81:差し入れ
健康に良さそうな弁当を選び、お茶と缶コーヒーを買うと、沙織はスタジオへと向かっていった。
半地下の広いスタジオは、眩しい日の光もほとんど入らない。そんな中で、ぽつんと鷹緒がパソコンに向かっている。
「……鷹緒さん」
沙織が声をかけると、鷹緒が振り向いた。
「おう……どうした?」
「差し入れ。ヒロさんから」
「サンキュー……おまえが来たってことは、今何時だ?」
時計を探しながら鷹緒が尋ねる。この場の雰囲気は、まるで深夜だ。
「十時半」
「ああ、もうそんな時間か……」
伸びをしながら鷹緒が言った。そして立ち上がると、沙織から弁当を受け取る。沙織も座って、弁当を開けた。
「……昨日はお疲れさまでした。ありがとうございました」
改まって、沙織が言った。
「いえいえ。仕事ですから」
二人は笑った。そして沙織は、鷹緒の目の前にあるパソコンを指差す。
「見てもいい?」
「ああ……」
沙織がパソコンを覗くと、そこには沙織とは違う少女が映し出されていた。沙織は不安げな表情をして、画面を見つめる。
「……推薦するの、私じゃないの?」
「え?」
「ヒロさんが言ってたの。三次審査はカメラテストで、一般と審査員投票だけじゃなくて、カメラマンによるベスト写真も審査を左右するって……」
「おまえのは、さっき終わったとこだよ」
弁当を頬張りながら、鷹緒がプリンターを箸で差して言った。そこには、沙織の姿が打ち出されている。
「これ、私?」
沙織は信じられないといった表情で、写真を見つめる。まるで自分ではないような、可愛い少女がそこにいた。
「運がよかったな。俺がカメラマンなんて」
不敵に微笑みながら、自慢気に鷹緒が言う。
「うん。でも、どうして他の子も?」
「ああ、なんかそこに写真があると、手を出したくなるんだよな……もちろんおまえのことは推薦するけど、他にも何人かいい写真撮れた子がいるから、それだけは一応加工しておくだけだよ」
「そうなんだ……」
鷹緒は早々に弁当を食べ終わると、缶コーヒーを開け、煙草に火をつけた。
「……鷹緒さん、眼鏡どうしたの?」
突然、沙織が尋ねた。
先日から、鷹緒はいつもかけていた眼鏡をしていない。聞く暇もなかったが、そこには素顔のままの鷹緒がいる。
「……壊れた」
大きく煙草の煙を吐きながら、鷹緒が言った。
「買わないの?」
「んー、もともと伊達みたいなもんだったしな」
「へえ……なんか眼鏡をしてない鷹緒さんって、若い人みたい」
「ハハ。なんだそりゃ」
鷹緒は苦笑しながら伸びをした。そんな鷹緒に、沙織が口を開く。
「ねえ、鷹緒さん……」
「ん?」
「……茜さんとは、つき合ってたの?」
「え?」
突然の込み入った質問に、鷹緒は聞き返した。
「……なんで?」
「ううん。なんか仲良さそうだから……」
「ハハハ。あれがか?」
鷹緒は煙草を揉み消して、言葉を続ける。
「あいつは、俺の写真家の先生の娘。小学生の頃から知ってるし、あいつは昔からああなの」
「でも、鷹緒さんのこと好きだって言ってくれてるのに……何度フラれたかわからないって、茜さん言ってたよ」
そんな沙織の言葉に、鷹緒は静かに微笑む。
「……今はまだ面倒くさいんだ。仕事一筋だからな、俺は……さて、仕事するか」
「あ、ここにいてもいい? 今日はオフなの」
沙織が言う。鷹緒と一緒に居たかった。
「邪魔しないならな。でも、つまんないぞ?」
「平気」
「……じゃあ、ご勝手にどうぞ」
そう言って、鷹緒は仕事に戻った。
沙織はそのまま、部屋の隅で本を読んだり、気ままに過ごしていた。
夕方近くになって、やっと鷹緒が立ち上がる。その頃には、あまりの穏やかな時間に、沙織は眠り込んでしまっていた。
「沙織、起きろよ。終わったぞ」
鷹緒の声に、沙織は目を覚ました。