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52:異質な訪問者

 鷹緒が内山を殴りつけた。

 沙織と牧はわけがわからず、その光景を見つめている。鷹緒は、内山の襟元を掴んで、離そうとしない。

「た、鷹緒さん……」

 やっとのことで、沙織が止めに入ろうと声をかける。しかし、それを遮ったのは、内山の笑い声だった。

「ハッハッハッハ。やっぱり! 先輩、僕が帰国したと同時に、真っ先に僕を殴ると思ってましたよ」

 内山が言った。鷹緒はまだ怒りが収まらないといった様子で、内山の襟を一層強く掴む。

ごう。てめえ……」

「離してください。先輩が殴りにくる前に、自分から殴られに来てあげたんですから」

 不敵な笑みを浮かべながらそう言う内山に、鷹緒はもう一発、頬を殴る。その瞬間、内山は床へと倒れこんだ。同時に鷹緒の眼鏡が落ち、フレームが折れるように曲がる。

「豪……!」

 そう言って、凍りつく社内の時を戻したのは、帰ってきたばかりの理恵である。

 一同は理恵を見つめた。その後ろには広樹もいて、目を大きく見開きながら、静かに口を開いた。

「内山……豪……」

「ヒロさん。理恵……噂通り、勢揃いで楽しそうですね、この事務所は」

 内山がそう言ったところで、もう一度、鷹緒が内山の襟元を掴んだ。

「やめて、鷹緒!」

 そんな鷹緒を止めたのは、理恵だった。それと同時に、広樹も止めるように二人の間に立つ。

「……」

 目の前の広樹から目を逸らし、鷹緒は静かに内山から離れた。

「……どういうことだ? 急に日本へ帰ってきて……それに噂通りって、何のことなんだ?」

 内山を見つめて、冷静に広樹が尋ねる。沙織と牧は、その場から一歩も動くことが出来ず、その様子を見つめていた。

「別れた夫婦が同じ事務所にいるんだ。そんな面白い情報、僕にだってすぐ届きますよ」

「じゃあ、だから戻ってきたのか?」

「まさか。僕だって暇じゃないんです。ただ、理恵に会いに来たんですよ」

 内山のその言葉に、理恵の表情が変わった。鷹緒は眼鏡を拾うと、ソファへと座り、そばに立っている沙織を見つめる。

「……帰るか」

 鷹緒はボソッとそう言うと、立ち上がった。

「待て、鷹緒。打ち合わせを……」

「後にしてくれ」

 広樹の言葉を、いつになく強い口調で鷹緒が拒む。

「いえ、僕が出ていきます。今日は挨拶に寄っただけですから。お騒がせしました。では、また……」

 内山はそう言うと、静かに事務所を後にした。

「待って!」

 その後を、理恵が追っていく。二人の姿は、すぐに見えなくなった。

 静けさだけが残る事務所を、広樹の携帯電話の音が打ち消した。再び時間を取り戻した空間で、鷹緒は前髪をかき上げながらソファに座り、外を見つめる。手にはひしゃげたフレームの眼鏡が握られ、沙織の目に、初めて鷹緒の素顔が映った。

 同時に、鷹緒の携帯電話にも着信が入る。鷹緒は電話に出ると、淡々と会話を始めた。

 そこに電話を終えた広樹がやってきて、鷹緒の前のソファに座る。

「ごめんね……なんか、おっそろしいところに出食わせちゃったね」

 すまなそうにしながら、沙織と牧に広樹が言った。牧は首を振る。

「いえ、ごめんなさい。こんなことになると思わなくて……」

「いいんだよ。強盗とかじゃなくてよかった」

「はい……でも、誰なんですか? あの人、鷹緒さんの知り合いだって……」

 牧が尋ねる。その質問に、広樹は小さく微笑んだ。

「そっか。牧ちゃんは知らなかったね……まあ鷹緒や理恵ちゃんの、モデル時代の仲間みたいなものだよ。でも、あいつは昔からいろいろ事件を起こしててね……みんなそれぞれ確執があるんだ。気にしなくていいよ。今後あいつが来ても、客として扱ってやって。べつに危険なやつではないから」

「はい……」

「はあ……まったく、ハタ迷惑なやつ……」

 広樹が珍しく溜息をついて言った。そこに、電話を終えた鷹緒が、目の前の広樹を見つめる。

 そんな鷹緒に、広樹が口を開く。

「……おまえも、事務所で手を出すなよ」

「……仕方ないだろ」

 苛立った様子のまま、鷹緒が答えた。

「まあ、仕方ないけどね……」

 広樹の言葉を聞きながら、鷹緒は煙草を咥える。

「……沙織。もうちょっと待ってて。すぐ終わるから」

「う、うん……」

 鷹緒の言葉に、沙織は頷いた。

 今度は広樹が牧に声をかける。

「ああ、牧ちゃん。遅くまでごめんね……もう大丈夫だから、帰っていいよ」

「はい……じゃあ、失礼します」

 突然の修羅場に、牧もまだショックを隠しきれない様子で、静かに事務所を後にした。

「……じゃあ、軽くやっちゃおうか」

 頭を切り替えるように、ハキハキと広樹が言った。鷹緒は無言でノートを開く。

 そのまま軽い打ち合わせが、二人の間で行われた。沙織は話に入れないので、ベランダから外を眺める。

 あんな鷹緒は見たことがない。怖いと同時に、何があったのかと考えずにはいられなかった。

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