82:投票結果
鷹緒の声に、沙織は目を覚ました。
「あれ……終わったの?」
「ああ、もう夕方だ。夕飯食べに行くか」
「うん。でも、終わった仕事、正式に現像しに行ったりしなくていいの?」
沙織が尋ねる。
「こっちは三次審査の集計の頃で全然平気だから。最悪、出さなくたっていいし。ただ、ファイナルのベストフォト賞っていう賞のために、カメラマンがどれだけいい写真を撮れたかっていう、審査の参考程度のものだからな。あってもなくてもいいんだよ」
「え、じゃあどうして、寝る間を惜しんでまでやってるの?」
「そりゃあ、事務所としてはおまえの写真は必要だし、俺は仕事をずるずる引っ張るのが嫌いなんだよ。ほら、行くぞ」
そう言って、鷹緒はスタジオを出ていく。沙織も慌ててついていった。
「あーあ。太陽逃したな……」
夕暮れの街を見ながら、鷹緒が呟く。
「本当。私も休みを逃したな」
「だから、ここにいてもつまらないって言ったろ」
「いいの!」
沙織は、鷹緒のそばに居られる幸せを感じていた。他愛もないこの時間が好きだった。
数日後。早くもシンデレラコンテスト三次審査の一般投票が行われた。街頭インタビューのほか、インターネットやテレビ局、企業などで写真が張り出され、数社の雑誌で同じコーナーを組み、大々的に行われる。
「わあ、出てる。可愛く撮れてるじゃない!」
雑誌を見て、茜が言った。
三人のカメラマン別に、少女たちの写真が並んでいる。二次審査で絞られたといっても、その数はかなりある。
「やっぱりどの子も、鷹緒さんの写真が一番いい顔してるわ。もちろん、沙織ちゃんも!」
茜が言った。沙織は照れながら雑誌を見つめる。素直に、鷹緒の才能はすごいと思った。
一週間後。三次審査の一般投票集計が始まった。その結果次第で、最終審査まで行けるかどうかがわかる。
正直、沙織が受かるかどうかは誰にもわからなかった。美少女といえば、みな美少女だ。結果は、本日の午後七時までに電話がくれば合格となっていた。
事務所の電話の前で、事務所の関係者一同が張りついているが、鷹緒だけは仕事でいない。
「ああ、もう。トイレにも行けないわ」
牧が言った。
「わかる。僕もだよ」
広樹も苦笑して言う。
その時、鷹緒が帰ってきた。
「ただいまー……」
「静かに! 電話の音が聞こえなかったらどうするんだよ」
慌てて広樹が言った。鷹緒は一瞬、怪訝な顔をして、奥へと入ってくる。
「……馬鹿馬鹿しい。みんなして何やってんだか。電話使っていいか?」
「馬鹿はおまえだ! 少しは考えろよ!」
「なんだよ、ピリピリしやがって……」
鷹緒はそのまま奥の社長室へ向かい、携帯電話をかけているようだった。
その時、約束の七時になった。一同は落胆の顔を見せる。そばにいた沙織も、申し訳ないといった表情である。
「まあ、よくやったよな……」
「そうだね。残念だけど……」
「おい、広樹」
落胆している一同をよそに、鷹緒が社長室から出てきた。広樹は珍しくイライラした様子で、鷹緒に振り向いた。
「なんだよ、おまえは……」
「シンコンのファイナルだけど、沙織の衣装どうすんだ?」
「衣装って……落ちたのにか?」
「え? まだ連絡いってないのか?」
その時、電話が鳴った。慌てて広樹が電話を取る。
「はい、WISM企画プロダクションですが……」
『遅くなって申し訳ありません。全日本・ミス・シンデレラコンテストご応募の、小澤沙織さんの事務所さんでよろしいでしょうか?』
慣れた様子の、男性の声だった。
「はい、はい。そうです!」
『遅くなりましたが、おめでとうございます。小澤沙織さん、合格です』
「本当ですか!」
『はい。つきましては、来週グランプリファイナルがございますので、よろしくお願い致します。詳細につきましては、これからファックスをお流し致しますので』
「わかりました。ありがとうございます!」
広樹は電話を切った。そして鷹緒を見つめる。
「鷹緒、おまえ……知ってたな!」
「当然。俺はシンコンのカメラマンだぞ?」
苦笑しながら鷹緒が言う。しかし一同はホッとした様子で、口々に歓喜の声を上げた。
「本当ひどいわ、鷹緒さん! でも、ということは、沙織ちゃんはファイナルに行けるってことよね?」
「そうだよ。やったね!」
「ああ、よかった……」
沙織も胸を撫で下ろした。そんな沙織に、鷹緒が微笑みかける。
「悪かったな。言えなくて……」
「……いつから知ってたの?」
「ん……今朝だよ。打ち合わせに行ったら、ちょうど集計が終わったところだったわけ。まあ、身内でもしゃべっちゃいけないのがルールだからな……悪かったよ」
苦笑しながら、鷹緒が言った。
「よかった……」
「よし、じゃあ今日は、パーっと飲みに行こう!」
「賛成!」
一同は、そのまま近くの小料理屋へとなだれこんでいった。
沙織は受かってよかったという安堵感と、決勝まで残ってしまったという荷の重さに、少し不安な表情を見せていた。
「沙織。疲れてるか?」
飲み会が終わり、店を出たところで、鷹緒が沙織に尋ねた。
「え? ううん、大丈夫……」
「じゃあ、ドライブでも行く?」