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55:後押し

 理恵の話を聞きながら、鷹緒は数本の煙草を吸っていた。しかし、どれも火をつけるものの、吸う気配はなく、すべて灰となってビールの空缶へと落ちていく。

「……」

 沈黙になった中、鷹緒はソファにしっかりと寄りかかり、本棚の上に置かれたいくつかの写真を見つめた。ほとんどが恵美の写真だが、中には鷹緒と一緒のものもある。その中の一つに、広樹や内山も写っている集合写真のような写真もある。

「……」

「私、豪がわからない。嘘ばかりついて、いつも混乱する……」

 何も言わない鷹緒に、理恵がそう言った。鷹緒は静かに、最後の煙草をもみ消す。

「……そうだな。あいつは馬鹿で嘘つきで、生きる価値すらない人間だ」

 鷹緒はそう言って、理恵を見つめた。理恵はその言葉に、深く傷ついた顔をしている。鷹緒はそんな理恵を見て、静かに微笑んだ。

「あいつ、確かに嘘つきだけど、おまえに言ったことは本当なんじゃないの?」

「え……?」

「それに、俺があいつの悪口言って、おまえが不快な思いをした……おまえの本心はそれだろ? おまえもたまには、素直になれよ……」

 それを聞いて、理恵は静かに涙を零す。

「鷹緒……?」

「あいつ、帰国したその足で、誰を訪ねてきたと思う? おまえでもヒロでもなく、俺を訪ねてきたんだぞ?」

「え? うん……」

 その言葉の意味がわからず、理恵は生返事をする。

「俺に殴られにきたんだぞ? その意味が、おまえにはわかんないの?」

 鷹緒の言葉に、理恵はハッとした。

「……豪が私と寄りを戻したいって、そう言っているのは本当のことだっていうの? あいつは計算高い男なのよ。私がそう信じるって、計算して鷹緒に殴られたかもしれないじゃない!」

 理恵が言った。興奮して、涙が止め処なく溢れている。

 そんな理恵に対して、鷹緒は俯いたまま静かに口を開く。

「そんなこと言ったら可哀想だよ、あいつ……少なくとも昔、俺と張り合った男だぞ?」

 二人の間に沈黙が走る。内山豪は、以前鷹緒と張り合って、理恵を取り合いした仲であった。

「じゃあ、どうしたらいいの? 私……このままじゃ、なんにも出来ない……」

 子供のように泣きじゃくる理恵を、鷹緒はそっと抱きしめた。鷹緒の腕の中で、理恵は暖かさを感じる。

「落ち着く。鷹緒といると……」

 何も言わず、鷹緒は理恵を抱きしめる。そして静かに口を開いた。

「……今まで一人でよく頑張ったよ、おまえは。だから……もういいんじゃないのか? 自分の気持ちに正直になれよ。そうじゃなきゃ、俺だって……」

「うん……うん……」

 鷹緒に抱きつきながら、理恵が返事をする。泣きじゃくったままの様子は、いつもの毅然としている理恵ではない。

 少しして、鷹緒は理恵を離すと、携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。そして繋がったことを確認すると、何も言わずに理恵に差し出す。理恵はそのまま、受話器に耳を当てた。

『もしもし?』

 電話の向こうからは、内山の声が聞こえる。

「……豪?」

 内山の声を聞いて、理恵はますます涙を流した。

『理恵?』

「……うん」

 そんな理恵を残して、鷹緒は携帯電話を渡したまま、理恵のマンションを後にした。


 マンションでは、沙織が鷹緒の帰りを待っていた。鷹緒と理恵、そして内山がどういう関係なのか、考えれば考えるほど、気になって仕方がない。なにより、鷹緒のことをもっと知りたいと思う。

 鷹緒を待つ沙織は、何度も鷹緒の部屋に繋がるドアを開けてみた。勝手に入るなと言われているが、すぐにでも会いたいと願う自分がいる。

 しかしその日、何時になっても、鷹緒が帰ってくることはなかった。



 次の日。眠い目で沙織が事務所へ向かうと、広樹が声をかけた。

「おはよう、沙織ちゃん。なんだか眠そうだね」

「あ、おはようございます、ヒロさん。いえ、ちょっと……大丈夫です」

 沙織が苦笑して言う。

「鷹緒は一緒じゃないの?」

「はい……昨日はどこかへ出かけたみたいで、帰ってきてない感じでしたし……」

「そうなの? 今日は定時に来るって言ってたんだけど、来ないな……理恵ちゃんも。ああ昨日、何かあったかな……」

「え?」

 意味深な広樹の言葉に、沙織が聞き返す。

「あ、あの。昨日の内山って人……」

 沙織がそう言いかけた時、広樹は電話を取っていた。

「え、なに?」

「いえ……なんでもないです」

「そう、ごめんね。ちょっと電話」

 広樹は電話をかけ始める。

「あ、もしもし……あれ、理恵ちゃん? 僕、理恵ちゃんにかけちゃったのか……え? あ、はーい……」

 広樹は電話を切った。すると、すぐに理恵が入ってきた。

「ごめんね、ヒロさん。ちょっと遅刻しちゃった……」

 寝不足気味で、少し目を腫らした理恵が言う。

「いいよ……鷹緒は?」

「ううん。一緒じゃないけど……」

 その時、鷹緒がやってきた。広樹が声をかける。

「おう、鷹緒。おはよう」

「ああ、悪い。定時に来るって言ったのに」

「いいよ。ファックス、いくつか届いてるよ。いつものように机の上」

「うん」

 鷹緒は自分の机へと向かっていった。そこに、理恵が後をついていく。その光景を、沙織はじっと見つめていた。

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