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64:不器用な男

 一週間後。東京に戻った鷹緒は、その足で広樹の事務所へ向かった。

「おかえり。どうだった? 広島は」

 広樹が尋ねる。

「うん、仕事は順調。料理はうまいし、最高だった」

「鷹緒。早々なんだけど、大事な話があるんだ」

 改まった様子の広樹に、鷹緒が首を傾げる。

「なに?」

「おまえ、正式にうちの事務所に入ってくれないか?」

「……」

「まだモデル事務所所属だろ? カメラマンとして認められてきてるのに、ほとんどフリーで活動してるじゃないか。うちの事務所はまだ立ち上げて間もないけど、おまえには当初からずいぶん手伝ってもらってるし、仕事も回してるよな。おまえももうモデルの仕事はほとんど請けてないんだし、ここらで正式にカメラマンとして来てくれないか? おまえが来ればうちも助かるし、今まで以上に仕事を回せるように頑張るよ」

 広樹の言葉に、鷹緒が笑った。

「ずいぶん、見込まれたもんだな……」

「僕は本気だよ」

 真剣な眼差しの広樹に、鷹緒が俯く。

「うん……正直言うと、いろいろ考えてた。どっちみち、そろそろモデル事務所は辞めようと思ってたんだ」

「じゃあ……」

「ああ。まあとっくに、俺はこの事務所の人間だって感じがしてたよ」

「じゃあ、よろしく頼むよ!」

「ああ」

 二人は握手を交わす。

「そうだ、夕飯は食べたのか?」

「いや」

「じゃあ、食べに行こう」

 そう言って、二人は事務所を出ていった。


「どこにしようか。いつものところでいいか? 必ず誰かしらに会うんだけどな……美味いから仕方ない」

「ギョーカイ人の巣窟か」

 鷹緒が、苦笑して言う。

「どちらかというとモデルが多いな。この辺、モデル事務所が多いから」

 二人はそう言いながら、近くの料理屋へと入っていった。雰囲気の良いその店は、全席個室で隠れ家風を気取り、業界人御用達だと人気である。広樹もまた、行きつけの店にしていた。

「あ、諸星さん!」

 店に入るなり、鷹緒が声をかけられた。鷹緒が所属しているモデル事務所の後輩である。

「なんだ、おまえらも食事か」

 苦笑して、鷹緒が言った。

「はい、一緒に飲みましょうよ。あと何人か来てますよ」

「ゆっくり飲みたいから、今度な」

「残念です……」

 後輩は、そのまま去っていった。

「別の店にしようか。もしかしたら、理恵ちゃんも……」

 広樹が察して言う。鷹緒は表情を変えずに、中へと入っていく。

「いいよ、べつに……」

 二人は、仕切られた個室へと通された。早速、酒を交わしながら、広樹が尋ねる。

「……それで、その後どうなったんだよ?」

「どうって?」

「だから、その……理恵ちゃんとさ」

「……さあ」

「さあって、おまえ……」

 静かに微笑んで、鷹緒は日本酒を飲む。

「俺の出張もあって、会ってないよ。出る時には、すでに出てった後みたいだったし……まあ、このまま離婚かもな……」

 鷹緒の言葉に、広樹が身を乗り出した。

「……本気で言ってるのか?」

「本気もなにも……しょうがないだろ? あいつが別のやつ好きになって浮気して、ただそれだけのことじゃん」

 煽るように酒を飲みながら、鷹緒は溜息をつく。

「おい、飲み方考えろよ……」

「なんか……わかんないんだよ」

 静かに、鷹緒がそう言った。

「え?」

「女の愛し方……とかさ、結婚とか。俺には、もともと結婚なんて無理だったのかもな……」

「鷹緒……」

「……俺、あんまり親に愛された記憶もないし、親も再婚だから、普通の家庭っていうのがよくわかってなくて……義理の兄弟とも馴染めなくてさ。そんな中で、自分自身が作る家庭っての、よく考えてなかった気がする」

 広樹は口を挟むことなく、鷹緒の話を黙って聞いている。鷹緒は話を続ける。

「あいつのことも放りっぱなしで……だから俺、あいつを責められる立場じゃない。俺も苦しみたくなかったし、あいつも苦しめたくない。いっそ嫌いになれたらよかった……そうしたらあいつ、もっと早くに俺のところから出ていけたのに……」

 鷹緒の言葉に、広樹は絶句した。ここまで鷹緒が本心を言うのは、広樹自身も聞いたことがなかった。なにより鷹緒の不器用さが、広樹を締めつけるように伝わる。

「本当だ。居たんですね、先輩」

 そこに、空気を一瞬にして打ち壊す人物が現れた。内山である。

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