71:密談
その夜、沙織をマンションまで届けた理恵は、マンションの玄関で、帰ってきたばかりの鷹緒と出会った。
「……今、帰り?」
鷹緒が尋ねた。
「うん。今、沙織ちゃん送り届けて……鷹緒も今、帰り?」
「見ての通り」
コンビニ袋を見せて、鷹緒が言った。そんな鷹緒に、理恵は苦笑する。
「またコンビニ弁当で済ませてるの?」
「おまえ、知らないな。今のコンビニ弁当は、家で食うよりよっぽどバランスいいんだぞ」
「またそうやって、屁理屈言って……」
「正論だ」
二人は笑った。
「……鷹緒。仕事のことで、ちょっと話があるんだけど……」
突然、理恵が言った。
「いいけど……じゃあ、家まで送ろうか。車の中でいいだろ?」
「うん……」
二人は駐車場へと向かい、車へと乗り込んだ。
「で、話ってなに?」
動き出した車の中で、鷹緒が尋ねる。
「うん。沙織ちゃんのことなんだけど……」
「沙織がなにか?」
予想外の話の内容だったので、鷹緒が驚いて尋ねる。
「気付いてる? 沙織ちゃんの気持ち……」
理恵がズバリを言った。理恵はそう言って、鷹緒の横顔を見つめる。
鷹緒は口を濁すように、軽く鼻を掻いて生返事をした。
「ああ……うん」
「そう。気付いてるのね?」
その言葉に、鷹緒は小さく息を吐く。
「気付いてるっていうか……よくある十代の馴れ合いだと思ってたけど。なにかあるの?」
沙織が鷹緒に恋をしているということは、鷹緒も薄々感づいていたのだった。だがそれが本気の恋かどうかまでは、恋愛に疎い鷹緒にはわからない。
「沙織ちゃん、純粋なのよ。だから、いちいちあなたのすることに反応してる……このままだと、あなたの一言で潰れちゃったりすると思うの……」
「……だから、何事もないようにって?」
「まあ、そうね」
「面倒臭いなあ……」
理恵の言葉に、鷹緒が溜息をつきながら言う。
「そう言わないで。シンコンまで間もないんだから」
「……わかったよ」
そう返事をして、鷹緒は煙草に火をつけ、話題を変える。
「どうだった? 取材は」
「ああ、うん。記者の方も気に入ってくれたみたいで、ノリがよかったわ」
「そう。よかった」
「……沙織ちゃんに、いろいろ聞かれたわ。全部話した……」
「全部って?」
プライベートの話題に戻した理恵に、鷹緒が尋ねた。
「豪のこととか、恵美のこととか……恵美ね、自分から沙織ちゃんに言ったんですって。鷹緒とは血が繋がってないって」
「ふうん。そう……」
「……鷹緒は恋人を作らないの?」
その質問に、鷹緒は大きく煙を吐く。
「なんで? 自分が落ち着いたら、俺の恋愛事情に首突っ込みたくなったの?」
「ごめんなさい……」
「……そっちこそ、どうなんだよ」
眉をしかめながら、鷹緒が言った。
「うん、もう大丈夫……私だって、あれから少しは大人になったもん。恵美だっているし。これからは、豪ともちゃんと向き合って、つき合っていくつもり……」
「ふうん……」
「……鷹緒が、また背中押してくれたんだよね。だからもう、鷹緒には迷惑かけないようにする」
「……あっそ」
鷹緒は煙草を消すと、流れる景色を見つめた。
部屋に戻ると、鷹緒は煽るように酒を飲んだ。なんだか空しい思いがする。
その時、リビングのドアがノックされた。