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第32話 メゴスと決戦前夜


 ナンコウ作戦が発動されるのは、3月4日午前6時ちょうど。


 それと同時に、氷ノ山、淡路島の南北、計3か所で、陸海空の統合任務部隊が同時に行動を開始する。

 目的は地上3か所にいるギドンの駆除である。


 



 今の時刻は3月3日夜。

 桃の節句の日であり、もし、例年通りならば、日本各所でひな祭りの光景が見られたであろう。


 しかし、今の日本と、1億2000万の日本人にそんな余裕はない。


 広島県鯨神島の旧神坂邸では、夜遅くにもかかわらず、灯がともっていた。


 その居間には考古学者の津岡と、誠司、さらに高野准教授で予備自衛官の野崎佑香もいた。

 野崎は部屋の隅で、迷彩服姿で、胡坐をかいている。室内での暴発の危険性を考えて、小銃などの火器はもっていない。


 御蔵からもってきた本、また島の資料館などからもってきた資料であふれている。


 津岡と誠司はその合間に座って、疲れた表情で本や資料と向き合っていた。


「これだ」


 誠司がそういうと、津岡が立ち上がって、誠司のほうに向かった。


「この村の民族伝承にある―――緑の水というのが、例の―――」


「うん」


「何がわかったんですか?」


 野崎が聞いた。


「この島周辺の伝承を調べていたら、緑の水というのが出てくるんだ。これが怪物とともにでてきて、怪物を倒したり、元気にさせたり、いろいろな役割を果たしている」


 津岡が説明した。


「それがこの島の近くにあるらしいんだ」


「島の近くって……近くの島とか、本州のどこかとかですか?」


 野崎がそういうと、津岡が首を横に振る。


「……いや、本当に近く。どうもこの島の近海らしい」


 野崎がえっ、と驚いた顔をしている間に、津岡がある古文書をもって、野崎に近づく。誠司もそのあとに続いた。


 古文書には筆で描かれた島の絵と、何かカプセルのようなものが描かれていた。

 カプセルのようなものは、楕円形で、両端が銀色の何かで、中央部は透明なガラスのようなものとして描かれている。

 ガラスの中には、件の緑の水が描かれていた。


「もし、これが本当にあるとして」


 野崎が古文書を見ながら言った。


「海中を調査して、その物体を探す必要がありますね。まあ、あるという確証は――」


 と、野崎は、津岡が妙に期待した目でこちらを見つめていることに気が付く。


 野崎はしばらく考えて


「……私が上に頼んで、その調査をさせてほしいと」


 餌をねだる飼い犬のように、愛嬌ある笑みでうんうん、と頷く。


「いやいや、私にそんな権限はないですよ」


 野崎はうんざりした顔で、立ち上がった。


「そういう話は平坂一佐にしたほうがいいと思いますよ。まあ、あの人も空自だし、なかなか捕まらなさそうだけど……」


「うん、だから、野崎さんから平坂さんにお願いしたほうがいいかなと思って」


 はぁ? という顔で、野崎は津岡を見た。津岡は表情を変えない。


「忙しいし、君は自衛官で、結ちゃんたちの警護を任されている身でしょ。僕も一応、怪特法とかで権限はあるみたいだけど、そんな研究者たくさんいるからね。

 重要な任務についている君のほうが話が通りやすいかなと思って」


「それは……」


 一理ある……と、野崎は思ったが、ぐっと飲みこんだ。

 間髪入れずに、津岡が


「お願い!」


 と頭を下げる。野崎は困惑した。


 その一連の流れを誠司はじっと見ていた。





 平坂一佐には伝えておく。野崎はそう回答した。

 けど、実際どうなるかわかりませんよ、ただでさえ今の自衛隊は全力なんですから、と付け加えた。


 誠司はもう寝ようと思い、廊下を歩いていた。

 壁にかかった古時計は0時を過ぎていた。


 3月4日0時。あと4時間後に、自衛隊がギドンに対し、総攻撃を開始する。


 と、何かうめくような声が聞こえた。


 誠司が耳をすますと、それは結が寝室としている和室から聞こえた。

 彼は恐る恐る、ゆっくりとふすまに近づく。


 声だ。

 結のか細い、泣き声が聞こえる。


 誠司が、ゆっくりとふすまを開けた。


 パジャマ姿の結がいた。うちからもってきた、普段から使っている、かわいらしいパジャマだった。

 布団の上で、窓から漏れる月明かりの下で、さめざめと泣いている。誠司には背を向けている形なので、顔は見えない。 


「結……」


 誠司が呟くと、はっ、と結が、誠司の顔を見た。 


「せいちゃん……」


 誠司の目に、結の、涙にぬれた顔が写った。


 どうした? 

 誠司がそう聞く前に、結が言った。


「メゴスが、ギドンがやってくる、って……」


「え」


「だから、戦わないと、って……」





 福岡県沖。

 生物学の大山教授ら、メゴス調査団は鯨神島からの一報に衝撃を受けた。

 彼らは海洋研究開発機構、JAMSTECの海洋調査船『みらい』の食堂にいた。


 この船が、科学者たちのメゴス調査の拠点となっている。


 周辺には海上自衛隊の護衛艦4隻が、護衛と調査支援の目的もいる。

 昨日までは8隻いたが、もう4隻は出航してしまった。


 深夜の食堂の一角には数人の学者が詰めていた。食堂には彼らしかいない。あともう少し時間がたったら、調理員が厨房にやってくるだろう。






「ギドンがやってくるから、戦わないと、って、どういうことでしょうか?」


 頭の薄い、中年の生物学者が言った。


「まんまじゃないか」

 

 大山教授が答えた。


「ギドンが来るんだよ、超大型ギドンの群れが。だからメゴスも戦う」


 大山は大きくため息をついた。


「―――メゴスが行動するとなると、若干この船も距離をおかないといけないな」


「じゃあ、船の人にも伝えてきます」

 一番若い学者が2,3歩駆け出しはじめる。


「ああ、いや。そこらへんは上を通して話すらしい。……まあ、こんなこと、俺たちが、あの報告を根拠に動いてくれ、といっても動いてくれんよ。しっかり上から命令みたいな形で動いてもらったほうがいい」


 そうですね、と若い学者は足を止めた。


「しかし、これで調査は一時中断だな」


 大山がため息をつくと、頭の薄い生物学者が言った。


「ええ、でも収穫はありましたよ」


 若い学者が言った。


「うん、メゴスの体内に流れている液体の成分が、ギドンのそれと酷似しているのがわかったのは大きいな」


「臓器と見られる部分も確認できるとは思いませんでした」


 ほかの誰かが呟いた。全員がその通りだ、という表情をおのおのする。


「……まさか、メゴスが皮膚を開いて、内部を見せてくれるとはな」


 大山も同じように、疲れと驚きが混じったような表情をしながら、その時の光景を思い出した。




 大山達、メゴス調査団はメゴスの内部構造について調査をしたいと思っていた。

 しかし、その皮膚などが厚く、エコーなどの機器を使った、外部からの調査はできなかった。


 大山は高野と検討してみた。

 結果として、結がメゴスに相談し、メゴスは自分の体を空けるのでその時見てほしい、と言われた。


 大山達は疑問に首をひねった。

 体を空けるということはどういうことだ? 




 そのままだった。

 結が福岡からきたとき、この『みらい』の船上からメゴスを見て、背中に大きく開いた。まるで着ぐるみのチャックが開いたようである。



 

 化学防護服を着た科学者たちはメゴスの体内に侵入し、調査を開始した。

 体内を空ける時間は限られていたものの、調査には大きく寄与した。


 大きな、固く、それでいて弾力性もある肉を踏みながら、暗闇の中を、灯をともして進んでいったことを思い出す。


 恐怖と好奇心がいりまじった不思議な気持ちが科学者たちの胸の中をあふれんばかりにいっぱいにしていた。


 やがて臓器らしいものの一部分が見えてきた。


 外にいた、結からの通信によると、エネルギー源となる臓器だという。

 その臓器は超低温で、周囲を広島で飛び散ったものと同様のものとみられる液体が、血管のような管のなかを走り回っていた。


 これは生物だ、大山たち科学者はメゴスの内部を見て確信した。


 そして、臓器についての疑問点について、メゴスから回答を得ることができた。


「この臓器はどういう機能を果たしているのか」と結を通じて、メゴスに聞くと、メゴスは「それはエネルギーを貯めるところだよ」などと答えてくれる。

 確実なことは調査しなければわからないが、虚偽の類はないだろう、と科学者たちは思っていた。それは勘に近いものよるであったが。





「しかし」


 中年の学者が言った。


「なぜメゴスはこんなことができるんでしょう」


 一同が静かに賛同した。


 自分の臓器について知っているということは、高度な知的生命体が自分の体を解剖するなりしてはじめてわかることだ。

 自分の体は自分でのぞけないし、そもそものぞいたところで何の得もない。


 背中の開放部分だってそうだ。

 メゴスによれば、普段はちゃんと閉じているらしいが、体内を開放できることは弱点になると思う。

 少なくとも、体内を開放しているときに敵に襲われたら、内臓は損傷を受けることになる。


 そして、これも、そのリスクを冒してまで得るものがない。


「まるで調べてくれ、といわんばかりですね」


 若い学者が言った。


 一同、数秒沈黙。その後、あっ、と声を上げるものがいた。


 大山だった。


「何ですか?」


 誰かが聞く。


「まさかだとは思うが……その通りなんじゃないのか?」


 全員が困惑した。


「どういうことです?」と誰かがきく。


「別の知的生命体に、メゴスの体について調べてほしいという意図があった、ということだ」 


 まだわからない、という顔をする学者たち。


「知的生命体がメゴスを調査させる……何のために?」


 若い学者が呟いた。


 大山には答えられなかった。


「しかし、わかっていることがある」


 頭の禿げた中年学者が言った。


「夜が明ける頃には、ギドンとの戦闘がはじまる、ということさ」


 しん、と場が静まり返った。


 その通りだ。


 どうなるかな、と大山は思った。


 まだ見つかっていない超大型ギドンとその百近い群れ。


 そもそもはじめて交戦する自衛隊とギドン。


 大山はそれらを考え、ため息をついた。


 そして考えることをやめた。いずれにせよ、自衛隊は夜明け頃に戦うのだ。

 その結果を予測したところで、何ができるんだろう。


 大山は両手を叩いて、絶望に視野を狭くさせていた学者たちの意識を明瞭にさせた。


 そうすると、彼は、あるかもしれない『みらい』の撤収作業のため、今、学者たちにできること、なすべきごとを探し、それを行うように指示した。

 それがない者は休むもう、休む時に休んでいこう、大山はそう言ってその場を締めくくった。




 深夜2時、『みらい』はメゴスから距離を置くため、ゆっくり航行し始めた。


 その間にも、自衛隊は作戦準備のため、行動していた。

【8月30日追記】

8月28日の投稿について。


8月28日に、誤って、今回の話と同じ内容のものを投稿してしまいました。

現在誤って投稿された話は削除しております。


読者のかたに混乱を招くような形になってしまったこと、また対応が遅れてしまったことについてお詫びいたします。


申し訳ありませんでした。

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