第16話 広島市壊滅
広島県庁庁舎に、一台の、黒塗りの公用車が入ってきたのは、10時30分だった。
広島城の南、数百メートルのところにあったこの庁舎は、本館を中心に、いくつかの建物で構成されている。
公用車は、鯉城通りから入って、本館庁舎前に向かった。
70代になる守衛は、正門から庁舎に行く途中の道で公用車とすれ違い、元警察官らしい、見事な敬礼をした。
公用車の中にいた広島県知事はそれに気付かなかった。彼は今、四国で起きている異常事態についての報告を受けている。
すでに広島県危機管理監をはじめとする、県庁の危機管理に関する主要幹部が集まっていた。
守衛は、県庁正面玄関の前に、公用車が停まり、数人が入っていくのを見た。
広島県庁は静かに、しかし、いつもとは違う。慌ただしい動きを見せていた。
広島市の青い空は変わらない。冬らしい、透き通るような青空。
しかし、そこへも異変が起きた。
広島市の青い空の中に、3つの黒点があった。
そして、それは、徐々に大きくなってくる。空中にいた、何らかの怪獣が高度を落とし、広島市に接近しているのだ。
3つの黒点は接近するにつれ、その姿がはっきりと見えてきた。
広島上空にやってきたのは、大型の怪獣1体に、小型の怪獣2体だった。
この3体は広島市の南西から侵入し、高度を落としながら、広島市街地へと入った。
南を広島湾、残りの三方を丘陵部に囲まれた、広島平野の上にこの街はあった。
この三角形の平野太田川を中心に、いくつかの川が市街地を南北に走っている。
元々太田川の三角州であったこの土地は、河川の上流から流れてきた砂などが堆積してできた土地だ。つまり、元々は湿地で、人が多く住むのには不適な土地だったのだ。
16世紀に毛利輝元が、太田川下流の湿地だったこの地を干拓して以来、広島は街として発展してきた。
この広島平野のなかに、広島県庁をはじめとする、広島県の中枢機関や、中国、あるいは四国地方を含んだ政府機関の拠点もある。
一方で、また、いくつかの大企業が本社、または支店を置き、中国・四国経済の拠点の都市ともいえる。
鉄道では、山陽新幹線やJR山陽本線などが広島駅を通り、道路では、中国道や山陽道などの主要な高速道路、国道2号線などの一般道も走る交通、物流の拠点でもあった。
市内を通る広島電鉄などは、1912年から、市民の足となって走り続けている。
また、近年できた大きな野球スタジアムや、基町の複合商業施設、紙屋町の若者向けのお店が多くある商店街、本通の古くからある商店街、流川の歓楽街などは市民のエネルギッシュな面の象徴と言えた。
地域の経済の発展と市民の生活レベルの豊かさを現すかのように、高層マンションや、商業施設の入った、高層建築物が数十ほど建っていた。
毛利輝元がこの土地を開発して以降、広島は大きな町として発展してきた。
江戸時代には広島藩42万石の城下町として栄え、明治から大戦まで、明治政府を支える政治、経済、さらに軍事の拠点として栄えた。
大戦末期に、原爆投下という惨状を受け、街が20万以上の人々ととともに消滅しても、なお、戦後に広島の街は再建され、また大きな発展を遂げてきた。
中国地方最大の都市にして、日本でも有数の大都市である広島市。
この街に災厄は突如としてやってきた。
広島市にとって、最初の一撃は光線による高層建築物の破壊だった。
広島駅南口にある、県内一の高さを誇る、高層マンション最上階に、一筋の光線が貫いた。
最上階で大爆発が起こった。赤い火炎が上がり、それからほんの少し後に、黒と白が入りまじった煙が上がった。
無数の破片が四方八方に飛び散った。大きな破片のなかには、黒煙の尾を引きながら、地上へ落下するものもあった。
高層マンションの下階は、大手電機店が入っていた。
店内が大きな振動で揺さぶられた。テレビやレンジなどの多くの家電が棚から落下し、冷蔵庫などの大型家電が倒れた。店内の照明が一斉に消えた。
振動で店内照明のいくつかが落下した。店中に客や従業員の悲鳴が響いた。
さらに光線は、広島駅を射抜いた。
広島駅の全てのホームに光線が直撃する。
停車していた全ての電車が巻き添えを受けた。
もちろん鉄路も破壊された。
中国地方一の巨大駅は、炎の餌食となって、炎上していた。
広島市街地にいた、多くの人々はその様子に気が付いた。
爆発音は市内に響いた。県内でも一番高いビルが炎上し、煙を上げる様子は、建物の陰に隠れない限り、どこからでも見えた。
市民はそのマンションの様子を呆然と見ていたが、一部の市民が、空から何かが降りてくることに気が付いた。
四国北西部を襲撃した、3つの飛行物体――怪獣は地面に降り立とうとしていた。
大型の怪獣1体と小型の怪獣1体は、広島中央公園に、もう1体の小型の怪獣は、広島市役所の南に隣接にする大きな交差点の上に足をつけた。
ふわっと、ゆっくりと降りる3体の巨大な怪獣。
地に着いた途端、けたたましい地鳴りが、着地した場所の周囲に響いた。
『広島市役所前』という標識のついた交差点に着地した小型怪獣の1体は、舗装された道路の、コンクリートもめりこんで、大きな足跡がつけていた。
この交差点の南北には、広島電鉄の路面電車の線路が走っているが、その鉄路も潰れてしまった。
そして、今まさに、交差点の北50メートルほどのところにある、市役所前駅から南へ動き出そうとしていた路面電車がいた。
3両の1000形電車が出発しようとしたとき、突如として目の前に巨大な怪獣が現れた。
何の前触れもなく、降下してきた怪獣に、運転士は、幻覚を見ているのだと思った。そう思わなければ説明のつかないものだった。
20メートル近い巨体が、空から舞い降りたのだ。しかも、幻想世界の魔物のような容姿をしている。
若い男性運転士はとっさに急ブレーキをかけた。それは運転士として訓練された、危険回避のための動作だった。
運転士は非常ブレーキをかけた。
時速10キロ程度の速さで進んでいたが、それでも車内が大きく揺れた。
車内は満席で、立っている乗客もいるくらいの混み具合だったが、全員が大きく揺さぶられ、立っている乗客のなかにはよろめくものもいた。
何があったのか、と乗客たちが騒ぐ前に、車内放送が流れた。
『乗客のみなさまにお知らせいたします。乗客のみなさまにお知らせいたします』
運転士の声だった。この電車は車掌がいない、いわゆるワンマン運転だった。
『前方に不審物が確認されましたため、列車は停車いたします。列車はここで停車いたします。お急ぎのお客様には―――』
運転士が務めて冷静にアナウンスをしていた。
そこへ、大きな地響き。ドーン、という遠くに落ちた雷の音にも似た音とともに、地面が大きく揺れた。
そして5秒ほどして、同じ地響きが、今度は先ほどよりも音も、揺れも、大きくなって聞こえた。
運転士は前方を見て、怪獣が歩いていることによるものだと気が付いた。
前方の怪獣が一歩、足を地面に踏み入れるたびに、大地が揺れる。
太い足が道路のアスファルトを貫き、近くにあった自動車が地面から跳ねた。電柱や標識が倒れる。
また地響き。その直後、別の音が聞こえる。いや、声に近いかもしれない。奇声にも似た、甲高い音が響く。
しかし、多くの乗客は、何も見ていないが、直感で思った。
これは生き物の叫び、咆哮の類だ。しかも、今まで聞いたことのない、脅威を感じるものだ―――
『乗客のみなさま、ただちに降車してください、この列車から降りてください!』
運転士は冷静さを失った声でアナウンスをした。
各車両のドアが開いた。そこに恐怖に駆られた乗客たちが向かう。
降車を急かすように、また地響きが聞こえた。
乗客もパニックの中で車両から降り立った。
「あっ!」
小さなリュックを背負った、一人の老婆が降車した直後に倒れこんだ。
車両と地面との若干の段差、そして焦りによって、老女は通りで転んだ。
乗客たちは降り立った後だった。
彼女は倒れた直後、地面を向けていた。
足が痛み、両手で立ち上がろうとしていた。そして、視線を上にあげたとき、彼女は絶句した。
それはまさしく恐怖の権化だった。
5階建てのビルほどの大きい巨体が、自分の前に立っている。太い、2本の足が道路にめり込んでいる。茶色い胴体は、筋肉のような、いくつもの筋が走っている。
肩から2つの腕が伸び、その先にある手には、鋭い爪がいくつか見えた。
顔は高い位置にあるため、はっきりと見えないが、口と、そこから生える大きな牙、そして頭から角が出ているのが見えた。
老婆は阿修羅とか、夜叉とか、彼女が想像しうる限りの、この世に非ざる、あらゆる恐怖的な存在を想起させた。
それは無意識のうちに、一瞬の間に彼女の脳裏を駆け巡った。
しわの寄った顔が恐怖に険しくなる。灰色のダウンコートの胸をぎゅっとつかんだ。
その巨体は、また前進を開始した。
彼女のいる方向に向けて、である。
彼女はあまりの恐怖に、悲鳴すら上げられなかった。
そこへ、運転士が車内から、背広をきた若いサラリーマンが歩道から老婆の元へやってきた。
運転士は乗客が残っていないかを確認し、降車した後、老婆に気が付いた。
サラリーマンは、一旦市役所のある方へ逃げていたが、老婆に気が付いて、また戻ってきたのだ。
運転士とサラリーマンはお互いに顔を見た後、それぞれ老女の近くにひざまずいた。
「おばあちゃん、大丈夫?」
興奮した様子で、サラリーマンが声をかけた。
老婆がああ、ああ……と呆然と返事をするだけだった。
「少し足を擦りむいている。くじいているかも」
運転士が老婆の足をみて言った。
「じゃあ、二人でやろう」
サラリーマンは言った。
運転士は老婆の右脇に、サラリーマンは左脇にきた。
「おばあちゃん、ぼくらのとこ手でつかんで」と運転士が言う。
同時に二人が老婆の両手を、それぞれの首の後ろに回し、片方の手を背中に、もう片方の手を老婆の膝に回した。
「おばあちゃん、しっかりつかんでて……行くよ」
老婆は呆然としながらも、サラリーマンと運転士の服をぎゅっと、まるですがるようにつかんだ。
2人の男はよいっしょ、と声を出すと同時に、老婆を持ち上げた。
そのまま、2人は駆け足で、茶色く、背の高い市役所庁舎の方面に向かって走った。
後ろで大きな地響きが聞こえる。
運転士は、その地響きの中に、何かうめき声のようなものが聞こえることに気がついた。
庁舎前の歩道に、数人の、避難をした乗客たちがいた。
木々が植えられた、歩道である。今は寒く、太い幹と枝が伸びているだけである。
2人は、いったん、その数人の前で老婆を下ろした。
1人の、細身の中年女性が、医療従事者とわかる、手慣れた様子で、老婆の顔、全身をさっとみて、足などに触れた。
「足をくじいているみたい。ほかの人は市役所にいった」
中年女性は、そういって、サラリーマンと運転士に話した。
「すみませんが、おばあちゃんをお願いします。僕は、運行指令所に状況を報告するので……」
そういいながら、運転士はガラケーを取り出した。
全員が同意すると、サラリーマンと他の乗客がぐったりした老婆を抱えた。怪獣の地響きで地面が揺れ、ちょっとよろめきがちになりながら。
老婆のリュックから何かが落ちた。
運転士はそれに気が付いたが、声をかける前に、他の乗客たちは、老婆を抱え、声を掛け合いながら駆け足で庁舎に向かった。
その時、大きな怪獣が路面電車を蹴り飛ばした。
路面電車は、バーン! という大きな音をたて、脱線した。
3両の車両は線路を大きく逸脱し、道路をふさぐ形になった。電車は2両目中央部の一か所に、大きく力が加わったことで、くの字に歪んでいた。
運転士はとっさに木の陰に走った。
そこでワンプッシュで運行指令所に電話をかける。だが、つながらない。
通信が混乱しているのか……。
背中に冷汗を感じる。
と、遠くで閃光が起こり、続いて爆発音が響いた。煙が上がる。
広島城のあたりだ、と運転士は思った。
運転士は、いつまでもつながらない電話を鳴らしながら、呆然とするしかなかった。
広島城が燃えている。
その近くには、2体の大きな怪獣がいた。
そのうちの1体――小型の怪獣は、20メートルの巨体を広島城の東に向けていた。
城の内堀を越えた怪獣は、道路に出た。
通信会社の、長方形のビルに、ゆっくりと接近し、衝突する。
怪獣は、ビルを破壊していく。
怪獣の足が、思いっきりビルにめり込んでいき、大きく手を振りかざして、ビルの上部を叩いていく。
ビルの形が徐々に崩れていく。
ビルの半分ほどが破壊されたとき、一気にビルが崩れた。
ビルを支える、内部構造が大きく破壊されたことで、自壊したのだ。
ガラガラと、ビルが全壊した。そこに残ったのは、無数の破片と、それを隠すように広がる、薄茶色のほこりだけだった。
さらに怪獣は前方を見据えた。
160メートル以上ある、高層建築物だった。
怪獣は、口を開いて、その建築物に光線を当てる。
100メートル部分に光線が当たり、建築物を貫いた。
光線が当たった階と、その周辺には大爆発が起こる。
火災が起こると同時に、たちまち、建築物はその部分から折れはじめた。
建築物の上半分は、広島城の方角に向けて落下し始めた。
いくつかのビルを巻き込みながら、建築物の上半分は倒壊した。
建物の下半分が、炎上する醜い上部をさらしながら、ほこりの中に立っていた。
もう1体――大型の怪獣も同じように、行動をとっていた。
この怪獣は、広島城から南へ向かっていた。城の南にあった二の丸を踏みながら、内堀を越えた。
城南通りの、舗装された広い道路を、文字通り踏みぬいていく。
通ったところには、巨大な足跡が深く刻み込まれた。
途中で、沼地にはまったかのように、足が深くはまり込む。
広島市の新交通システムである、アストラムラインの地下路線に入り込んだのだ。
AGT――鉄道のような車体に、ゴムタイヤをつけて、案内軌条を走るその交通は、広島市中心部から、北西部を一周するかのような路線をたどっていた。
このうち、起点となる本通駅から新白島駅の間の路線は地下にある。
怪獣は、この路線の前に、足を踏み込んだのだ。
しかし、怪獣は足を大きく上げ、歩みを止めない。
アストラムラインは寸断された。近くにあった、県庁前駅はその衝撃によって、大きな揺れが起こり、天井や壁の一部崩落、そして停電が起きた。
数十人の乗客と駅員は振動に身をかがめ、天井や壁などで傷を負う人も何人かいるなか、突如として暗闇の中に放り込まれた
怪獣はひろしま美術館へとゆっくり向かっていた。
ひろしま美術館は、青い屋根の、潰れた円柱上の形をしていた本館が、その中心にあった。その周りを、白い屋根の建物が囲っている。
怪獣は、路上を歩くかのように、そのまま敷地内に入っていく。
警備員や職員らが避難誘導を行い、美術館の来客を全員避難させたとき、怪獣は、北の方の、白い屋根の建物を破壊して、歩行を続けていた。
青い屋根の、美術館の本館に右足がのめりこんだ。それから、しっかりとその足を地上に踏み込む。それだけで、展示室の一部と、そこにあった数十の展示物が破壊された。
怪獣はそのまま歩みを続け、5歩ほど歩くうちに美術館を横断した。
美術館は全壊していた。残っているのは、残骸のみと少しの火炎だけである。
怪獣は、そこで立ち止まった。
目の前の怪獣に目をやった。
基町にある高層建築物だ。
この建築物の中には、大阪を拠点にして全国に展開をしている大手老舗ホテルと、東京を拠点とする、大手老舗の百貨店の新館を主に、いくつかの商業施設がある。
怪獣は、自分の背丈の数倍ほどある、その巨大ビルの1,2階部分、その西側に光線を放った。
35階建ての150メートルの高さを誇る、この建築物は、足元からたちまち崩壊した。
西側部分が倒壊したため、バランスを崩した巨大ビルは、東側に傾いた。
そのビルの東側には、広島県庁があった。
広島県庁がビルの下敷きになる。
広島県庁は、6棟の建物があるが、このうち、北側にあった議会棟と本館が、巨大ビルの直撃を受けた。
付近にあった、南館、北館も倒壊時の振動と破片の直撃を受けて、倒壊。
それらよりも、距離を置いて南方に位置していた、農林庁舎、財務庁舎、北方にあった自治会館は倒壊を免れたが、いずれの建物も、まだ立っているのが不思議なほど、ズタズタになっていた。
各建物の外観は破片と振動によって、ヒビと穴だらけになった。
道の向かい側にあった、新しく、高層だった東館も甚大な被害を受けた。
倒壊したビル、その最上階から3階ほど下階までの部分が、大きな塊となって、東館の1階部分に突入した。
隕石が放たれたかのように、東館1階は大きな衝撃を受けた。
内部にあったものは全てが打撃を受け、また細かな破片が飛び散って、散弾のようにあちこちにぶつかり、跳ね返った。
これは、ビルの基礎構造にも大きな影響を受けた。もはやこのビルそのものを支える力を失ったのだ。
こうして、東館も倒れた。
本館めがけて崩れ落ち、本館は2つのビルの下敷きになった。
広島県庁は完全に破壊された。地下の危機管理センターも、中にいた県知事以下、県の幹部全員ごとがれきの中に埋もれた。
広島県庁は一気に機能不全に陥った。
これによって、受けた被害、影響は致命的だった。
行政がおこなう、多くの行動がそうであるように、災害時の対応もまた、国から県、県から市町村へと流れていく。
特に災害時における対応は、まず被災した市町村が主体となって対応に当たり、それを県が統括、調整し、市町村のバックアップを行う。
さらに国がその上位にあって、法令などを駆使し、総合的な調整や支援を取るという仕組みになっている。
しかし、ここで広島県庁が壊滅したことは、広島県下の災害対応が麻痺したということだ。
災害時の情報収集ですらままならない。県は、県または県下の市町村からの情報を収集し、あるいは国も中央官庁から得た情報を発信しながら、県からの情報を受け、支援や指導を行う。
県庁がその機能を失ってしまった今、広島県下での情報はブラックアウトしてしまったに等しい。
市町村は辛うじて、近隣の市町村から情報を得ようとするが、それまでだ。国も、各市町村から情報を得ようとするが、各市町村に情報を得ようとするのは手間もがかかる。
災害時は一刻を争う状況である。
県庁の破壊は県下の被害状況、救援や支援の要請など、あらゆる情報を収集、状況把握が困難となり、適切な対応ができなくなったということだった。
もし、広島県警や自衛隊などが適切に活動できていれば、情報や指示、要請などのやり取りを、国と市町村が直接行うことは可能だったかもしれない。
しかし、広島県警本部が県庁東館とともに倒壊し、海上自衛隊呉基地が壊滅した今では、情報収集すら困難だった。
怪獣による攻撃を恐れて、自衛隊を含む全ての航空機が飛行禁止になった現状では、空からの情報収集も困難である。
また、怪獣の攻撃、あるいは飛行中の衝撃波によって、通信設備や施設が各所で破壊された今、もはや通信を送ることすら難しくなっていた。
かろうじて、広島市から南東10キロに位置する陸上自衛隊海田市駐屯地は機能していたため、兵庫県伊丹駐屯地の中部方面総監部と連絡を取り合っていたが、交通もマヒしていたため、情報収集が思うようにいかなかった。
広島県は、その機能を麻痺させたまま、怪獣の攻撃を受け続けていた。