53:嵐のあと
「沙織」
しばらくして、鷹緒がベランダにいる沙織に声をかけた。
「悪いな。ずいぶん遅くなった……」
「ううん」
「飯、食いに行こう。ヒロがおごってくれるってさ」
「うん……」
沙織は、鷹緒と広樹とともに、近くのレストランへと向かっていった。
「ビッグ・キャラメル・イチゴ&チョコレート・フルーツパフェでございます」
ウェイトレスが、鷹緒に大きなパフェを差し出しながら言う。
「おまえ……その激甘党、なんとかしろよ」
呆れ顔で広樹が言った。鷹緒は食事もそこそこに、大きなパフェを頼んだようだ。
「いいだろ。好きなんだから……甘いもん食べるのが、俺のストレス解消法なの」
「まったく……」
そこで広樹は、元気のない沙織に気がついた。
「どうしたの? 沙織ちゃん」
「あ、いえ……」
沙織は小さく首を振って、苦笑する。広樹も静かに口を開く。
「さっきの、びっくりしちゃったよね……ごめんね」
「いえ、べつに。広樹さんが悪いわけじゃないし……」
「まあ、ね……」
沙織と広樹は、黙々とパフェを食べている鷹緒を見た。二人の視線に気付き、鷹緒は顔を上げる。
「……なんだよ?」
「いや……」
広樹の反応に、沙織はこのことには触れてはいけないのだと思った。
「……沙織、まだ飯食ってんのかよ。俺、もうすぐデザートも食い終わるぞ」
小さく苦笑しながら、鷹緒が言う。その顔は、いつもの鷹緒である。
しばらくして食事を終えた鷹緒は、広樹と分かれ、沙織とともにマンションへと戻っていった。
「今日は待たせて悪かったな。明日は俺、早いから送れないけど、頑張れよ。二次審査、今週だろ?」
部屋のドアの前で、鷹緒が沙織にそう言う。
「うん……」
「じゃあな」
まだ元気のない沙織を尻目に、鷹緒は自分の部屋へと入っていった。
「はあ……」
沙織は溜息をつくと、自分の部屋へと入る。鷹緒と内山、そして理恵や広樹に何があったのかわからないが、知りたいと思いつつ聞くことすら出来ない空気に、沙織は苛立ちすら覚えていた。
鷹緒は、帰るとすぐにシャワーを浴び、ベッドに寝そべった。ついさっき内山を殴ったことが、頭から離れない。そしてそれを見ていた理恵や広樹の顔も、エンドレスに思い出される。
「……豪が帰ってきた……」
ぼそっとそう言ったその時、家の電話が鳴ったので、鷹緒は受話器に手を伸ばす。
「はい」
『……』
相手は何も言わない。鷹緒は首を傾げる。
「……もしもし?」
『……あ……』
女性の声が聞こえた。鷹緒はピンときた。
「理恵か?」
鷹緒が言った。すると、力のない声が聞こえてくる。
『……う……ん』
電話の相手は理恵であった。
「……どうした?」
少し苛立った様子で、しかし優しく、鷹緒が尋ねる。しかし鷹緒には、理恵がどうして電話をかけてきたのか、力のない声なのかがわかっていた。
「豪と何があった?」
何も言わない理恵に、鷹緒が具体的に尋ねた。そんな鷹緒に、理恵が静かに口を開く。
『……ごめん。なんでもない』
「馬鹿か。何かあるなら言えよ……」
『ごめん、どうかしてた。鷹緒に言うことじゃなかった……ごめん』
理恵の言葉に、鷹緒は静かに息を吐く。
「……俺だって、部外者じゃないぞ」
『うん。でも……』
「……もう、家か?」
『うん……』
「じゃあ、今からそっちに行く」
『……でも』
「おまえ、今、一人じゃないほうがいいよ」
いつになく優しい鷹緒の言葉に、理恵が涙ぐむ。
『ごめん、鷹緒。ごめん……』
「もういいっての。支度したら、すぐ行くから……」
『うん……』
鷹緒は電話を切ると、すぐに支度を始めた。
沙織はリビングで、テレビを見ながらお茶を飲んでいた。しかし、ふとしたきっかけで、やはり内山が鷹緒たちとどういう関係なのかが気になる。
沙織は意を決して、鷹緒に直接聞くことにして立ち上がった。そしてそのまま、リビングから繋がった鷹緒の部屋がどうなっているのか、ドアに耳を当ててみる。慌てて人が歩いているような、足音が聞こえた。
沙織は思わずドアを開ける。
「鷹緒さん!」