80:三次審査
数日後、シンデレラコンテスト三次審査、当日。
あれから鷹緒に一度も会うことなく、沙織は今日を迎えていた。緊張しながら順番を待つ。だが、鷹緒に会える喜びを噛み締めていた。気付けば沙織は、鷹緒の存在が日増しに大きくなっていることを思い知らされている。
「七十二番の方、どうぞ」
そう言われ、沙織が立ち上がる。
理恵は心配そうに見つめているが、ここから先は理恵も入ることが出来ない。
「行ってきます」
沙織はそう言うと、部屋の中へと入っていった。
大きなホールのような部屋は、大きく仕切られている。三人のカメラマンによるカメラテストだが、一人一人行われるようだ。仕切りごとにカメラマンがいるらしい。
一人目は、大手プロダクション所属のカメラマンだった。
カメラテストの様子も審査対象になるようで、審査員が遠くから見ている。
「じゃあ、目線そのままこっちにください」
中年のカメラマンが言った。
最初は固い表情だった沙織も、練習を思い出して徐々に慣れていく。数枚の写真を撮ったところで、次のブースに行くよう指示された。
隣のブースには、鷹緒がいた。久しぶりに見る鷹緒に、沙織は嬉しくなった。
鷹緒はまだ前の少女を撮っている最中で、少女に笑いかけている。その様子が遠い存在のように思えて、沙織の胸を締めつけた。
「はい。次、お願いします」
そう言いながら、鷹緒が沙織に気付いた。優しく笑いながら、鷹緒が口を開く。
「諸星です、よろしく。お名前と番号をどうぞ」
「……七十二番。小澤沙織です。よろしくお願いします!」
少し緊張気味に、しかし鷹緒と会えた喜びに頬を染め、沙織が言った。
「はい、よろしくお願いします」
それに応えて、鷹緒も笑った。
「じゃ、そこに立って」
鷹緒の指示に、沙織が所定の位置に立つ。急に鷹緒の目が真剣になった。鷹緒に写真を撮られるのは初めてではないが、緊張する。
限られた時間の中で、カメラマンも必死のようだった。被写体がよければ、撮れる写真のグレードも高い。なにより、自分が撮った写真でグランプリに選ばれれば、カメラマンの質も上がるというものだ。
鷹緒はそんなことは考えていないように思えたが、一心不乱に仕事をこなしているように見えた。だが、写真を撮る時の鷹緒は、いつ見ても楽しそうで輝いている。
「まだ緊張してる? もっと笑顔が欲しいな」
そんな鷹緒の言葉に、沙織が笑う。しかし、まだ表情が固い。
「……なあ。俺、太ったと思わない?」
おもむろに鷹緒がそう言った。沙織は素に戻って聞き返す。
「え?」
「出張で福岡に行ったんだけど、毎食ラーメンでさ。あまりの美味さに、夜食まで食っちゃった」
「毎食? ウッソ!」
鷹緒の言葉に乗って、沙織が言う。
「ホント。すごい美味いんだもん」
「あははは。だからって……」
「よし、いい顔撮れた」
カメラを離し、鷹緒は沙織に笑いかける。
「お疲れさま。その調子で頑張ってね」
そう言った鷹緒に、沙織は大きく微笑み、お辞儀をする。
「ありがとうございました!」
良い表情をして、沙織は次のブースへと向かっていった。あっという間の時間であった。鷹緒も微笑んで、仕事を続けた。
カメラテストが終わって、沙織は理恵のもとに戻っていった。
「どうだった?」
すかさず理恵が尋ねる。
「緊張したけど、面白かったです」
「そっか。鷹緒さんもいた?」
「はい、バッチリ仕事してましたよ。今日はこれで終わりだそうです」
沙織が、最後にもらった紙を見せて言った。理恵はそれを見て頷く。
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」
二人は事務所へと戻っていった。
三次審査はカメラテストだが、後日一般投票がある。一週間後に出るいくつかの週刊誌に、沙織たちの写真が出る予定だ。またインターネットや街頭インタビュー、各所の企業にも張り出されることになっている。それらの一般投票、審査員投票によって、最終審査へ上がれることになっていた。カメラテストを終えた今、三次審査で沙織が出来ることはもうなかった。
その日、沙織はマンションで、遅くまで鷹緒の帰りを待っていたが、鷹緒は帰ってこなかった。
次の日。沙織が事務所へ行くと、広樹が声をかけた。
「沙織ちゃん。昨日はお疲れさま」
「お疲れさまです」
沙織が返事をする。
「どうしたの? 今日はオフじゃないの?」
「あ、はい。でも、なんか暇で……」
「あはは。たまのオフも、確かに辛いものがあるよね。茜ちゃんは?」
「まだ寝てました」
二人は苦笑する。もはや茜は沙織の同居人となっており、自由気ままにしている。
「そう。ああ、じゃあちょっと、鷹緒の様子見てきてくれないかな? 食料調達してさ」
そう言って、広樹が二千円を差し出す。
「いいですけど、スタジオですか?」
「うん。昨日から缶詰め。シンコンの写真、加工してるはずだよ」
「でも、写真は現像したら終わりなんじゃ……」
「それは、シンコン実行委員会の方ね。それとは別に、これと思う写真をカメラマンが提出するんだ。何人でもいいんだけどね」
「へえ……」
「だからカメラマンも審査員の一人ってわけ。審査を左右するもんでもあるしね。とにかく飯もろくに食ってないと思うから、何か買って行ってやって。沙織ちゃんも、好きな物買っていいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
沙織は鷹緒に会えることで、嬉しそうに事務所を出ていった。