46:書類審査
数週間後。沙織が事務所に出向くと、理恵が駆け寄った。
「沙織ちゃん!」
「理恵さん……?」
理恵の勢いに、沙織が怪訝な顔をする。あれからレッスンは続けているものの、鷹緒には二、三度顔を見た程度で、会う機会がない。
「沙織ちゃん、まずは第一関門突破よ。シンコンの書類審査に通ったの!」
理恵が嬉しそうにそう言った。そんな理恵に、沙織も笑顔で驚く。
「え、本当ですか!」
「うん。まあ大丈夫だとは思ったけれど、書類審査でかなり落とされるから……でも、これでひと安心ね」
「よかった……あとはどんな審査があるんですか?」
「二次審査はスタジオで、面接と特技披露ってところね」
「特技?」
「大丈夫よ、難しいことはないから。一発芸でも歌でも踊りでも、なんでもオーケー。一応ボイストレーニングも受けてるんだし、一緒に考えようね」
不安げな様子の沙織を元気づけるかのように、優しい笑顔で理恵が言う。
「はい……」
「三次審査はカメラテスト。そこからシンコン指定の雑誌数社と企業への貼り出しで、一般投票が行われるわ。あとは最終テスト。会場で審査員を前にもう一度特技を披露したり、いくつか衣装を替えて決めるのよ」
「なんか、すごそう……」
圧倒されるように、沙織が言った。
「狭き門なのは確かだけれど、事務所のバックアップもあるわけだし、あなたはもう他社の読者モデルで少しは人気を得ているわけだし、三次まで通れば可能性がないわけじゃないわ。私もしっかりサポートするから、最後まで全力で頑張りましょうね」
そう言った理恵の笑顔が、凛々しく見える。沙織は複雑な心境ながらも、微笑んで頷いた。
「はい」
「ああ、それから、鷹緒さんに聞いたんだけど……」
理恵の言葉に、沙織は一瞬硬直し、理恵の次の言葉を待った。
「沙織ちゃん、自宅から事務所まで来るの、少し大変なんですって?」
「あ、はい……大した距離ではないですけど、少しだけ」
沙織は素直に答えた。先日、鷹緒に言ったことが、理恵に伝わっていることが少し悲しく思う。
「ううん、私も前から思ってたのよ。夏休みに入ったら、毎日のように来てもらわなくちゃならないでしょう? ただでさえハードスケジュールなのに、移動だけで疲れちゃうんじゃないかと心配してたの。それで昨日、社長とも話したんだけど、夏休みの間は沙織ちゃんが泊まれるように、近くに部屋を取ろうかって……」
理恵の言葉に、沙織は驚いた。
「それは嬉しいですけど、いいんですか? わざわざそんな……」
「もちろんよ。移動で疲れさせるなんて可哀想なこと出来ないわ。そのくらいは事務所でやるから心配しないで。近々部屋を探すから、お母様にも先に伝えておいてくれる? 正式に場所が決まったら、事務所からも伝えるから」
「わかりました。ありがとうございます」
会釈をしながら沙織が言った。すでに移動が辛く感じていたため、近くに泊まれるのは願ってもないことだ。
「じゃあ、今日はもういいから。私、今日は娘の撮影につき合わなくちゃならなくて、もう行かなきゃならないんだ。今度は週末ね」
「はい。お疲れさまです」
沙織に見送られ、理恵が出ていった。それと入れ替わりに、鷹緒が帰ってくる。
「おう、沙織。来てたのか」
鷹緒が声をかける。ちゃんと話すのは、先日の宣材写真撮影の時以来だ。
「う、うん……今、理恵さん出ていったよ」
「ああ、会ったよ……牧!」
そう言いながら、鷹緒は忙しく牧の机へと向かっていく。
「おかえりなさい、鷹緒さん」
牧が言う。
「ああ。それより、俊二の棚ってどこだっけ?」
「真ん中の段の、右から五番目ですよ。名札貼ってあります。どうかしたんですか?」
「あいつ、俺のカメラ持って先に出たくせに、自分のカメラ忘れたんだって。ったく、抜けてんだから……」
そう言いながら、鷹緒は壁に備えつけられた、扉付きの棚を開ける。
「きっと鷹緒さんのカメラを忘れちゃいけないって思って、必死だったんですよ。今日、ラムラブの撮影でしたよね?」
「ああ」
「え? 鷹緒さん、ラムラブのカメラマンもやってるの?」
話を聞いていた沙織が、突然、話に入ってきた。そんな沙織に、鷹緒が口を開く。
「いや、たまにお呼ばれするんだよ。あそこ、専属カメラマンはいないに等しいから」
「ふうん……」
月刊ラムラブとは子供服雑誌であり、鷹緒と理恵の娘・恵美が、専属モデルとして起用されている。今日は必然的に親子三人が揃うのだと、沙織は気付いていた。
「なに、おまえ暇なの?」
沙織に向かって、鷹緒が尋ねる。
「え、暇っていうか……」
「暇なら一緒に来るか?」
「え!」
別れた親子三人が顔を合わせるはずだという場に、さらりと誘われたので、沙織は驚いていた。