったげる」


 大事ないからと説得するものの、ミヨゾティはヘレニックをやたら重症人扱いして、家まで送る、と言うことを聞かない。


 「ミヨさん・・・気持ちは嬉しいんだけど・・・。俺、思ってもらってるよりピンピンしてるから、大丈夫ですよ・・・?」


 ヘレニックは、神父からも説得してくれと目で訴えるが、その頼みの綱である神父は,

ミヨゾティに便乗する始末。収拾がつかないまま、ヘレニックは悪いことをしたわけでもないのに、逃げるようにしてその場を立ち去った。



 ヘレニックの姿が見えなくなるまで手を振って見送った後、ミヨゾティはふと、ためらいながらも神父に言った。


 「神父様、」


 「あー、長話はここじゃ寒いから中に入ろう。暖炉に火でもつけるから」


 ミヨゾティの重たげな表情から察したのか、神父は礼拝堂の中に入るよう促した。

ミヨゾティは大人しく頷いて、神父の言う通りに従った。




 「えー、っと、それで?何を話そうってんだい?」


 神父は暖炉に火をつけながら、長椅子に座るミヨゾティに問いかけた。

ミヨゾティは、初めてヘレニックと出会ったときのことを思い出しながら、同じフレーズで切り出した。


 「神父様。どうか騙されないで聞いてほしい」


 それは、淡々と改まったような口調で。

神父は口を挟まずに、ただただ聞く。


 「アタシは、ヘレニックと出会えてよかったと思ってる。すっごく幸せなことだって、知ってるわ。でもね、今日みたいに、今に始まったことじゃないんだろけど。あいつにとっては、アタシがいると色々と・・・メンドー、ってやつなんでしょ?」


 「アタシといると・・・、なんていうか・・・分かる?」


 「分からん」


 きっぱりと、断言する神父。こういうところが、無粋と言われる原因なのだろうか。


 「ミヨゾティ、あんたの言いたいことはそれだけか?それで満足なら、私はもう聞かんぞ」


 ミヨゾティに突き放すような言い方で、神父は教壇上で頬杖をつきながら彼女の本心を探る。


 「じゃあ最後に言わせてちょうだい、神父様」


 「あらん限りを」



『どうか騙されないで聞いてほしい』



 「アタシは、あいつをやっぱり、こよなく愛してる————!」


 ミヨゾティのありったけの想い。

自分のせいで、ヘレニックが傷つくかもしれない。傍にいない方がいいのかもしれない。現に、今日だって—————


——————なんて、誰が望んでそんなこと言ってやるもんかよ!



 まるで、すべてを打ち払うかのような、勢い任せの叫び。

だけど、決して投げやりなんかじゃない。

まごうことなき、愛情。


 「よく言った———————!」


 神父は、その一言を待っていた、とでも言うかのようにして、ミヨゾティに勝るとも劣らない、ニタァとした凄味をきかせた笑みで、そう言い切った。




 翌朝—————


 ヘレニックは朝起きて、髪をセットする際に昨日できたたんこぶを気遣うように、そっと触ってみる。


 「いてっ」


 どれだけ大きいたんこぶができたのかが不思議なくらいに、後頭部全体を触ってみると、そこには全ての災厄に代わってやったぞと威張り散らすかのような、こぶしサイズのたんこぶがあった。

 しかし、本当にこれだけでよく他に大事がなかったものだと、ヘレニックは半日経ってから、現実に引き戻されたような気分になってゾッとなった。


 ヘレニックは時計が6時半を過ぎていることに気が付き、そんなことを悠長に思い返す時間もなく、たんこぶに触れないように、櫛で髪を優しくとかす。

朝食を済ませて、弁当のおかずを詰めてから歯を磨く。


そして、いつも通りの時間に家を出て、町役場へと出勤した。



 「おはよー!ヘレニ―ック!」


 おーい、と元気よく手を振る、見慣れた姿。

昨日はあれだけ探しても、どこにも見つからなかったのに、今日はあっさり、向こうから出てきてくれるなんて。

ヘレニックは、のんきにそんなことを思いながら、前方のミヨゾティに手を振りながら歩いて行く。


 「おはよう、ミヨさん。昨日はよく眠れた?」


 「それはこっちのセリフでしょう?ヘレニック、たんこぶのお加減は?」


 ミヨゾティはヘレニックの背後へ回り、少し背伸びをして彼の後頭部をじっと眺めた。

ヘレニックは、


 「なんか、思ったより大きいみたい」


 と言って、これくらい、と自分の左手で握り拳を作ってミヨゾティに見せると、彼女は「うわ~、痛そう・・・」と、若干引いていた。


 「一体、どんな大男に殴られたのかしらね?」


 ミヨゾティはそう言って笑いながら、両腕を振り上げて、筋肉マッチョのポーズ。

ヘレニックもそれがおかしくて、


 「ん~。その様子だと、相当、強いやつだったのかもしれないなぁ」


 と、他愛ない茶番劇を繰り広げたりしてみた。



 しばらく、二人で昨日のことを話したりしていたのだが、話は尽きることなく町役場に到着。

 ヘレニックは、ミヨゾティとの別れ際、今日も教会に行くからと伝えて、役場の中へと入っていった。





 こうして、ヘレニックはまた一歩前進し、ミヨゾティに対する抵抗感のような、見えない壁が1枚、取っ払われた慌ただしかった1日は、無事にこうして翌朝を迎えた。


 そして、ヘレニックの決意を実行に移す日が、着々と近づきつつある中—————




—————古いアルバムを懐かしむようにめくる、「チャイナ・シー」神父の少し寂しげな姿が、古今東西の情報が溢れる、教会の書物室にあった。


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