74:新たな訪問者
「ふうん……楽しそうですね」
そう言って、茜が目を細めて笑う。
「おまえ、何しに来たんだよ……」
そんな茜に、鷹緒が冷たく言った。
「冷たいなあ。でも鷹緒さん、全然変わってなくてよかった」
「とにかく入って。今、お茶入れるから」
牧はそう言って、給湯室へ向かう。
「……そっち、応接室」
そう言って、鷹緒は応接スペースを指差した。茜は変わらず鷹緒を見つめ、口を開く。
「鷹緒さんは? 私、鷹緒さんと話したい」
「俺は仕事」
「じゃあ、ついてく」
「アホか。俊二、行くぞ」
鷹緒が俊二を呼ぶ。
「俊二? 新しい助手さんだ」
興味津々で、俊二を見ながら茜が言う。鷹緒は溜息交じりに頷いた。
「そうだよ……」
「いつ頃帰る? 話がしたいんだけど。ほら、パパから鷹緒さんに……」
その時、鷹緒は茜の口を手で塞ぎ、そのまま引きずるように入口の方まで連れていった。
「なによう」
人気のないエレベーターホールで、鷹緒の手から逃れた茜が言う。
「あのことは、まだ誰にも言うなよ」
真剣な顔で鷹緒が言う。茜は首を傾げた。
「どうして?」
「どうしても。今はシンコンにかかりっきりだからな」
「シンコンって、シンデレラコンテスト? ああ、もうそんな時期か」
「そうだよ。だから、どっちみちそれが終わらないと、俺は動けないからな」
鷹緒の言葉に、茜は頷いた。
「……わかった。じゃあ、一つだけ教えて」
「なんだよ?」
「どうして理恵さんがいるの? 別れたんでしょう?」
ズバリと、茜が言った。
「……さあな」
触れられたくない話題に、目を逸らして鷹緒が答える。
「あ、まさか! 元さやに戻ったの?」
茜の言葉に、鷹緒はうんざりした様子だ。茜は鷹緒の高校生時代から知り、結婚も離婚もすべてを知っている人物の一人である。
「違うよ……あいつは豪とよろしくやってんの」
「本当? じゃあ鷹緒さん、まだフリー?」
「うるせえな……」
バツが悪そうにしながら、鷹緒が頭を掻いて言った。
「いいの、それがわかれば。じゃあ今夜、仕事が終わったら食事でも行こ」
「今日は遅くなる……」
「待ってるもん。食事してくれなきゃ、みんなに言いふらしちゃうぞ」
「おまえなあ……」
相変わらずの茜の勢いに、鷹緒は少し呆れ顔だ。
だが、そんな鷹緒に動じず、茜は変わらぬ笑みをこぼす。
「じゃあ、後でね!」
茜はそう言って、事務所へと入っていった。それを見計らって、俊二が出てくる。
「鷹緒さん、あの人は……?」
凄い勢いの茜に圧倒されながら、俊二が尋ねる。
「……前にいた、俺の助手。おまえとはギリギリ被ってなかったな……行くぞ」
「はい」
二人は、事務所を出ていった。
「話は終わったの?」
牧が茜に尋ねる。二人は以前、同時期に同じ事務所で働いていたために、仲が良い。
「うん。牧ちゃん、本当に久しぶりだね」
大胆に笑って茜が言う。茜のおかげで、いつも忙しく騒然としている事務所は、違う意味で明るく騒がしくなる。
「もう。いつも突然なんだから……」
「あはは。ごめん、ごめん。たまに日本に帰りたくなるのよね……」
お茶を受け取りながら、茜が言った。その時、茜と理恵の目が合った。
「理恵さん。お久しぶりです」
座り直して、茜が言う。
「ええ。本当に……」
「豪さんと寄り戻ったそうですね。今、鷹緒さんに聞きました」
図々しい口調でそう言った茜に、理恵は苦笑した。
「あはは……うん、まあね……」
「ラッキー! 本格的に、強力キャラがいなくなったのね!」
「もう、茜ちゃんったら、相変わらずね。まだ鷹緒さんのこと好きなの?」
「当然! 出会った頃から好きだったんだもん。あら、こちらは?」
牧の言葉を受けた茜が、沙織を見て尋ねる。
「小澤沙織ちゃん。今度のシンコン候補者よ。ついでに、鷹緒さんの親戚」
鷹緒の親戚と聞いて、茜の目が輝いた。