05:仕事のあと
「お、噂をすれば、鷹緒からだ。もしもーし」
広樹が電話に出る。
「今、いつもんとこ。じゃあな」
広樹はそれだけを言うと、電話を切った。スタッフたちは、苦笑いしている。
「簡単な電話っすね」
「どこにいるかってさ。すぐ来るよ」
しばらくすると、鷹緒がやってきた。しかしその隣には、二人組の少女が引っついている。
「あれ? モデルちゃんたちじゃないの」
広樹が言った。少女たちは、広樹の事務所の専属モデルであった。鷹緒が頷きながら口を開く。
「そこで会ったんだ。食事するって言ったら、どうしてもってさ」
「でも、ここじゃ三人は座れないな……」
「いいですよ、こっちで。諸星さん、こっちでいいでしょ?」
少女たちに引っ張られ、鷹緒は広樹たちの隣のテーブルへと席に着いた。
「いいなあ鷹緒さん。両手に花で、モテモテじゃないっすか」
スタッフの一人が言った。その言葉に、鷹緒が苦笑する。
「俺はロリじゃねえよ」
「ひどい。うちら、もう十八だもん。今年の春から大学生」
鷹緒の言葉に、少女たちが反論して言う。
「へえ、もうそんな年か。うちに来たときは、まだ中坊だったよな?」
「そうそう! 髪も黒かったし、短かった!」
少女たちはテンションを上げながら、鷹緒と話を膨らませていた。
しばらくして――。
「ごちそうさまでした!」
少女たちの言葉に、鷹緒が笑う。
「ちゃっかりしてんなあ」
「えへへ。だって、おごりでしょ?」
「社長のおごりだよ。ごちそうさま」
鷹緒が、広樹に振り向いて言う。
「へいへい。モデルちゃんは、うちの宝よ」
そう言いながら、広樹は会計を済ませていた。一同も店を出る。
「鷹緒。そっちはもう、終わったんだよな?」
広樹の言葉に、鷹緒は軽く頷く。
「だいたいな。これから事務所で仕上げにかかるよ」
「オーケー。じゃ、スタッフはここで解散でいいです」
「はい、お疲れさまでした」
そう言うと、スタッフとモデルたちは去っていった。しかし沙織はどうしていいのかわからず、その場に立ち止まっている。
「沙織? おまえももういいぞ」
そんな沙織に、鷹緒が言った。
「あ、うん。じゃあ、明日は……」
「明日も九時に事務所」
「わかりました。じゃあ……お疲れさまです」
「ああ」
沙織はそこから去っていった。みんな優しかったが、淡々とした雰囲気が馴染みづらかった。
鷹緒は広樹とともに、事務所へと戻っていく。
「鷹緒。沙織ちゃんのバイト代だけど、手渡しでいいのかな?」
信号待ちをしながら、広樹が鷹緒に尋ねた。
「ああ……聞いてないけど、いいんじゃない?」
「おまえなあ……」
「あいつ、どう? 使えた?」
鷹緒の言葉に、広樹が呆れたように返す。
「おまえの下で働かせてんだろ?」
「俺の下の下だもん。下っ端の働きぶりなんて、見てねえよ」
その時、信号が青になったので、二人は歩きながら話し続ける。
「スタッフの間では、評判よかったよ。まだ何やればいいのかわからないだろうけど、気働き出来るし、使えるよ。それよりあの子、可愛いじゃない。目はパッチリで髪もふわふわ、しかも現役女子高生。モデルでいけるんじゃない?」
広樹の言葉に、鷹緒は静かに笑い、煙草に火をつけた。
「あーんな丸っこいのが、モデルなんて出来るわけねえだろ」
「丸っこいったって、太ってるわけじゃないだろ。顔は可愛いし、今は読者モデルの時代なんだぜ? 絶対、人気出ると思うんだけどな……」
「社長の勘か? 俺はややこしいのが嫌なんだ。あいつの母親には、変なことには使うなって念を押されてるし」
それを聞いて、広樹は吹き出すように笑う。
「変なことって……AVとでも勘違いされてんのかな?」
「ハハ。とにかく、俺からは口説けないぞ」
「わかったよ。それは僕がやる」
広樹がそう言う。二人は事務所へと戻っていった。
次の日。沙織は寝坊をしてしまい、走って事務所へと向かった。
「あ、沙織ちゃん」
受付の牧が声をかける。
「ご、ごめんなさい! 寝坊しちゃって……」
「いいわよ。それより、さっきスタッフ出ちゃったのよ。昨日のスタジオなんだけど、場所わかる?」
牧の言葉に、沙織は息を切らせながら頷く。
「はい、わかります」
「じゃあ、そっちに行ってみてくれる?」
「わかりました。ありがとうございます」
沙織はそう言うと、スタジオへと走っていった。
スタジオに着くと、すでにスタッフたちが撮影の準備をしている。
「おはようございます。ごめんなさい! 遅くなっちゃって……」
「ハハハ、まだ大丈夫だよ。寝坊?」
スタッフたちが言う。沙織は申し訳なさそうに頭を下げた。
「はい……ごめんなさい!」
「大丈夫、大丈夫。それより、そこの機材、全部出してくれる?」
「わかりました」
沙織はそう言いながら、辺りを見回した。
「鷹緒さんなら、ちょっと遅れて来るってさ。寝坊だって」
沙織に気付いて、スタッフが言った。
「アハハハ。さすが、親戚!」
他のスタッフが、笑ってそう言った。沙織は少し恥ずかしくなったが、明るい雰囲気につられて笑う。
その時、数人の青年がスタジオへと入ってきた。沙織の目に飛び込んできたのは、大晦日に見に行った、人気歌手のBBであった。
「BBだ!」
思わず沙織が叫んだ。