もう少し優しい世界でいいと思う。
これは私の物語である。
私はこれまでの人生においてあらゆる苦悩を、不快を、困難を、不能を、その全てを感じることは無かった。
人を勝ち組か、負け組かで分けるとしたら私は勝ち組だろう。金・権力・地位・名誉・女…数え上げればキリがない。そんな多くのものに恵まれた。そして、全てを棄てた。もはや私にはなんの価値も示さない。不要だ。
これはそんな無価値で不要な私の物語である…
私は二〇〇〇年の一月三日に産まれた。とてもよく泣く男の子だったらしい。五歳にして初めての習い事を経験する。あれは確か水泳だった、それとバレエか。どちらにせよなんの興味も無い子どもにやらせる事ではないと思うが、それでも私は楽しんでいたらしい。大会やコンクールで金賞を頂いた事もある。そして、名門校に入学するためのお受験対策もやっていた。まったくもって馬鹿らしい。だが、まだ小学生の時は楽しかった。友だちもいた…と思う。まだ、この頃は。しかし、私の親は友だちというものを必要としていなかった。無駄な習い事を増やし、自由な時間を無くす。次第に私の周りから人はいなくなった。
私は進学した。中学は親の反対を押し切り、近くの公立校へ入学した。しかし、相変わらずの生活。中学生になって1つ変わったことと言えば、やたらと懐いてくる女子がいた。その子は少しだけ貧乏で、背が低く、発言力も無い。だからか少しだけいじめられている。ただ毎日ニコニコと笑っている、そんな子だった。何がそんなに面白いのか、と尋ねると「笑っているといい事があるんだよ。」なんて答えてみせた。そうか…どこまでそれが続くのかは少しだけ気になる。
ある日、盗難事件が起きた。ペンや消しゴムなど、およそ盗る意味が分からないもの。それに一番被害が大きいだろう、私の財布まで盗まれた。真っ先に疑われるのはあの子だった。そして、盗まれた物はあの子の鞄から発見された。「そんな…私盗って無い、私じゃない!」彼女の声は届かず、いい玩具を見つけたとばかりに皆が罵詈雑言を浴びせかける。そろそろ頃合か…さぁ、私の出番だ。「みんな止めてくれ、それ以上は僕が許さない。僕は財布を盗られた程度で起こる人間じゃない。だから、僕のために怒るのはもう止めてくれ。」クラスが静まり返る。当然だ、一番の被害者であるはずの私がもう止めろと言っているんだから。これ以上は誰も何も言えない。最後に念を押しておこうか。「先生、盗られた物は無事返ってきました。これ以上、この事について追求するなんて無粋な事はよして下さいね。」これには、教師も反論をしなかった。
ねぇ、今日一緒に帰ろうよ。私から彼女に何か提案するのは初めての事だった。彼女の後ろめたい様な少しだけ引きつった顔はたまらなかった。それでも、私の頼みだ、断れる訳が無い。
「今日の事は気にしてないよ、僕は君がやったとは思っていないから。」さも、日常会話かのように言った。「僕から見ても分かるくらい君っていじめられてるからね、そういう事の対象になっても不思議じゃないよ。それにもう何ヶ月も同じ教室で過ごしてるんだ、君がどういう人間かなんて大体分かってる。」私の話を俯きがちながら聞く彼女は初めてだ。「私のこと、信じてくれるの?」ようやく、絞り出した言葉がこれだった。「あぁ、もちろん。」だってこれを仕組んだのは私なのだから…
それから、彼女は更に私に依存するようになった。教師に頼み、彼女は常に僕の隣の席になるように仕組んでもらった。学校側も私と彼女を離したく無かったのか、3年間同じクラスだった。
三年にもなれば、進学の心配をしなければならない。私は何処へでも推薦で行ける程度だが、彼女はそうもいかない。決して頭の良くない彼女のために私は、夏休みを返上して勉強を教えた。そしてその、夏休みに私は彼女と初体験をした。少し泣いていたが気持ちよさそうだった。私は彼女がこんなに柔らかく気持ちいい事に驚いた。
結局、彼女から付き合って欲しいと言われた事は無かった。彼女は少し頭のいい公立校へ、私は私立校への進学が決まり卒業を迎えた。
私は彼女を呼び出して告白した。「あの時の盗難、全部僕が仕組んだ事なんだ。」さぁ、どうだ。中学の3年間をこのために費やしたんだ…「知ってたよ。」涙を目に浮かべながら言う彼女の言葉を理解出来ずにいた。なんだそれは。そんな馬鹿な話があるか。「じゃあ、君はそれを知っていながらずっと僕と一緒にいたのか?」私は衝撃を受け止めきれずにいた。「移動教室で遅れて来た時があったでしょ?その時にやってたの見てたの。最初は何やってるか分からなかったけど、後で気づいたの。あぁ、あの時やったんだなって。」見られていたことに気付いていなかったのか…
「でもね、私全然恨んでないよ。あれからね、私いじめられなくなったの。あなたのおかげだよ。ずっとあなたと一緒に居たから。」…そうか、私は利用されていたのか…だが、いっそ清々しい気分だ。まだ15年しか生きていないが、ここまで完璧に手のひらで踊らされたことは無かった。「3年間ありがとね、あなたと過ごした日々はきっと私の一生の宝物だよ。」完敗だよ…私じゃ君に勝てそうにない。だが、「あぁ、僕も楽しかったよ、何かあったらいつでも相談しに来ていいよ。何でもするよ」笑ってこれ位は言ってやろう。最後に口付けをした。相変わらず彼女は優しくて柔らかかった。




