第27話 軍事的観点と幕僚会議
対象物調査対策本部の機動調査チーム第一回会合は、軍事的観点からの報告に入っていた。
講師は杉原 防衛装備庁 技術戦略部 技術戦略課 課長補佐。
「この物体は、先ほどのお話でもありましたようにその多くのが未知の部分でありますが、生物としての類似性が多く指摘されています。
一方で、これを軍事的な観点――つまり、例えばギドンを兵器として見た場合、どうなのか、ということについて述べたいと思います」
杉原はスライドを動かした。
中国四国地方の地図、多くの地点に×マークが付いている。また色も複数色でわけられている。
「この×点はギドンが攻撃した地域です。赤い×は小型ギドンの群れによる攻撃、青い×がギドンによるものと見られる誘導弾による攻撃、緑色が超大型ギドンを中心とした群れによる攻撃です。
そこに―――」
今度は丸印がついた。丸印も一重の丸と二重の丸があった。いずれにせよ、ほとんどの×マークが○に覆われた。
「この一重丸は都市部、二重丸は郊外にある交通の要所、例えば高速道路や空港などです。この図をみると、攻撃を受けたポイントの9割以上が都市、または交通の要所です」
スライドが変わった。今度は2つの怪獣の群れの移動ルートを地図上に示したものだ。
瀬戸内海を中心に映した地図に、赤い矢印と青い矢印がひかれている。
青い矢印は四国中央部から四国中央市を出て、瀬戸内海沿岸部を東沿いに向かい、瀬戸大橋を破壊して、本州に向かっている。
もう一方も、四国中央部から愛媛県の瀬戸内海沿岸部を通ってしまなみ海道を通り、本州広島県へ向かった。
「これは瀬戸内海に出現した、2つのギドンの群れの侵攻ルートです。
都市部をしらみつぶしに破壊しています。また、その途上の駅、高速道路、橋を破壊しています」
「明らかにこの怪獣群は都市部、もしくは交通の拠点を襲撃しています。
交通の拠点、というのを正確にいえば、ジャンクションのように大きな道路が交差しているところや、ターミナル駅のように周囲の沿線でも大きな駅などを狙っています。また空港や港も同様です」
数人が唸った。
「この行動は、我々の交通・物流の手段を断って行動している可能性が極めて高いのです」
「何のためにですか?」
若い防災服を着た男性が思わず立ち上がって言った。
杉原が答える。
「わかりません。しかし、行動、そしてそれを可能とする怪獣の能力は極めて脅威です。もはやひとつの軍隊とみなしてもよいほどの戦闘能力をもっています」
杉原は若干興奮気味に言いながら思う。
まったく馬鹿げている。
このような物体が多数いて、日本を攻撃している。
なぜ、いったい、何のために?
しかし、わかっていることがある。
「私たちは、これを駆除しなければなりません」
杉原は言った。
自衛隊は、すでに内閣総理大臣によって、怪獣駆除のための出動も行っていた。
自衛隊には災害時に行う災害派遣、警察力では対処できない時の治安出動など、いくつかの出動命令の方法が自衛隊法で定まっている。
今回のギドンに対する自衛隊の攻撃は、怪獣駆除のため、災害派遣による武器使用ということで対処しようとしている。あくまで災害派遣の一環として、武器を使うということだ。
武器使用を前提とした災害派遣――一見奇異かもしれないが、防衛省や自衛隊では、以前からネズミなどの害獣駆除などで、災害派遣時の武器の使用は想定していた。
実際、記録的な豪雪の時に、除雪のために火炎放射器を使用したり、事故によって、積み荷の大量の可燃性物質を炎上させたまま、海上を漂流していた大型タンカーを数隻の護衛艦が魚雷や砲撃を加えて沈めようとした前例はあった。
しかし、自衛隊首脳部を悩まさせたのは、そもそも怪獣駆除のための兵力をそれほど出せないということだった。
すでに多くの部隊が被災地支援のため、出動を開始しているからである。
また、ギドンが飛行し、遠距離からの攻撃能力があるので、輸送機などの低速で戦闘能力がない大型機やヘリコプターなどは作戦地域で行動ができないなど、制約も多かった。
「まず、確認しておく。我々の任務は、被災地への支援、怪獣の監視、そして駆除である。大きく被害を受けた地域や被災者の方々への生活等の支援を行いながら、怪獣を監視し、武器を用いてこれを駆除しなければならない」
青色の迷彩服――航空自衛隊の迷彩服を着た統合幕僚長は数十人の自衛隊高級幕僚たちが大きな、地図の置かれた会議机、その上座に座って、部下たちに言った。
机には日本列島の大きな地図が置かれている。その上には部隊符丁――部隊の規模や兵科を示す記号が、概ね師団単位が配置されている。
ここは新宿区市ヶ谷の防衛省の地下にある自衛隊中央指揮所の指揮区画である。
「今、陸上自衛隊の状況はどうなっている?」
すぐ脇に座る緑色の迷彩服を着た陸上幕僚長に問うた。
「中部方面隊のほぼ全ての部隊は中国四国地方へ、被災者支援に展開しています。
ただ、淡路島にいる怪獣監視のため、兵庫県明石に第36戦闘団、徳島県鳴門に第37戦闘団をそれぞれ展開しています。
同じように氷ノ山監視のため、第46戦闘団が同地に展開。各部隊は普通科を中心に、通常よりも機甲や特科の戦力を増強させています。
また、淡路島島民救出のため、第2水陸機動連隊が現在呉市で待機中。海自と共に展開する予定です。
また、西部方面隊、東部方面隊、東北方面隊からも増援部隊が移動、もしくは現地で展開中です」
統幕長は日本地図を見た。
中国四国地方を中心に記号が密集しているのがわかる。
彼はさらに淡路島を見た。
第36戦闘団―――兵庫県伊丹にいる第36普通科(歩兵)連隊を中心に、戦車部隊や特科(砲兵)部隊など、他の兵科――自衛隊としては職種という――が連合して出来た、戦闘団という単位の編成の部隊が、兵庫県明石あたりにいるのがわかる。
南に目を向けたら、鳴門に第37普通科連隊を中心とする第37戦闘団、そこから北西に目を向けたら、氷ノ山には第13旅団第46普通科連隊を中心とする第46戦闘団がいる。
呉市にも第2水陸機動連隊がいる。
我が国の元号が『平成』から『広至』に変わる前年に新設された、水陸機動団の一部隊だ。
第1水陸機動部隊は他の部隊と共に被災者支援に回っているが、この部隊は武装させ、長崎県佐世保から呉まで進出し、海上自衛隊とともに淡路島に住民救出に向かうことになっていた。
この作戦は積極的に戦闘はせず、海上自衛隊の艦艇を用いて住民を本州や四国に海上輸送させるものだった。
彼らが武装しているのも、住民の護衛と自衛のためのものにすぎない。積極的な戦闘は控えるつもりだ。
「海上自衛隊は?」
はい、と目にうっすらクマのできた、初老の海上幕僚長は少し元気なさげに答えた。海上自衛隊の、水色を基調にした迷彩服を着ている。
「海上自衛隊は、そのほぼ全ての艦艇が出港、航空機も全機何らかの任務に就いています」
海上幕僚長は、立ち上がって、長い指し棒を取り出し、図上で各部隊の位置を指しながら言った。
「護衛艦隊と対潜哨戒機の部隊は、怪獣の捜索と、海上交通路維持のため、千葉県沖から沖縄県周辺の太平洋を中心に展開中。あと、第8護衛隊は日本海にもいて、もう一匹の怪獣と接触、監視任務中。
その他の自衛艦隊は、物資輸送、被災者支援のため、瀬戸内海を中心に中国四国地方に展開しています。
淡路島住民救出作戦のため、第2護衛隊群と第1輸送隊が豊後水道を入って、呉に向かっています。陸自部隊を輸送して、淡路島へ向かいます」
統幕長は地図を見ながら話を聞いていた。
そして思う。
なるほど、海上自衛隊はこのままではパンクする。
海上自衛隊は世界有数のネイビーとして発展してきた。それだけの戦力を持つ、世界有数の海軍なのだ。
しかし、起こった事態とそれに対処すべき行動は、海上自衛隊だけでは限度があるということだ。
「航空自衛隊は?」
「はっ」
眼鏡をかけた、青色の迷彩服をかけた男が答える。
「我々の航空輸送部隊は、被災地より退避せざるをえません。宮崎の新田原と石川県小松に一部部隊を残して、あとは関東、東北や北海道の各基地にて待機しています。
戦闘機の部隊は大分県の築城、宮崎県の新田原、愛知県の小牧、石川県の小松の各基地に多くの戦力を展開し、これ以上の侵攻を阻止します。
また、小牧に展開中の第3航空団は、淡路島住民救出作戦にも参加します。作戦中は上空にて待機し、上空から作戦を支援します」
統幕長は考える。
海上自衛隊はパンク状態。
陸上自衛隊も被災者支援でかなりの人員をそちらに回している。基本的に戦力は全力投入せず、予備を考えなければならない。さもなくば、少しの不測の事態で致命的な打撃になりかねない。
そう考えると、駆除にどれだけ戦力が回せるか。
航空自衛隊はむしろ暇なくらいだった。しかし、敵がすばやく飛び、戦闘能力がある以上、そのような空に、低速で非武装の輸送機を飛ばせられない。これは民間機も同様だ。
また、攻撃力はあるが、まだ能力が未知数な敵にむやみに戦闘を挑んでいくのも無謀だ。
未知数の敵に手一杯の味方、そもそも敵が未知故に、どう戦力を展開していいかわからなかった。
「平坂一佐」
統幕長は一番隅にいた男を見た。
先ほど、瀬戸内から東京に戻ってきた男だった
「何か意見があるか?」
平坂は顎に手をあてて、しばらく考えた後に言った。
「怪獣のなかでも、メゴスと呼ばれる個体に関して申し上げます」
統幕長は頷いた。
「メゴスの駆除も考慮しなければならない事項であります。しかし、私はあえて、メゴスをこちらに加勢する戦力としてとらえる可能性も考慮すべきだと思います」
数名の幕僚が感嘆の声を上げた。他はうなったり、驚いた表情をしている。
「君は、メゴスという怪獣が、我々自衛隊の味方をしてくれると思っているのかね?」
陸上幕僚長は、失笑を禁じ得ないまま、平坂に向かって言った。
平坂は真顔のまま答えた。
「自衛隊、というより、人間側の味方、と言った方がいいかもしれません。いずれにせよ、メゴスには積極的な攻勢は避け、状況を注視する必要があります」
「しかし、不安はある」
海上幕僚長が言った。
「海上自衛隊はメゴスとともに行動を共にした。メゴスは確かに我々と協調する意思はある――しかし、それが行動方針がどう転換するかわからない」
「はい、ですので、メゴスは監視を続けた方が良いでしょう」
平坂は続ける。
「しかし、ただでさえ我々の戦力は他の任務に費やされています。限界に近いレベルです。加勢するものだとしたら、最低限の監視にとどめるべきだと思います」
「最低限の監視で十分なのはわかった」と統幕長。
「だが、メゴスを我々の戦力と考えるのは理解しかねる」
平坂は言う。
「信じがたい話なのですが、メゴスと人間サイドには、ある方法を使ってコミュニケーションを取ることが可能です」
「それはきいた」
航空幕僚長が言った。
「いったい、どんな方法でやってるんだ?」
それは言えない、統幕長が言った。
「それは内閣官房から一部の官僚や研究者しか知られていない。かん口令が出ている。ただ、一両日中には、この部屋にいる全員が知ることになると思う」
「と、いうことは、統幕長はご存知なのですか?」
航空幕僚長の言葉に、統幕長は腕を組んで数秒固まった後、ゆっくり頷いた。
「しかし、方法をいわれても全く信じられないものだった。率直に言って奇怪といっていい」
他の幕僚たちが低く唸った。そのあと、そのあとどよめき。
ですが、海上幕僚長が言う。
「もし、仮に――本当にメゴスに対して監視程度、あるいは駆除しなくてもいいというのなら、我々の戦力をそちらに割かずに済みます。これ以上割くのは危険です」
陸上幕僚長、航空幕僚長も含めて頷いた。
「他にも問題はあります」と陸上幕僚長。
「災害派遣による、駆除に対する武器使用について、これまでにない大規模なものになると思われます。率直に言って、防衛出動の方がやりやすいという意見が部内から複数寄せられています」
陸上幕僚長の言いたいことはこうであった。
現在、自衛隊は災害派遣によって、武器を使用し、怪獣駆除を行っている。
しかし、現状、これではうまく対応できない。
駆除対処方法は不明だが、これまでの状況から考えたら、これよりもずっと大規模な武器使用のための行動になる。
それはもう武器使用でなく、武力行使として対応した方が良いのではないか、ということだった。
武力行使。武器使用とは違う。この言葉の違いは極めて曖昧だが、高度に政治的な意味があった。
武器使用はただ武器を使うだけだが、武力行使は、どこかの勢力との戦争をすることを示す用語だった。
その方が法的な運用火器の使用なども容易になり、米軍との連携も取りやすく、実務的な面でも有意義である。
そして、武力行使は、防衛出動のときに限られる。防衛出動は、日本が他国からの侵略や攻撃を受けたときに、これに自衛隊が対処するよう、発令するものである。
自衛隊にとって最もハイレベルで、実質日本が戦争に突入するときに使う防衛出動命令。
だが―――
「防衛出動の命令を下すのは内閣総理大臣のみだ」
統幕長は静かに言った。
しばらくの沈黙。
自衛隊の命令を下すのは文民。
意見を具申する程度なら可能だが、行き過ぎた行動や言動は文民統制からの逸脱になる。
「だが、防衛出動の件については大臣にも私から伝えておく」
統幕長は言った。
しかし、内心は部下たちと一緒だ。
この状態はもはや戦争に近い。いや、戦争そのものだ。
だが、多くの被災者がいることもまた事実であり、その支援を対応しなければならない。
大規模な災害の被災者支援に対応しながら、戦争状態に突入したようなものだ。
現状では手に負えない。
とすれば、自衛隊以外の戦力が応援してくれることが必要だ。
それが日本でただちにできるのは、米軍しかない。
もし米軍でも手に負えないようなら、他国の軍隊、それでも手に負えないようならメゴスが―――
ここまで考えたところで、統幕長は、自分の職務の範囲を逸脱して考えていることに気が付き、やめた。
それこそ文民の考えることであって、自分の考えるところではない。
ただでさえ、手一杯なのだ。これ以上の考える余裕はない。
統幕長はそう思った。




