83:ドライブ
「じゃあ、ドライブでも行く?」
突然、鷹緒がそう言った。思わぬ誘いに、沙織は大きく頷く。
「え? う、うん!」
「ええ、いいなあ」
茜が羨望の眼差しで見つめる。
「おまえは一人で帰れ」
鷹緒が言う。
「まあ、今日は沙織ちゃんが主役だもんね……おとなしく帰りますか」
「おう。じゃあ、お先に」
そう言うと、鷹緒は沙織を連れて、駐車場へと向かっていった。
「どうしたの?」
車に乗り込むと同時に、沙織が尋ねる。
「べつに? ただ、もうすぐファイナルじゃん。息抜きも必要だろ?」
鷹緒は車を走らせる。そんな鷹緒の優しさが心地良かった。
しばらくして車が止まったのは、沙織の実家であった。電話はよくしているのだが、このところ帰っていない。
「ここ……」
「たまには顔見せてやれよ。心配してたから」
鷹緒の言葉に、沙織が驚く。
「電話がきたの?」
「しょっちゅうくるよ」
「もう、お母さんったら……」
二人は苦笑して、玄関へと向かっていった。久々の我が家に、沙織もとても嬉しかった。
「沙織、おかえりなさい」
家に入るなり、母親が出迎える。
「鷹ちゃんも、お世話かけてごめんなさいね」
「いえいえ。おかげさまで、事務所も大助かりですよ」
「さあ上がって」
二人は中へと入っていった。相変わらず父親は忙しいらしく、母親しかいない。
「もう、沙織がいなくなってから、本当につまらないのよ、この家」
「嘘ばっかり。お稽古事で忙しいくせに」
母親の言葉に、沙織が突っ込む。
「うるさいわね。それで、どうなの? グランプリまで行けるなんて思ってなかったら、本当に嬉しかったのよ。もちろん私もお父さんも投票したからね」
「ありがとう。来週ファイナルだって」
「そう。テレビとかにも出るのよね? ドキドキしちゃう」
「相変わらずミーハーだなあ……」
久しぶりに会う母親を前に、沙織はその日、鷹緒とともに遅くまで話をしていた。
「今日はありがとう」
帰りの車の中で、沙織が言った。鷹緒は前を見つめたまま、優しく微笑む。
「いいや。お疲れさん」
「そろそろ顔を出そうと思ってたの」
「ああ、喜んでてよかったじゃん」
「うん」
「沙織……まだ元気あるか?」
変なふうに、鷹緒が尋ねた。
「え? うん……」
「星、見に行こうか」
「うん!」
鷹緒の提案に、沙織が乗る。
「よし」
鷹緒はそのまま、近くの峠まで車を走らせた。
「わあ……」
車から降りた沙織は、圧倒されるように空を見上げて言った。決して地方の山ではなく、そばには住宅街もあるはずだが、星空が綺麗に見えている。
「結構すごいだろ?」
「うん、すごい……」
沙織は本当に感動していた。空を見上げたまま倒れそうな沙織を、鷹緒が押さえる。
「大丈夫かよ?」
「うん、なんか圧倒されちゃって……すごいね」
後ろから沙織の腕を掴んだまま、鷹緒も一緒に空を見上げた。
「ああ。ここは割と近いから、嫌なことがあったりすると、よく来てた……」
「……一人で?」
「ああ。ここに連れてきたの、おまえが初めてだよ」
「……嬉しいな……」
鷹緒の腕の中で、沙織はこれ以上ないというまでの幸せを感じていた。
しばらくして、鷹緒が口を開く。
「さあ、帰るか」
「うん……」
少し寂しくなりながらも、沙織は幸福感を噛み締めて車へと乗り込み、マンションへと帰っていった。
「今日はありがとうございました」
部屋の前で、沙織が言う。
「いえいえ、こちらこそ。遅くまでつき合わせまして」
鷹緒は自分の部屋の鍵を開け、沙織に微笑みかける。そしてつけ加えて言った。
「……沙織。もうすぐファイナルだけど、焦らずいけよ。おまえは、そのままでいいから」
「うん、ありがとう。おやすみなさい!」
沙織は笑ってそう言うと、自分の部屋へと入っていった。
鷹緒はそれを見届けると、部屋のドアを開けた。