86:告げられた現実
「突然ですが、この諸星君が、しばらく日本を離れることになりました」
広樹の言葉に、一同は凍りついた。
「鷹緒さん……」
「嘘でしょう?」
牧や俊二が、口々に言った。
「ああ……急でごめん。でも、これは前から決めてたことで、シンコン終わるまでは黙っていようと思ってたんだ。こんな日に言うのもなんだけど、今日は全員揃ってるし、直接言いたかった」
鷹緒が言った。沙織も信じられないといった様子で見つめ、静かに口を開く。
「……どこに行くの?」
「ニューヨーク。俺が昔、世話になってた茜の父親がニューヨークに住んでて、新しく雑誌を作ったり展開してるんだ。手伝ってほしいと、数ヶ月前に電話で誘われた。シンコン終わったら俺の仕事も一区切りつくし、なにより世話になった人に借りを返したいと思ってた……広樹とも話して、しばらくの間休職という形を取らせてもらうことにしました」
「じゃあ、茜ちゃんが来たのって、もしかして……」
鷹緒の言葉に、牧が茜を見て言った。茜は苦笑する。
「そうです……事前打ち合わせも兼ねて、鷹緒さんを迎えにきたってところかな……」
「どのくらい行っちゃうんですか?」
「契約は二年……」
事務員の問いかけに、鷹緒が答える。
「二年も。そんな……」
「まあ、とにかく俺は、その人の役に立ちたいと思ってるし、俊二ももうカメラマンとして成長してる。事務所としても安定してきてるし、俺一人がいなくなっても大丈夫だって、自信があるから行くんだから。それに、ここを辞めるわけじゃない。まあ、クビになるかもしれないけどな」
その言葉に、笑う者は誰もいなかった。ただ一同、悲しみに暮れている。
「おいおい。今日はめでたい席なんだから、こんな暗い雰囲気やめろよ」
「そうですよ。ほら、新しい門出を祝して、もう一回乾杯しましょうよ!」
鷹緒と茜がそう言うが、一同は動揺を隠し切れない。そんな時、広樹が大いびきを上げた。
「あはは。こいつは大物だなあ」
「あはははは」
一気に場の雰囲気は明るくなったが、一同が隠しきれない不安や悲しみは残ったままだった。
「じゃあ悪いけど、社長も寝ちゃったことだし、そろそろお開きにしようか……」
そんな鷹緒の言葉に、一同は苦笑しながらも頷き、片付けを始める。
沙織もそれに続くが、悲しみは拭えない様子だ。鷹緒はそれを尻目に、片付けに参加する。
そんな様子を理恵が見つめていた。副社長である理恵すら聞かされていなかった事実に、衝撃を受けていた。
片付けを終えると、パラパラと人は帰っていった。
「ヒロ、起きろよ」
数人だけが残った事務所で、鷹緒が広樹の頬を軽く叩く。しかし広樹は、一向に起きようとはしない。
「まったく……」
そう言って鷹緒が振り向くと、そばには沙織と理恵、そして茜が立っている。
「ここはいいから、おまえらも帰れよ。こいつ、当分起きないと思うから……」
鷹緒の言葉に、理恵が口を開く。
「鷹緒、本当なの? どうして今まで黙ってたのよ」
「どうしてって……俺はおまえに、なんでも話さなきゃいけないの?」
反発するように鷹緒が言う。それに反して、理恵も首を振った。
「そうじゃないわ。でも、仮にも私は、この事務所の副社長なのよ?」
「社長のヒロには言ったよ」
「鷹緒……」
鷹緒の態度に、理恵は溜息をつく。
「ごめんなさい、理恵さん。口止めされてたものだから……」
茜もすまなそうにそう言った。
理恵は鷹緒に質問を続ける。
「いつから決まってたことなの?」
「……沙織の宣材写真撮ってた時だから……結構前だよ」
「そんなに前から? どうしてヒロさん、何も言わなかったのかしら……」
理恵の言葉に、鷹緒は軽く頭を掻くと、苛立つように溜息をつく。
「……俺が口止めしてた。おまえもみんなもシンコンに向かってたし、事務所も拡大したばかりだったから、あんまり揺るがすようなこと言いたくなかった」
「だからって……」
「とにかく、もう決まったことだ。恨み言ばかり言ってないで、今後を頼むよ。俺だって、ここを辞めるわけじゃないんだから。ほら、今日はもう帰れ。みんな疲れてるだろ」
追い立てるように、鷹緒が言う。理恵は仕方なく頷いた。
「わかったわ。今日は帰るけど……明日にでも、詳しいことを聞かせて」
「もう言ったけどな……」
「じゃあ、もう一度聞かせて」
「……わかったよ」
鷹緒が苦笑して言う。理恵は振り向くと、沙織と茜を見つめた。
「じゃあ、帰りましょうか」
「あの、私……」
その時、沙織が言葉を発した。