97:声
『おう……元気か?』
少し遠めだが、変わらぬ声がそこにあった。一年ぶりの、鷹緒の肉声だ。
「鷹緒さん……うん、元気。鷹緒さんは?」
涙目になりながら、沙織が嬉しそうに言った。
『俺? まあまあかな……』
「そっか……メールしても、全然返事くれないんだもん」
口を尖らせて沙織が言った。
鷹緒のメールアドレスは知っていたので、何度か送っているものの、向こうからは一度も返事が来たことはない。
『ああ、悪いな。あんまりそういうの得意じゃなくて……それよりCMの仕事取ったんだって? BBと共演なんて、やったじゃん』
話題を逸らすように、鷹緒が言った。
「う、うん。これも鷹緒さんのおかげでしょ? 鷹緒さん、BBの専属カメラマンだったんだし……」
『べつに、俺は根回ししてねえよ。もっと自分に自信を持てよな』
「うん……」
鷹緒の声が、心地よく響く。
『じゃあ、頑張れよ』
「あ、鷹緒さん」
終わりそうな会話に、沙織がとっさに鷹緒を呼ぶ。
『なに?』
「あ……ううん。鷹緒さんも頑張ってね」
思い留まって、沙織は静かにそう言った。相変わらず忙しいであろう鷹緒を、これ以上引き止めるわけにはいかない。
『おう。じゃあ、ヒロに代わって』
「うん……」
沙織は広樹に電話を代わる。短い電話であったが、沙織の心を一気に軽くした。そのまま広樹は、鷹緒としばらく話をしていた。
「沙織ちゃん、ちょっと」
電話を終えて、広樹が沙織を呼んだ。
「はい?」
「これ、鷹緒が関わってる雑誌だよ」
そう言って、広樹がダンボールから取り出した雑誌を差し出す。
「ええ!」
沙織は嬉しそうにそれを受け取り、中をめくった。欧米らしい雑誌の質で、英字が並ぶ。フォト雑誌らしく、美しい写真が連なっている。雑誌の最後には“Takao Moroboshi”の名前があった。
「それ、茜ちゃんのお父さんたちが立ち上げた雑誌でね、鷹緒が関わってるやつ。やっとちゃんと送ってきやがって……でも、向こうでもよくやってるみたいだね」
広樹が言った。
沙織は渡された雑誌を抱きしめ、広樹を見つめる。
「あの。これ、いただけませんか? お金はちゃんと払いますから」
「あはは。いいよ、いいよ。もちろん持ってって。最初からそのつもりだし」
「ありがとうございます。じゃあ私、もう行きます!」
沙織はお辞儀をしてそう言うと、雑誌を抱きしめながら事務所を飛び出した。
そのまま沙織は近くのカフェでじっくりと鷹緒の雑誌を読んだ。表紙の写真はクールな感じで、外国人が写っている。アングルや雰囲気が、明らかに鷹緒の写真だと思った。
午後の仕事の時間まで、沙織はずっとその雑誌を眺めていた。
数日後、早朝――。
沙織の部屋のインターホンが激しく鳴った。同時に携帯電話も鳴る。
まだ寝ていた沙織は、眠気眼で電話に出た。
「……はい?」
『沙織ちゃん? 今、玄関にいるの。開けて!』
すごい勢いでそう言ったのは、理恵である。
「理恵さん……?」
わけもわからず、沙織は急いで玄関のドアを開けた。すると、すぐに理恵が入ってくる。
「ど、どうしたんですか?」
不安げにそう尋ねる沙織を、理恵は息を整えて見つめる。
「沙織ちゃん、よく聞いて……あなたこの間、BBのユウさんと食事に行ったって言ってたわよね?」
理恵が尋ねた。特に報告義務はないが、ユウからコンサートに誘われたことや、その後に食事に行ったことを、沙織は理恵に告げていた。
「え? はい……」
「食事に行って、本当にそれだけ?」
「はい……何かあったんですか?」
沙織は怪訝な顔をする。理恵は溜息をついた。
「よく聞いてね。今日、スクープフラッシュマガジンっていう雑誌が発売されるわ。ゴシップネタの雑誌だけど、それに、あなたとユウさんが出る」




