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68:傷ついた二人

「……やり直そうか」

「……え?」

 突然の言葉に、理恵がゆっくりと顔を上げる。鷹緒は言葉を続けた。

「あいつのことは置いておいて、このままやり直そう……子供の父親は、俺がなるよ」

 信じられない言葉だった。鷹緒に落ち度は何もない。自分が鷹緒を裏切ったまでの話だ。鷹緒のところから飛び出し、違う男の子供を身ごもって帰ってきた自分を、鷹緒は何も言わずに受け入れ、子供の父親にまでなるという。

 理恵は、鷹緒にそこまで言わせた自分が悲しくなった。

「駄目だよ。もう、鷹緒に迷惑……」

「だからさあ……夫婦間に迷惑はつきものだろ? 俺がいいって言ってんだから、それでいいじゃん」

 軽く微笑んだままそう言う鷹緒に、理恵は首を振り、堪え切れない涙を流す。

「どうしてそこまでしてくれるの? 私、鷹緒を……」

 そう言う理恵を、すかさず鷹緒が抱きしめる。

「もう、それ以上言うなよ。俺だって、どうしていいかわかんないんだから……だけど、おまえの子供なら、俺だって愛せるよ……」

「……」

「理恵?」

「ごめんね……ごめんね……」

 理恵が鷹緒に抱きついて言う。鷹緒も理恵を抱きしめたまま、しばらくそうしていた。

 これからどうしたらいいのか、二人にもわからなかった。ただ、内山がいなくなったことで、二人の心はまた繋がろうとしていた。意地もプライドも、今の二人の間には通用しない。不器用な二人は、互いの傷をなめ合いながら、元のさやに戻ったのである。



 それから数ヵ月後、娘の恵美が生まれた。広樹にさえも、恵美は鷹緒の子供だと言っていた。鷹緒は、持てる愛情を惜しげもなく恵美に注ぎ、本当の父親のように接することに心に決める。そんな鷹緒に、理恵は罪悪感に駆られながらも、夫婦としての自信を取り戻そうとしていた。



 そんなある日。鷹緒のもとに一本の電話が入った。もといたモデル事務所の社長からである。

「え、豪の行方がわかった!」

 自宅にいた鷹緒は、思わずそう叫んだ。理恵は買い物に出かけていて、それを聞かれてはいない。

『そうなんだ。突然電話が来てね。そろそろ除名しようかと思ってたんだけど、危機一髪繋ぎとめたよ』

 社長が説明をする。

「それで、どこにいるんですか? あいつは」

『それがさ、パリにいるって言うんだ。知り合いがいるらしくて、フリーで記者をやりながらモデルを続けたいと言ってきた。こっちもそろそろ、パリコレ組が向こうへ行く予定だったから、放っておくことにしたよ……連絡先も聞いたけど、連絡するか?』

「はい、お願いします」

『じゃあ、ファックス送るよ』

「お願いします。ありがとうございました……」

 鷹緒は電話を切ると、呼吸を整えた。内山に対する怒りが湧き上がる。

 すると、一通のファックスが届いた。そこには内山がいるという現住所と電話番号が記されている。鷹緒は意を決して、パリの電話番号へと電話をかけた。

『ハイ』

 受話器の向こうから、内山の声が聞こえる。

「……俺がわかるか?」

 怒りを落ち着かせるように、鷹緒が静かに言った。

『……鷹緒先輩ですね。かかってくると思ってました。事務所に連絡入れたから……』

「おまえ、どういうつもりだよ?」

『僕の娘は元気ですか?』

 内山の言葉に、鷹緒は目を丸くする。

「おまえ、なんで娘だって知って……」

『僕だって、日本に友達くらいいますから』

 その言葉にいちいち苛立ちながらも、鷹緒は冷静さを保とうとした。

「……どうするつもりだ、理恵は。子供は?」

『考え中です。それまで、二人をよろしくお願いしますよ、先輩』

「てめえ……今度会ったら、覚えておけよ」

 鷹緒の言葉に、内山が笑う。

『あははは。それじゃあ、しばらく日本には帰れそうにないな』

「笑ってんじゃねえよ!」

 目の前の棚を叩いて、鷹緒の怒りが頂点に達した。

『先輩……僕、しばらくこっちでやっていきたいと思ってます。帰ったら先輩に殴られに行きますんで、それまでは放っておいてください』

「なんだと、豪!」

 その時、鷹緒は後ろに気配があることに気がついた。そこには、買い物から帰ってきた理恵が立っている。

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