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第31話 魔女と鬼が笑う



「統幕ーーーあー、統合幕僚監部があなた方に意見を求めています。総理と防衛大臣も了承済みです」


 九州大学のとある大型会議室。

 スクリーンには東京・市ヶ谷の防衛省地下指揮所の指揮区画が映っている。真ん中に大きな日本地図が置かれた長机。

 両脇には陸海空の自衛隊高級幕僚十数人、一番奥には統幕長がいた。右一番手前には平坂が座っている。


 九州大学のほうは、講義室のように机が並べられ、その手前に高野ら数人が座る。

 向こうもこちらの映像と音声が見えている。つまり、テレビ会議である。


「早速ですが、我々は早急に伺いたいことがあって、このような場を設けました」


 統幕長が言った。


「ギドン、メゴスがどのような動きをするか、です。怪獣たちは今後、どのような行動をとる必要があるのか。それによって我々自衛隊の行動も変わってきます」


 空幕長が口を開く。


「自衛隊はその武力をもって、怪獣を駆除せよと命じられています。つまり、怪獣は敵です。もし、相手が人間の武装勢力なら、我々にも相手の行動予測がつき、次のどのような行動をとればいいか判断できます。

 しかし、怪獣相手では、それができない。どうか、あなた方の意見を求めたい」

 

 再び、統幕長が言った。


 沈黙がはじまりそうなタイミングで、すかさず平坂一佐が質問する。


「私たちがもっとも気になっているのは、次に攻撃されるところはどこか、ということです。統幕長の話にもあったように、人間の軍隊なら、例えばこの拠点を攻撃するとか、この街に進撃するとか推測ができます。

 しかし、私たちは怪獣たちに対して、そういった予測すらたてられません。もし、ご意見があればご教授願いたい」


 平坂はいつにもましてへりくだった態度だった。


 赤松はクスッと誰にも気づかれない程度に苦笑した。

 なんだ、この人も人並みに空気は読むんだ。


 しかし、すぐに高野が返答をしたので、赤松は真剣な顔に戻った。


「先ほど私たちも同様の議題について話し合っていました。都市部と交通の要所が狙われています」


「ということは次に狙われるのはーーー」


 陸幕長が起立して、指揮棒を日本地図に向けた。


「大阪、神戸、京都といった関西地方の都市部、あるいは博多、北九州市などのある福岡県のほうか。同時に交通の要所が集中しているーーむしろ、都市として、交通の要所そのものといえる」


 陸幕長はそう言いながら、指揮棒の頂点を関西地方の大阪周辺を丸で囲み、そのあと、福岡県のあたりをコンコンとついた。


「間近なのは関西地方だな」と空幕長。


「いや、それも気になるがーーー」海幕長が言った。


「超大型は小型相当数とともに太平洋に潜ったままだ。彼らはどこに現れる?」


 市ヶ谷にも、九州大学のキャンパスにも答える者はいなかった。


 海幕長は続けた。


「海上自衛隊は、アメリカ海軍とともに日本近海を捜索しているが、全くどこにいるかわからない。深海に潜った場合、探知できない可能性が大いにあるが……」


「それはわかりません。しかし、やはり突如として、どこかの沿岸部に上陸したり、海中からいきなり飛行して、どこかへ飛行していくかもしれません」


「それでは何でもありじゃないか」

 空幕長が頭を抱えた。


「そうです……」


 高野は重々しく言った。本当に空幕長の言った通りなのだ。


「なにせ、我々でも行動パターンがよくわかっていません。それを整えるだけの十分なデータはそろっていません。特に超大型に関してはほぼ皆無です」


「ということはーーー」統幕長はカメラを見つめて言った。

 まるで、高野をじっと見据えているかのようであった。


「東京侵攻もありうるかな?」


 場が沈黙した。


 高野は言った。


「はい、十分に。日本最大の交通の要所であり、そして日本最大の都市である東京は、もっとも襲われる可能性が高いと思われます」





 テレビ会議が終わった後、自衛隊の怪獣駆除作戦が決定した。


 目的はギドンの駆除。

 メゴスはとりあえず、監視程度にとどめ、ギドン駆除を優先することにした。


 ギドン駆除作戦は、総称して『ウメ』作戦と呼ばれた。植物の梅からとられている。

 これを含め、以下、作戦名は統合幕僚長の発案であった。


 自衛隊は、地上に待機しているーーつまり、氷ノ山と淡路島にいるギドンの群れを駆除する作戦と、海中にいるギドンを探知、駆除する作戦にわけて考えられた。


 地上に待機している氷ノ山と淡路島にいるギドンの群れを駆除する作戦は『ナンコウ』作戦と命名された。梅の種類の一つである南高からの命名である。


 氷ノ山には陸上自衛隊の駆除部隊(事実上の戦闘部隊)が集結し、淡路島にも地上駆除部隊が上陸、その周辺には駆除のための海上航空部隊が集結していた。


 氷ノ山と淡路島の群れに対する攻撃は同時に実施される。

 氷ノ山では陸上自衛隊の特科(砲兵)と航空自衛隊が空爆を実施する。もし、飛行して飛び去った場合でも航空自衛隊が追撃し、これを撃退する。


 さらに、日本近海ーー正確に言えば関東沖から沖縄沖の、太平洋に潜んでいるとされるギドンを駆除すべく、『ゴジロ』作戦も実施された。

 これも梅の一種からとられている。


 ゴジロ作戦の主体は海上自衛隊だが、海上自衛隊はすでに実施している太平洋上の日本近海の海路確保、船団護衛の作戦、『ナンカイ』作戦と被災者支援に戦力を割かれていたので、

 ゴジロ作戦にはアメリカ海軍と共同で行うことになっていた。

 ちなみにナンカイ作戦は、『南海』からきている。これは海上幕僚長の命名だった。




 

 

 海上自衛隊には、海上幕僚監部の下にいくつかの大きな組織が置かれている。

 横須賀、佐世保、舞鶴、呉、大湊の各地方隊、練習艦隊、幹部学校……などと組織はあるが、そのなかでも最も大きなものは自衛艦隊だ。


 自衛艦隊は、海上自衛隊の実戦部門といえるところであった。

 その下には4つの護衛隊群をはじめ、50隻近い護衛艦を指揮する護衛艦隊、16隻の潜水艦を指揮する潜水艦隊、100機以上の対潜哨戒機を束ねる航空集団、20隻以上の掃海艇をもつ掃海隊群などがある。


 しかし、その戦力の多くは先述した被災者支援と、通商護衛であるナンカイ作戦にあてられている。

 また、ナンコウ二号作戦(対淡路島北部ギドン群駆除作戦)とナンコウ三号作戦(対淡路島南部ギドン群駆除作戦)にもあてなければならない。

 ただ、ナンコウ一号作戦(対氷ノ山ギドン駆除作戦)は陸自がその主体となっているので、海自は参加しなかった。


 ナンカイ作戦に参加している部隊は、このゴジロ作戦で護衛につきながら、探知を行う任務にも付いてもらうことになった。

 もし、ナンカイ作戦行動中でも、怪獣を発見したら、ただちに通報し、駆除部隊が攻撃をかけることになっている。


 しかし、太平洋上にいるギドンを駆除するための、海上自衛隊の戦力は、護衛艦8隻で構成される第4護衛隊群のみであった。 

 航空隊も参加するが、絶対的に戦力が不足していた。


 よって、アメリカ海軍がその戦力を補充してくれることになった。いや、実質は、アメリカ海軍が主力といっていいかもしれなかった。


 この作戦で、アメリカ海軍は第7艦隊第5打撃群を投入した。

 第5打撃任務群は、原子力空母『ロナルド・レーガン』を含む、10隻ほどの艦船で構成される。


『ロナルド・レーガン』を護衛するのは3隻のタイコンデロガ級イージス巡洋艦、さらに5隻の『アーレイ・バーク』級イージス駆逐艦。いずれも高い防空能力を備え、巡航ミサイルも装備していた。

 例え、100近いミサイルが飛んできても、連携行動をとってこれを対空ミサイルや艦砲などで撃破でき、彼らが備えていた巡航ミサイル群によって沿岸から離れた目標を叩くことができる。

 このほかには原子力潜水艦が付近を潜航している。


 しかし、その中核である原子力空母『ロナルド・レーガン』のもつ能力はそれらを凌駕していた。

 70機の艦載機が搭載可能な『ニミッツ』級空母の4番艦である同艦は、戦闘機や対潜哨戒ヘリを搭載している。その火力は、小国の空軍力を凌駕しているといわれている。


 いわば、西日本の太平洋上に、一つの強力な空軍と海軍が置かれたようなものだった。

 これでもアメリカ軍の一部隊に過ぎないので、アメリカ軍の強力かつ圧倒的な戦力がうかがえる。




 

 一方、日本列島では、駆除活動ーーつまり、ギドン攻撃に向けた陸上自衛隊の動きが活発になっていた。


 すでに氷ノ山、さらに淡路島とその周辺には陸上自衛隊中部方面隊の全機甲部隊が集結していた。

 また、九州からも西部方面隊の機甲部隊が、氷ノ山と淡路島に到着しつつあった。


 関西以東からも自衛隊の増援部隊が向かっていた。


 九州と四国、本州の部隊移動は意外とスムーズであった。

 実際には道路が寸断され、ほかの物資輸送も大量かつ速やかに行われる中で、困難はあった。

 しかし、国土交通省と自衛隊、さらに民間企業の力で、優先的に必要とされる道路はただちに修復され、さらに自衛隊の駆除部隊は優先的に移動を許可された。 


 予定されていた陸上自衛隊の地上戦力のほぼ全てが、すでに作戦展開地域に到達していた。


 しかし、意外な問題が明らかになった。

 北海道から本州への部隊移動が困難になっていたことだ。





「つまり、早急に、部隊を輸送させるだけの船がないってことか」


 国交省の但野国土交通審議官はそう言った。

 市ヶ谷の防衛省、オフィスの隅の応接スペースで、成谷防衛政策局次長と向かい合って話している。

 成谷は妖しい笑みを浮かべている。


「ええ、あまりにも少ないというのが適当かもしれません。そこでーーー」


 そこへ失礼します、と、若い女性職員が怯えた表情でコーヒーを持ってきた。


「ああ、いらんといっておいたのにな……」


 若い女性職員に、但野はそう言った。

 若い女性職員は震えた。


「余計な手間かけてさせて悪かったな。政策局長に、俺の前でおべっか使って、陰で『オニタダ』なんて言っている暇あったら、お前が俺にお茶くらい持って来い、っていっとくよ」


 そういって彼はコーヒーを受け取った。

 女性職員は深々と頭を下げて、その場を後にした。


「おにただ?」


 成谷は真顔できょとんとした顔をした。


「鬼の但野、略してオニタダ。永田町や霞が関とかの古い人たちには、陰で俺のことをそう呼んでる人たちも多い。局長もその一人だ。忙しいふりして、どっか隠れているんだろう、どうせ」


 よくわかったな、と成谷は思った。

 いや、実際に多忙なのだが、その時間はちょうど少しだけ空いていることも、成谷は知っていた。

 無理矢理に予定を詰め込んで、但野に会うのを拒否したのだ。成谷も、局長が拒否した理由はオニタダに会うのが怖いからだとほぼ断定できた。

 制服組にもお願いされ、局長以上に多忙な但野が防衛省に少しだけ来ている間、時間を作ってもらっているのに……。


「そう、それで、船の件できたんだが」


 但野はそう言って話を戻した。


「ええ、もう少し輸送のための船舶を、北海道に回してほしいのです。特に室蘭方面に、です」


「だめだと思う」


 成谷の嘆願を、但野はあっさり退けた。


「しかし、理由は聞きたい」


 理不尽だ、と思ったが、防衛省の魔女と呼ばれた女は理由を答えた。


「可及的速やかに、北海道の陸上自衛隊第7師団を輸送したいからです」


「機甲師団だな」


 但野は言った。成谷は頷いた。


 北海道の千歳付近には、陸上自衛隊第7師団が駐屯していた。

 第7師団は陸上自衛隊唯一の機甲師団として存在し、他の陸上自衛隊の師団や旅団よりも戦車や装甲車の数は多く装備され、その機動力と打撃力は陸自随一だった。


「これは怪獣撃退に大きな戦力となりえます。これをただちに本州に輸送し、怪獣撃退の任に就かせたい、統幕と陸幕からもそういう声がしきりに上がっています」


「北海道へ荷物を載せた貨物船やフェリーが、本州に戻るときに、自衛隊の部隊も輸送させているが、それではダメか?」


 但野は理由は尋ねた。


「ええ、これまで北海道にいる別の部隊が、被災地支援のために本州へ輸送されました。それを優先的に、です。さもなければ自衛隊の被災地支援は破綻していたでしょう。

 しかし、北海道から被災地支援に必要な増援部隊は送りました。今度は機甲部隊を送る番です、それも怪獣が次の行動を起こす前に。第7師団が駐屯するところに近い、室蘭港などにフェリーや貨物船を増便させてください」


「わかる。が、増援は難しい」


 但野は腕を組んだ。

 視線を下に向けると、上品なカップに注がれたコーヒーが見えた。


「まず、今、日本の海運はフル稼働だ。ただでさえいくつもの港や、大型船舶がやられた。被災地にまだ物資も人員も送らなければならない。

 北海道や東北はまだ怪獣の被害を受けていないが、それでも多くの船舶が海上自衛隊や米海軍の護衛付きで西日本へ送っている。

 北海道にも生活する人々はいるから、これもいつも通りに輸送する必要があるーーだが、それも通常より1割から2割ほど削って輸送している。

 通常の8割程度の船舶で、北海道に生活必需品を運んでいるんだ。何ら、被害を受けていない北海道も現状ぎりぎりでやっているのに、増援は見込めない」


 但野はため息をついた。


「……今、海外諸国に貨物船の援助を打診している。それほどひっ迫しているんだ。しかし、要請を受け入れたとして、すぐに来るわけじゃない。今日明日は無理だ……」


 但野は成谷を見た。

 笑みはそのままだが、奥歯をかみしめた表情になっている。苦悩したものが彼女の笑顔の中に入り混じっているのが見えた。


 彼女もだいぶやつれたな、と但野は思う。

 余裕をもって、妙にスカしたところがなくなった。


 但野はあることに気が付いて目を丸くした。

 中指に指輪がしてあったのだ。


 ああ、彼女も魔女とはいえ、人の奥さんだったんだな。でも不思議じゃないよな。

 但野がそう思って指輪を見ていると、成谷は指輪をすっと片手で隠した。


「但野さん、そうやって人のプライベートをじっと見るのは、セクシャルハラスメントですよ」


 成谷がいつもの妖しい笑みを見せていた。

 但野は、この魔女に同情したことを後悔した。


 成谷は視線を下にもっていて、真剣な表情になった。疲れと憂いが混じった表情だった。

 但野は魔女がこんな表情をするんだ、と驚きながら、黙って話を聞いていた。


「……長期化で、現場の隊員たちや幕僚、官僚も疲弊し続いています。しかし、ほとんど想定外の事態ばかりで、全く先が見通せません。終わりが全く見えないのが、皆をさらに疲弊しています」


 成谷は肩を落としていった。


「こんなこといつまで続くんでしょう」


 成谷が呟いた。


 すると、但野は我慢しきれなかったものを吹き出すかのように笑った。

 そのあと、但野は、しばらく笑っていた。


「そりゃ、わからんよ。もう笑うしかないくらいだよ」


 そういって、鬼が笑う。


 成谷はそれをしばらくあ然としたように見ていたが、但野は釣られたように吹き出し、笑い続けた。


 鬼と魔女はしばらく笑い続けた。 


お久しぶりです……

怪獣の研究や法律などで話をすすめてまいりましたが、

あと2話ほどで自衛隊との戦闘に入る予定です。

もし、よろしければお付き合いください。

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