48:娘
「諸星さん!」
「ああ。可愛いじゃん」
衣装のままの恵美を見て、鷹緒がさらりとそう言った。
「ありがとう。あのね……」
恵美はそう言って、両手を鷹緒の耳にあてる。
「あのね、この間はママを助けに来てくれてありがとう」
小声で恵美が言った。そんな恵美に、鷹緒は微笑む。
「いいよ。困った時はお互いさまだからな。もうすぐ始まるから、休んでおけよ」
「うん!」
嬉しそうに、恵美は去っていった。
「相変わらずですね」
小さく苦笑して、俊二が鷹緒を見た。
「何が?」
「いえ……」
押し黙った俊二を尻目に、鷹緒は恵美を見て微笑む。
親子関係であろうとも、職場ではそれを表に出してはならない。それが昔からの互いのルールで、恵美も職場では、鷹緒を父として見てはいなかった。それは私情を挟んではいけない場所もあるが、鷹緒が結婚していたことも、娘がいることも、ほとんど知られていないからであった。
「諸星さん、お願いします」
「はい」
スタッフの言葉に、鷹緒が立ち上がる。撮影はそのまま続行された。
「沙織ちゃん」
しばらくして、壁際で撮影の様子を見つめる沙織に声をかけたのは、理恵であった。
「理恵さん」
「どうしたの? こんなところに……」
少し驚いた様子で、理恵が尋ねる。
「いえ……鷹緒さんが、撮影現場に慣れておいた方がいいからって……」
「そっか。ごめんね、私が連れて来てあげられなくて……」
「いいえ。理恵さんは、今までどうしてたんですか?」
「他のつき添いのお母さんたちと話してたの」
二人は、慣れた様子でポーズをとる恵美を見つめる。
「すごいですね。あんなに小さいのに、いろんなポーズ取って……」
沙織が静かに言った。
「慣れよ。赤ちゃんの頃からモデルやらせてたから。楽しいみたいだしね」
「でも、すごいですね。鷹緒さんにも、ちゃんとカメラマンとして接してて……」
「……昔に決めた、決まりごとだから。それより、どう? 撮影現場は」
「うーん。やっぱり、慣れるには時間がかかりそうです。やっぱりまだちょっと、恥ずかしいかな……」
素直に沙織がそう言った。理恵は優しく微笑む。
「そう? でも、きっとすぐにわかるわよ。気持ち良いんだから」
「あはは。理恵さんは、前にモデルやってたんですよね。どうしてですか?」
「私はモデルとしては背が小さい方だけど、一般的には高くてね……それがコンプレックスだったんだけど、それを克服するには、バレーボールの選手かモデルかって思ってね。たまたま友達に勧められたのもあって、オーディション受けてこの世界に入ったの。最初は私も恥ずかしかったけど、だんだん人に見られるのが楽しくなったのよ。雑誌に出たら、反響もあったし」
「へえ。そうなんですか」
「まあ、慣れることよ」
理恵がそう言うと同時に、撮影が終わった。
「ママ」
そこに、恵美が駆け寄ってくる。
「お疲れさま」
「ママもお疲れさま……このお姉ちゃんは?」
恵美が沙織を見て尋ねた。
「諸星さんの親戚の、小澤沙織ちゃんよ。今度のシンコンに出るの」
理恵がそう説明をする。それを聞いて、恵美の顔が輝く。
「諸星さんの親戚なの? シンコンに出るの? すごい!」
「それより、恵美。ご挨拶は?」
理恵に促され、恵美がハッとしてお辞儀をした。
「石川恵美です。よろしくお願いします」
「小澤沙織です。こちらこそ、よろしくお願いします」
突然、改まって挨拶をした恵美に、沙織も挨拶をした。そして二人は、顔を見合わせて笑う。
「沙織。帰るぞ」
そこへ、鷹緒が声をかけた。恵美は鷹緒を見つめると、表情を変えて口を開く。
「……諸星さん、沙織ちゃんと一緒に帰るの?」
「ああ。俊二も一緒だけどな」
「……」
突然、恵美が押し黙った。
「……今度、新しくなった事務所来いよな」
恵美の寂しさを察して、鷹緒がそう言った。途端に、恵美の顔は元通り明るくなる。
「本当? 行ってもいいの?」
「もちろん」
「うん、行く!」
嬉しそうに恵美が言ったので、一同も微笑んだ。
「じゃあ、私たちもそろそろ……お疲れさまでした」
理恵はそう言って、恵美を連れて去っていく。鷹緒たちも荷物を持って、俊二が乗ってきた鷹緒の車へと乗り込み、事務所へと戻っていった。
「お疲れ」
三人が事務所に戻ると、広樹が出迎えた。
「なんだ、ヒロ。一人か?」
鷹緒はそう聞きながら、返事も聞かずに奥へと入っていった。
「ああ、一人で残業だよ。沙織ちゃんも一緒だったんだ?」
「はい。撮影現場に慣れようと……」
沙織が答える。広樹は頷くと、話題を変えた。
「そっか。あと、夏休みの宿泊場所の件だけど……」
広樹がそんな話を持ち出す。沙織の家から事務所までは少し遠く、学校帰りに片手間で寄ることは苦にならなくても、毎日わざわざ出向くには少し遠いのである。
通えない距離ではないので、沙織はすまなそうに口を開く。
「はい……すみません」
「いやいや、いいんだよ。確かに少し遠いもんね。理恵ちゃんも気にしてたし。でも場所とか、どこか希望はあるのかな。ビジネスホテルとかでもいいの?」
「はい。近くで寝られればどこでも……」
その時、カメラをいじりながら話を聞いていた俊二が首を傾げた。
「ホテルなんかより、うちのスタジオでいいんじゃないですか?」
「スタジオって……あの半地下のか? 殺風景で、女の子の暮らす場所じゃないだろう」
俊二の言葉に、広樹が言う。
「違いますよ。マンションの方。鷹緒さんの部屋と繋がってる……あそこ、今の時期はほとんど使ってないし、使うにしても控え室も別にあるんですし、他の道具や撮影に支障はないんじゃないですか? ねえ、鷹緒さん」
奥から出てきた鷹緒に、俊二が話を振った。
「なに? 何の話?」
話が掴めず、鷹緒が尋ねる。
「沙織ちゃんの宿泊場所ですよ。マンションのスタジオじゃ駄目ですか?」
「って、俺のマンション?」