第1話 声がきこえる
怪獣小説を投稿したいと思います。
投稿もぼちぼちと、やっていきたいと思いますので、長い目で見てください。
ほの暗い、静かで、重さすら感じる空間。
そのなかで、声が聞こえる。
少年の声だ。低めの、しかし落ち着いた雰囲気のある声が言う。
――きこえてる?
神坂結がゆっくりと目を開けた。
大きな瞳で天井の蛍光灯を見ながら、結は、まただ、と思う。
カーテンに閉ざされた自分の部屋。結が、枕もとにあるスマートフォンをみる。
2月23日、水曜日、午前6時23分。江田島、気温2.8度。結は、肌寒さを感じた。
結はむくっと起き上がる。
色白で、小柄な体格をしている。
大きな目は半分しか開いておらず、肩まで伸びた、長い黒髪もぼさぼさだ。
白い、ファンシーなデザインのパジャマを着た結は、寝ぼけ眼を右手でこすりながら、ベットから起き上がる。余計に寒い。
そんなに広くない結の部屋には、カーペットが広げられ、端に学習机と椅子、それに小さな本棚が置かれていた。
壁には、彼女が通う高校の制服がハンガーに吊るされている。青を基調としたブレザーに、青いネクタイが首元に巻かれ、ブレーザーの下には白いシャツが見えた。
部屋の所々に、くまのぬいぐるみや、花の小物などもあり、この部屋の住人の趣味をうかがい知ることができる。
彼女はベットから起きると、カーペットの上を少し歩いて、窓際に行く。
眼から右手を離すと、結は両手でカーテンを一気に開けた。
彼女の目に、青い海が見えた。広島湾だ。その先には広島市の沿岸がある。
海の上では小さな船が数隻、点在して航行しているのが見えた。
その光景を、上りつつある陽の、オレンジ色の日差しが照らしている。
結の家は、広島県江田島市の鯨神島にあった。
江田島市は、広島市の南、広島湾内にある島々で構成される。
結は江田島市の能美島の北にほど近い距離で浮かぶ、小さな島、鯨神島の北側にある。
鯨神島は、人口は100人ほどで、カキの養殖が盛んだ。
カキの養殖は広島湾の各所で行われているが、鯨神島は島民の努力や地形的な要因もあって、実が大きく、『ゲイジンカキ』というブランドになっている。
定期船が30分から1時間に1回の間隔で、江田島市の中心部がある能美島との間を航行している。
結は外の景色を見ながら、先ほどの謎の声を思い出した。これがもう、1週間ほど続いている。
はっきりと聞こえる声。夢よりは鮮明で、現実にしてはおぼろげな声。
そもそも、声、と言っていいのか、結は悩んでいた。
耳から聞こえる、というより、まるで頭に直接届いているような、そんな声、音、言葉、気持ち、思い。
結は、少し気味が悪かったが、どうしていいかわからなかった。
ふと、結がぶるっと震えた。思わず腕組みをする。
「……寒い」
『――連日、広島でも記録的な寒さが続いています。今朝も庄原市では氷点下を記録し――』
結が2階の自室から、1階へ降り、リビングへ入ると、暖かい空気とおいしそうな匂いに触れることができた。
リビングには、テーブルと4つのイスが置かれている。
壁際にはテレビ。テレビとテーブルの間には、白い長ソファーが置かれている。
窓からは朝日が差し込んでいる。
テレビでは、地元広島の放送局から、気象予報士が県内の気象予報を伝えていた。
「結ちゃん、おはよう」
テーブルの上に、朝食のおかずを置いているのは、エプロン姿の若い女性だ。
ほっそりとした顔立ちに優しげな瞳、髪を後ろで束ねている。背はすらりと高い。
結と一緒にいると、姉妹のように見られる。
「おはよう、文子さん」
皆川文子は、結にそう言われ、優しげな笑みで返す。
「おはよう、文子さん、結ちゃん」
そこへパジャマ姿の小太りの男が、大きなあくびをしながら入ってきた。
鼻は低く、大きな目と太い眉毛をしている。
「おはよう、健一さん」
結と文子の二人は同じ言葉を、声を揃えて言った。
皆川健一は軽く頷きながら、椅子に腰かけた。
結と皆川夫妻に血縁関係はない。
結の両親は、彼女が小学生の時に相次いで亡くなった。
父も母もこの島の出身者だった。父は江田島市歴史資料館の職員をしたあと、鯨神島で教師をしていた。母は鯨神島の旧家の娘だった。
祖父母も早くに亡くし、親戚関係もほとんどない文子を引き取ったのは、結の父親とは、仕事上の先輩後輩の間柄で、家族ぐるみで親しかった皆川健一だった。
『今月20日から、四国地方を中心に、未確認飛行物体がレーダー上に捉えられたり、目撃されている件が相次いでいる問題で――』
テレビでは6時30分から、東京の放送局から、アナウンサーが全国ニュースを伝えていた。
結はテレビをちらっと見た後、正面を向いて、いただきます、と手を合わせた。
「なんだろうね、これ」
健一も小さな器を手に取り、納豆をかき回しながら、テレビを見る。
2月20日頃から、四国を中心に、西日本一帯で、各航空施設や上空を飛行する航空機のレーダーから、謎の機影が映る現象が頻発していた。
また、奇妙な機動を取る飛行物体なども各地で目撃され、一部はスマートフォンで撮影され、ネットに上げられていた。
今、テレビのニュースでは、その映像が映し出されている。
右上のテロップには『昨日 高知 室戸岬 視聴者撮影』とある。
濃い青色の海に、水色の晴れた空。
画面上部に赤い矢印が付き、その先には、ほんの小さな黒点が見える。
と、黒点が一気に降下し、そこから急に止まったかと思うと、また急上昇した。矢印もそれを追う。
アナウンサーは、四国地方を中心に、近畿から九州で、この事象や目撃例が主に相次いでいるが、なかには南西諸島や、東海地方の太平洋岸、さらに伊豆大島でも確認されたと伝えた。
『この現象に対し、政府は「日本の空の安全を確保するため、原因を究明したい」として、近く、有識者会議を開き――』
「空飛ぶ円盤かな?」
文子が、昨日の残りのおでんをテーブルに置きながら言う。
「空飛ぶ円盤なら、宇宙人かなあ。宇宙人だったら、いいな」
健一が夢見がちに言う。
「でも、侵略しにきた宇宙人かもよ?」
文子がそういたずらっぽく笑うと、健一は少し顔をしかめて、それはいやだなー、という。
「健一さんは、どんな宇宙人だったらいいの?」
ふと、結が健一に問いかけた。健一は目線を上に持っていきながら、答える。
「仲良くできたら、なんでもいいよ。グレイでも、フラットウッズ・モンスターでも……」
「私は、フラットウッズ・モンスターはいやだなー。子供の頃、あの写真をみて、トラウマになったもの」
文子がそういうと、結は首を傾げた。
「フラットウッズ・モンスター?」
「あとでネットで検索するといいよ」と健一がいたずらっぽく笑うと、文子はやめといたほうがいいよ、とちょっと真剣な面持ちで返す。
健一は視線を結を向ける。
「結ちゃんなら、どんな宇宙人がいいの?」
結はえっ、と少し目を開いて驚いた顔を見せた後、小さな顎に人差し指ひとつをあてて、考え込む。
「……私も、思い浮かばないな。でも、良い宇宙人だといいな」
7時30分。
長い髪を整え、ゆるい三つ編みを白いピンでとめて、右肩へ垂らす。
制服の上に、濃い青のダッフルコールを着ている。首には明るい色のチェックのマフラー。
茶色いリュックを背負い、玄関で、黒い靴下の上に茶色い革靴を履いて、通学をはじめる。
普段の瀬戸内はもっと暖かいはずだが、今年は寒い。結は、テレビで記録的に寒いと言っていたのを、今、肌で感じていた。
普段なら、そろそろコートを着ない日があってもいいはずだが、この冬は一向にその気配がない。
「いってきますー」
結は玄関を出て、学校に向かう。
健一は、もう出勤していた。彼の勤務先は島の小中一貫校だ。健一を含めた教師2人と小中あわせて10人ほどの生徒がいるこの学校へは、いつも歩いて通っている。
結はスマートフォンを取り出し、時間を確認した。いつも通り。
それから、ふと、フラットウッズ・モンスターのことを思いだし、画像検索をしてみる。
結は少し顔を青ざめる。
「よっ!」
結が、ひゃあ! と声を上げた。
彼女の背中をポンとたたいた、同い年の男子もうわっ! と驚く。
「なんだ、せいくんか」
振り向いた結が、ほっと、胸をなでおろす。
「こっちもあいさつしただけなのに、そんなに驚かされるとは思わなかった……」
藤堂誠治もほっと、胸をなでおろす。
長身でやせ型、制服は結と同じものだが、下は青いズボンだ。
髪は少しぼさぼさ。色は白いが、優しい目をした男子だ。
驚きがおさまると、いつもの、口角が少し上がった、笑みを浮かべたような優しい顔に戻る。
結と誠治は幼なじみだ。
家が近くということもあり、よく遊んでいた。
結の両親が相次いで亡くなり、近所の皆川夫妻に引き取られたあとも、仲良くやっている。
「いや、これを見ていてね……」
結が、誠治にスマートフォンの画面を見せる。
「ああ、フラットウッズ・モンスターか」
「知ってるの?」
「うん。ちょっと有名」
誠治は読書家で、色んなことを知っていた。確か、オカルト関係にも詳しかったはずだ。
「せいくんは何でも知ってるよね」
「ううん、それほどでもないよ」
そういって、誠治は優しく笑う。
――きこえてる?
ふと、朝も響いた声が、頭に響く。
それと同時に、ほの暗い、静かで、重さすら感じる空間もイメージされる。
朝よりも鮮明だ。
結はふと立ち止まり、顔をこわばらせる。
なんで?
いつもは、寝ている時にしか聞こえないのに……
「結、どうしたの?」
誠治が振り返って、心配そうに、結を見る。
「ううん、なんでもないよ」
結が顔を上げ、笑顔を浮かべる。
いつもは、柔らかな、温かみのある笑顔は、今は少しこわばっている。
誠治は結の顔を見ていたが、結はさあ、行くよ、といって、定期船が待つ漁港へと向かった。