第20話 超大型怪獣の出現
広島市内、紙屋町の交差点で倒れていた大型の怪獣は力を振り絞った。
その時、広島市内では、爆発が同時多発的に複数回、起きていた。
大型の怪獣は空へと上がった。
西方に向け、半壊していた建物の上をかすめて、ふわっと空へ上がっていく。
この怪獣もまた、メゴスと同様に傷だらけであった。
特に、胸に付いた深い傷――バッテンが、胸を覆うようにできたそれは、血が乾きつつあったが、その深く刻まれた刻印のような傷は未だ治る兆しがなかった。
一瞬、眼下のメゴスを見た。
満身創痍の中、先ほどの攻撃でさらに傷を深めたようだ。
低い雄叫びが広島市内に轟く。
メゴスがそんな雄叫びを上げるしかなくなっている隙をついて、大型の怪獣は西の空へ向かって飛んで行った。
体中傷だらけになったメゴスは、大型の怪獣があっという間にいなくなったことを知り、次の行動に出た。
もう、広島市内に、倒すべき怪獣はいない、ここは戦場ではなくなった。
メゴスも白煙を上げて、ロケットのように空を飛んだ。
それから、北の空へとあっという間に消えていった。
広島市に、もう怪獣たちはいない。
あの戦いはまさしく夢や幻覚の類にしか見えない光景だった。
ただ、市内のあちらこちらががれきの山や廃墟となったことは、はっきりと見える事実であった。
鯨神島は、遠方に見える広島市から次々と大きな煙が上がっていくのが確認できた。
つい先ほど、複数の爆発が同時に起こった後、2つの大きな物体が、相次いで空に消えた。
その複数の爆発の直前、空から何かが飛来するのが見えたと何人かが言い始めたことで、避難していた島民は新しい恐怖に駆られていた。
もしかして、ミサイル?
ミサイルなら、どこかの国の攻撃なのか?
誠司と結にとって、もはやそれは関心ごとではなかった。
結は、全身に冷や汗を垂らして、固く目を瞑って、地面に横になっていた。
誠司はその結の肩を抱いて、結の名前を呼んだ。
結は、メゴスが復活してから、メゴスをじっと見ていた。
しかし、メゴスが、鯨神島ではじめて攻撃を受けたとき、顔をしかめた。
誠司はそれを心配したが、結は大丈夫、と言いながら、続けて言った。
「メゴスの痛みが……私にも、通じるみたい……」
それからは結は、メゴスに何かを語りかけながら、時折痛みを感じている様子だった。
こわい? わかった、じゃあ、戦おう。
痛い!
メゴスはどう、つらくない?
珠美ちゃん、生きていたんだね……良かった。
わかった、じゃあ、行こう。
それから広島市に飛び立ってから、結は苦痛の表情で、あぶら汗を流しながら、必死に何かに耐えていた。
まるで、自分が何かと戦っているようだった。
そして、広島から、メゴスが去った後、彼女は倒れた。
「結! 結!」
誠司は叫んだ。あまりにも無力な自分に情けなさを感じたが、今はそんな場合ではないと思った。
結をお姫様抱っこした誠司は、島の学校へと向かおうとした。
あそこは今、避難所になっているはずだ。診療所もそっちにあるはず……
その時、大きな爆発が2回、誠司の近くで起こった。
常世岩のあった辺りだった。
かろうじて岩などが散乱し、砂州も残っていたその場所は一気にぶっ飛んで、海水の柱が大きくたっていた。
誠司はその様子を見て、震えた。
しかし、彼は走った。
と、彼の頭上から空気を切り裂くような轟音が響き始めた。
その音が最高潮に達したとき、また爆発が起きた。
今度は誠司たちの後ろだった。
火炎が前方を赤く照らし、爆風が誠司を転倒させようとした。
誠司はぐっと身をかがめ、結を守り、ふんばる。
しかし、耐えきれず、爆風から一間空いて、その場に倒れ込んだ。
結をかばうようにして倒れ込んだ誠司。前には、仰向けで横になる結。
誠司は後ろを見た。
結が住んでいた家が母家が炎上し、すでに炎の中で半壊している。
御蔵も燃えていないが、爆風で大きなヒビがいくつも走っている。
誠司は、小学校まで、この家で結と遊んでいたことを思い出した。
それが今、燃やされている。何が起こっているのかわからない。
やつらの仕業なんだろうか。
誠司は結を抱えて、立ち上がった。
そして、また走り始めた。
何が起こっているかわからない。でも、結は守らないといけない。
そう考えると、誠司は一心不乱に、この山の中を走ることに集中した。
このミサイルらしい攻撃は山陽から四国にかけての複数か所に行われた。
北は、中国地方中央部にある、岡山県真庭市の北房ジャンクションが爆撃された。
それから、以南の都市部、高速道路の要所、鉄道の駅、飛行場などに数個の飛翔体が飛来し、それが衝突するとともに爆発、吹き飛ばされた。
これらの報告を受けた自衛隊は攻撃の詳細をつかむべく、情報を収集しようとしていた。
航空自衛隊は、中国四国地方が敵の攻撃範囲にあると考え、早期警戒機に護衛の戦闘機をつけて離陸させようとしていた。
海上自衛隊も哨戒機を離陸させようとしていた。また、護衛艦も、墜落した2機の乗員救助と機体回収のため、豊後水道や紀伊水道を中心に集結していたが、太平洋へ広く展開しようとしていた。
自衛隊は、今、この事態を、武力攻撃を受けた状態として捉えて、行動を開始しようとしている。
「しかし、ミサイル攻撃なんて……」
野崎佑香は呟いた。
笹ヶ峰の麓にいた、陸上自衛隊の第17普通科連隊第1中隊と同行していた研究者グループは戦慄していた。
彼らは移動に備え、別命あるまで待機とのことで、移動準備を整え、待機していたので、多くの隊員たちが何もすることがなく、その場が静かに、むしろ沈黙していた。
「連隊本部から至急で報告がありました。広島、岡山、四国の各所も攻撃を受けている模様です。まだ、それしか……」
中隊長はそう言うと、黙ってしまった。
「我々はすでに、あの常識外れの、化け物、怪獣を目撃しています」
赤松は言った。
「さらに、そいつらはどうやらいくつもの街を破壊している。おそらく、我々の考えられない方法で、その怪獣が、ミサイルを発射していると……」
小島は、赤松の言いたいことを続けるように言った。
赤松はうん、と頷く。
「そもそもミサイルとは言っているが、本当にミサイルかどうかもわからない。誤認、あるいはそれらしいものだとして、人間の使うミサイルとは本来の用途や構造が違うかもしれない」
平坂が言う。
「たぶん、生き物とか、兵器とか、そういう分類でわけることは無意味なんだ。むしろ考えを妨げる原因と思っていい」
高野は、はっきりといった。
「やつらは生物か兵器か、あるいはそれ以外の何かもわからない。ただ、このミサイル攻撃も、やつらの仕業である可能性を考えた方がいい。むしろ、その方が高い」
「なら、どこかにやつらのミサイル発射場所が……」と平坂。
「津岡さん、そのような資料はありますか?」
高野は考古学者の津岡に尋ねた。津岡はうーん、と顎をつかむ。
「……ない、と思われます。キドンに関する手掛かりとなるものも断片的で、その姿は資料からもほぼ未知なんです」
その時だった。
「中隊長!」
一人の通信隊員の声で、全ての話が中断した。
「連隊本部から至急です。
『第14旅団本部より、高知駐屯地から入電。小型怪獣数十と、未確認の超大型怪獣が土佐山から高知市内に侵入。超大型怪獣は目測で高さ200メートル近くある模様。全部隊警戒をさらに厳とし、別命あるまで待機せよ』
以上」
それは高知市内を南下していた。
空には数十に及ぶ小型の怪獣が、鳥の大群のように飛んでいる。
そして、地上には巨獣がいた。
怪獣。
メゴスや、広島県に現れた巨大不明物体を見たなら、それらと同じ部類だとは考える。
しかし、その巨大さ、邪悪な姿、さらに発せられるオーラは、比べ物にならないほど全く圧倒的であった。
高知市内にいた人々は、瀬戸内で暴れまわる怪獣の姿について知らなかった。
しかし、今、自分たちの前に立つ存在があまりにも凶暴で凶悪で危険であることはすぐに察知できた。
人間だけではない。
市内の飼い犬は唸って警戒し、あるいは吠え、猫は逃げ、鳥たちはいっせいに飛び立った。
超大型怪獣は土佐山付近に立っていたばかりの、150メートルの高層マンションよりも高かった。
巨大な胴体に太い手足、尻から長い尾が出ている。
全体的に、肌が土気色をして、硬質がありそうだった。まるで岩石のようだ。
顔つきは凶悪であった。逆三角形に、左右から、上下中央に3つの大きく、尖ったでっぱりが見える。
悪魔の形相に翼を生やしたような顔の形をしていた。
そのなかに、真っ赤な目。大きな口からは、全てが鋭くとがった歯が見え、さらに円筒状の犬歯が口の前、上下左右から見えた。
頭部の前と後ろ、さらに左右、その間にも角が建っている。中央の角は赤くなっている。
その巨体も、見るだけで驚異的な暴力として成立するほどであった。
二つの太い足はビルほどの大きさ、太さがある。
胴は高層建築物のように大きく、精巧な石像のように硬質で、様々な線や模様があった。
胴の中心部は上下に伸びた楕円をしていた。他の部分より淡く、楕円の中には十字を描くように筋が入っていた。
背中には半径1メートルから3メートルほどのいくつもの丸い筋が100以上確認できる。
土気色の肌に紛れて見えづらいが、背中から尾の3分の2まではそれで埋め尽くされていた。
背中上部から肩にかけて、左右2つずつ、翼のように長い枝のような何かを伸びていた。
あわせて4本。大型よりも、大きなそれだ。
悪魔とすら形容するには生ぬるい。魔王、それが一番近い表現かもしれない。
その超大型の怪獣は高知市街地へと一歩ずつ入っていく。
と、背中の丸い筋のうち、4つが穴となって開いた。
穴となったものから、2メートル近い長い筒のようなそれが、そのまま体を離れ、後部を赤い光で照らしながら、東の空へと飛んで行った。
徳島飛行場―――徳島阿波おどり空港として一般に知られるその小さな飛行場は、すでに緊急に着陸した旅客機や貨物機でいっぱいになってきた。
自衛隊との兼用飛行場として知られるこの飛行場は、連絡のために飛んでいた海上自衛隊のTC90練習機が着陸次第、空港を一時閉鎖する予定でいた。
すでに松山空港が破壊され、広島空港も使用不能になっていた。しかし、多くの飛行機が空から一刻も早く避難するため、次々と着陸していった。
この小さな飛行場も、あっという間に飛行機で埋め尽くされた。
この、胴体の上に皿をつけたような航空機が着陸すれば―――
徳島飛行場の管制塔の人たちがそう思いながら、管制業務を行っていたときだった。
「3機の未確認飛行物体(UFO)高速で接近中」
女性管制官がレーダーを見ながらそう報告していた時、TC90が突如として爆発した。
胴体が四散し、両翼が炎上しながら地上に落下していく。
その次の瞬間、エプロン(駐機場)にいたボーイング767旅客機の1機に、長い筒のようなものが突っ込んできた。
外面を突き破り、誰もいない客室を抜け、機体下部に突入したところで爆発した。
内部から爆発を起こし、胴体が炎上する。
さらにもう1機のボーイング767の右主翼にも、長い筒のようなものが命中、爆発。
主翼内部にあった燃料タンクに積載されていた燃料に引火、一気に爆発する。
ぎゅうぎゅうにエプロンに詰められた旅客機や貨物機に、爆発が周囲の機体にも飛び火したり、また爆発の火が燃え移るなどして、さらなる爆発を引き起こした。
乗客乗員は飛行機から避難していたが、爆風はその人々が避難していた空港ターミナルを揺らし、爆風でガラスを割り、火炎が近づきつつあった。
空港の消防隊が対応にあたり、空港職員によって、ターミナルから、空港の外に多くの人々が避難を開始していた。
徳島飛行場の炎と黒煙は、市内全域から見えるほどもくもくと立ち上っていた。
同じ頃、高知市内北部では、周囲数キロが大きな地響きに襲われた。歩くたびに局地的な大地震が起こるようであった。
超大型の怪獣が、一歩歩くと、あらゆるものが大きく揺さぶれた。
もろい建築物が倒れ、あるいは傾いた。頑丈な建物すら、ひびが入った。
道路はもれなくひび割れ、軽自動車は飛び上がった。大型のトラックですら横転した。
人など立ってられない。何かにしがみつくしかない。そうでなければ、揺れに翻弄され、あるいは振動によって飛び上がった。
数十の悪魔の子分を引き連れた邪悪な魔王は、高知の街を襲おうとしていた。




