44:二人きりの撮影
しばらくして、衣装に着替えた沙織は、鷹緒の待つリビングへと向かっていった。
すると、リビングはすでにちょっとした機材が揃えられ、きちんとしたスタジオのようになっている。鷹緒は待ちくたびれたように、ベランダで外の写真を撮っていた。
「ごめんなさい。遅くなって……」
沙織が声をかける。
「ああ……本当だよ。着替えに何分かかってんだ。そんなんじゃ、モデルにはなれないぞ」
「はーい。ごめんなさい」
沙織は素直に謝った。初めて着る服と、抜かりない着こなしをするために、着替えに時間がかかっていたのは、自分でもわかっている。
「メイク出来る?」
「習ってる最中……」
「……じゃあ、そこ座って」
指示通りに、沙織は椅子に座る。鷹緒はその前に座ると、メイク道具を構えた。
「え、鷹緒さんがメイクするの?」
「なんだ、不満か?」
「う、ううん……」
至近距離の鷹緒に、沙織は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。鷹緒は構わず、器用にメイクを進めていく。
「……た、鷹緒さん、メイクも出来るんだね」
「んー、まあ仕事柄、こうして人にメイクすることもあるし、昔は自分もやってたわけだからな……」
「うん。モデル時代の鷹緒さん、前に写真で見せてもらった。すごくカッコよかったよ」
「なに、今は?」
「今……も……」
沙織の言葉に、鷹緒は静かに微笑んだ。
「お世辞はいらないけどな」
鷹緒は苦笑して立ち上がると、カメラを持った。
「じゃあ、そこに立って」
「もう撮るの?」
「当たり前だろ。じっとして」
鷹緒はカメラのファインダーを覗く。鷹緒の目が急に真剣になったので、沙織は緊張で動けなくなる。
「沙織。もっとリラックスしろよ」
あまりに硬くなった沙織に、鷹緒が言った。
「そ、そんなこと言ったって……」
「練習の成果が出てねえなあ……理恵は何を教えてんだよ」
鷹緒が理恵の名前を出したので、沙織は少し悲しくなった。鷹緒は構わず、そばにあった椅子を沙織の横に置く。
「じゃあ、それに座って」
言われるままに沙織が座る。鷹緒がシャッターを切り始めるものの、沙織の表情はまだ強張っている。
「……沙織。そんなんじゃ、いい写真なんて撮れるわけないだろ。書類で落とされるぞ」
「だって……」
困った様子の沙織に、鷹緒が軽く溜息をついた。そして静かに微笑み、口を開く。
「……じゃあ、想像してみて。この一枚の写真で、審査員からプロダクションまで、多くの人が見るんだ。よければ仕事もたくさん来るわけ。コンテストに限らずな」
話しをしながら、鷹緒はシャッターを切っていく。
「ちなみに、俺に撮ってもらいたい芸能人はたくさんいるんだ。おまえは恵まれてんだから、さっさと慣れてその気になった方が得だぞ? 俺は見た人が一瞬にしておまえに惚れる写真を撮ってやりたいんだよ」
「……余計、緊張しちゃうよ……」
沙織の言葉に、鷹緒は苦笑する。
「……じゃあ、その写真がおまえの好きな人も見るって想像してみたら? 彼氏とは別れたみたいだけど、その後どうなんだよ」
「え……」
「今は好きなやついないの?」
鷹緒のその言葉に、沙織は赤くなった。
(目の前にいるよ……!)