プロローグ
なぜ、俺は……。
呆然と立ち尽くす。
俺はただ、家で眠っていただけだったのに……。
目の前には、豪華なドレッサーが置いてあった。そしてドレッサーは、1ミリメートルの狂いもなく、俺の姿を映し出している。
ドレッサーに映っているのは、見慣れた自分の顔とは、到底かけ離れた、子供の姿だった。
自分はもう成人もしている。大学にも通わず、また、働きもしない、いわゆるニートではあったが。
自分の年齢が分からないほど、幼くもない、というのに……。
天然パーマの黒い髪も、細い糸目の小さな目も、センスのあまり良くない服も。
ドレッサーには、映っていない。
……代わりなのか、何なのか。
ドレッサーが映し出していたのは、ダークブラウンの髪が少しだけ生えた、青い瞳の赤ん坊だった。
きっと、俺とたような顔をしているのだろう、目を見開き驚いている。そして、俺と同じタイミングで、口をパクパクさせていた。ものすごいシンクロ率……とか、そんな話ではない。
この子が俺と別人、として、俺が写っていないのは可笑しい。俺はヴァンパイアだの、幽霊だの、そんな存在ではないんだから。
ああ、きっとアレだ。
最新技術で、鏡に映る自分の顔に、別の顔を投射するとかじゃないか? 特殊なセンサーか何かで、筋肉の動きを再現……みたいなやつ。だとすれば、ドッキリか何かか……。
じゃあ、リアクションしとくかな。
「うあっうあう!?」
『何だ、これ!?』
……は?
まさか、赤ちゃんじゃあるまいし。
センサーは、俺が喋ることさえ許さないのか? どういうことだ!?
そんな俺の後ろで、高く綺麗な声が聞こえた。
「〜……〜〜〜」
金色の髪に、鏡に映ったあの少年と同じ、青い瞳。
薄ピンクのドレスに身を包んだ、若くて綺麗な女の人だ。
……何を話しているのか、さっぱり分からないが……。
「〜〜〜!」
英語、ではないと思う。でも顔立ちは、ヨーロッパの方の……じゃあ、どこだろう。イタリア? そんな知識、俺には無いが。
ここが「異世界」だと知ったのは、これから程なくだった。