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79:返事

「もしまた誰かと結婚するんだとしたら、おまえだろうと思ってたよ」

 鷹緒が静かにそう言った。

 茜も初めて聞く言葉に驚き、耳を傾ける。

「……本当に?」

「ああ。だけど……」

「だけど?」

「悪いけど……俺、おまえがいくら頑張ってくれても、もう結婚とか恋愛とか、そういうの考えられないと思う」

 いつになく真剣な顔で、鷹緒が言った。鷹緒もまた、茜から目を反らすことはなかった。

 冗談交じりではなく、面と向かってフラれたのは初めてだった。絶望的な気持ちが茜を襲う。

「なんで……なんでよ! 私の愛が足りないならもっと頑張るよ。うざいんだったら、ニューヨーク帰る。それでも駄目なの? どうして!」

 鷹緒の胸元を掴んで、茜が言った。

「どうしてって……しょうがないだろ」

「しょうがなくないもん!」

「茜……」

 そう言う鷹緒は、本気で困っているようだ。

「嫌だ……嫌だ!」

 茜は鷹緒にそう言いいながら、鷹緒の肩を平手で叩き続ける。鷹緒は直立不動のまま、やがて静かに口を開いた。

「……いつか……俺、おまえに逃げたことあったよな? 理恵と別れて、おまえと一緒になれたらどんなに楽かって思った……」

「そうだよ。鷹緒さん、私の胸で安心して眠ったじゃない……」

 二人の過去が浮き彫りになる。

 たった一度だけだが、二人は一つになった時があった。それは、鷹緒が理恵と別れてしばらくした日の、互いに求め合った一度だけの朝だった。

「うん……でも、やっぱりおまえとつき合うことは出来なくて、しばらくして、おまえは日本を発っただろ?  あれからずいぶん年が過ぎたけど、本質的に俺は何も変わってない……鈍くて不器用で、人の気持ちなんて考えられない、ちっぽけな男だ……」

「……鷹緒さん?」

 鷹緒の言葉に戸惑いながら、茜は鷹緒を見つめる。

「あれからいろいろ考えてきたつもりだけど、俺は多分、もう人は愛せない……というより今までも、本気で人を愛してきたかどうか疑問なんだ……もし俺がまた結婚したいとか思うようなやつが現れるとしたら、そいつが俺の最後の一人になるんじゃないかな……」

 自問自答を繰り返すように、鷹緒が続けた。

 そこまで鷹緒の本音を聞くのは、茜自身も初めてだった。

「その最後の一人は、確実に私じゃないの……?」

「うん。多分……」

 ゆっくりと、静かに鷹緒が答えた。茜は続ける。

「……1%の可能性も、私にはないの?」

「……うん」

 躊躇いながらも、鷹緒がきっぱりとそう言ったことで、茜は満面の笑みを零した。

「わかった。でも私の気持ちが完全に晴れるまで、私の恋は消えないから」

「……わかった」

「はっきり言ってくれてありがとう……じゃあ寝るね。おやすみなさい」

 そう言うと、茜は隣の部屋のリビングへと戻っていった。

 鷹緒にこれだけきっぱりとフラれたのは初めてだったが、逆に晴れた気持ちもあった。

 茜はその夜、失恋に泣き腫らした。もういくら頑張っても、鷹緒が振り向くことはないのかもしれない。絶望感が、茜を包んだ。


 鷹緒も、部屋で思い悩んでいた。決して茜が嫌いではない。さっきの会話はすべて本心だった。だが鷹緒の中で茜は、一度も恋愛の対象としては見れていない。それでもなお慕ってくる茜に、本音を言うことできっぱりと答える必要があると、前々から思っていた。

 数年間で、自分も少なからず新しい環境が出来ている。そんな中で茜が前へ進むためにも、もう鷹緒は優柔不断でいてはいけないのであった。



 数日後。茜はそのまま、沙織の部屋に居ついてしまった。鷹緒に初めてきっぱりとフラれたが、特に鷹緒への接し方に変わった様子もない。

 沙織も、茜が居ることが嫌ではなかった。なにより鷹緒の部屋に居つくよりはいいと思う。二人は次第に打ち解け、沙織はコンテストについてのアドバイスも、進んで茜に尋ねていた。


「鷹緒さん。出張って本当?」

 事務所で、茜が鷹緒に言った。

「ああ、九州にな……それよりおまえ、もうここの人間じゃないんだし、毎日事務所に入り浸るのやめろよ」

「私は沙織ちゃんのマネージメントをしてるんです」

「それなら理恵がやってる。泊めてやってるだけでも感謝しろ」

「ひどーい」

「じゃ、行ってきます」

 そう言うと、そばに居た沙織と茜を尻目に、鷹緒は慌しく出ていった。

「鷹緒さんも、相変わらず忙しいんだ……シンコン三次審査の直前に帰ってくるんだってね」

「はい。でも、三次審査で会えるから……」

 茜の言葉に、沙織が言う。

「そっか。カメラマン、鷹緒さんだもんね。きっと綺麗に撮ってくれるね」

「えへへ……」

 二人は笑いながら、鷹緒の話をした。

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