43:スタジオへ
「どうしたの?」
「鷹緒さん。どこか行くの?」
「ああ、スタジオ行くけど……おまえも来る?」
思わず尋ねた沙織に、鷹緒が言う。
「う、ううん」
「なんで?」
「だって……理恵さんもいないし、ちょっと急用を思い出して……」
もちろん沙織に急用などなかったが、鷹緒と理恵のことを考えると居たたまれない気持ちになり、この場から逃げたくなる。
そんな沙織の気持ちも知らず、鷹緒はいつも通り口を開く。
「急用ってなんだよ。モデルの勉強より大切なこと?」
沙織は俯いた。そんな沙織を前に、鷹緒は言葉を続ける。
「理恵がいないからって何もしなきゃ、なんにもならないだろ。ほら行くぞ」
「なによ。命令ばっかり……」
ふて腐れるように、沙織は口を尖らす。悔しさと悲しさで、涙が出そうになった。
そんな沙織の顔を、鷹緒が静かに微笑んで覗きこむ。
「やりたくないならいいけどね……でも、やるからには頑張るんじゃなかったの?」
目の前の鷹緒の顔を見つめ、沙織は素直に頷いた。
「……うん」
「じゃあ来いよ。ついでに、おまえの宣材写真も撮っちゃおう」
「え! だ、駄目だよ。今日は服だって普段着だし、髪もメイクも気合入れてないもん」
思わず、沙織がそう言った。
「なんだ、そりゃ。いいから来いよ」
「そんな……」
鷹緒は半ば無理矢理に、沙織を連れて事務所を出ていった。
二人はそのまま車で街へと出ていった。沙織は横目に鷹緒を見つめ、口を開く。
「……どこ行くの? スタジオじゃないの?」
「うん。マンションのスタジオで撮ろう」
運転をしながら、鷹緒がそう言った。
鷹緒の言っているマンションのスタジオとは、鷹緒の自宅と連なった部屋のことである。その一室は会社が所有している部屋で、機材も揃い、スタジオとして撮影でよく使われているようだ。
しかし沙織がよく知るスタジオは、会社近くにある地下のスタジオで、マンションのスタジオでの撮影というのは、あまりピンとこない。
「どうして?」
「地下スタジオは、引越しの荷物とか放り込んであって、今はあんまり機材も揃ってないんだ。マンションのスタジオなら、衣装もメイク道具もあるからな……」
鷹緒のその言葉で、沙織は初めて鷹緒の意図を理解した。地下スタジオより、衣装もメイクも充実しているスタジオの方に行こうと言うのだ。鷹緒のさりげない優しさが、沙織の気持ちを高ぶらせる。
「……どう? トレーニングは」
今度は鷹緒が尋ねる。助手席の沙織は、鷹緒の横顔を見つめた。
「う、うん。なんとかやってる……この間はスポーツジムで一日トレーニングしたし、あとは事務所でポーズのとり方とか歩き方とか、いろいろ……」
「へえ。ちゃんとやってんだ」
「まあね……でも学校帰りならいいけど、毎日事務所に行くのは辛いかな。ちょっと家から遠いから……夏休みになったら毎日だし、ちょっと行きにくくなるかも」
沙織が少し、苦笑して言った。
「ああ。そうかもな……」
鷹緒はそう言うと、マンションの駐車場へと入っていった。
鷹緒の自宅マンションに着くと、鷹緒は自宅の部屋の隣にある、スタジオとなる部屋のドアを開けた。そこも沙織が前に来た時よりは、事務所の引越し荷物で溢れている。
「どんな服がいい?」
衣裳部屋で、鷹緒が沙織に尋ねる。
「うん……可愛いやつがいいな」
「最近、流行のはこの辺かな。まあ、おまえの宣材写真なんだから、好きにしろよ。俺はリビングにいるから」
そう言って、鷹緒は沙織に背を向けた。
「そんな。センス疑われちゃったら嫌だよ」
すかさず沙織が引き止める。鷹緒は怪訝な顔で沙織を見つめた。
「おまえ、そんなにセンス悪いの?」
「自信があるほうじゃないけど……」
「ったく……」
鷹緒は衣装の中から数着を選ぶと、壁のフックにかけた。どれも最近の流行ファッションで、個性的でもある。
選ばれた服を見て、思わず沙織が呟く。
「可愛い……」
「ほら、ここまで絞ってやったんだから、あとは好きなの着ろよ」
「じゃあ……これ」
沙織はそう言うと、白を基調としたワンピースを選んだ。そんな沙織に、鷹緒が笑う。
「選ぶと思った」
「え、なんで?」
「だっておまえ、よく白い服着てるし」
「あ、膨張色だから、やめておいたほうがいいかな?」
「真っ白じゃないんだから平気だよ。おまえなら似合うだろうし……じゃあ、顔洗って着替えてこいよ」
鷹緒はそう言って衣裳部屋を出ていった。さりげない鷹緒の台詞が、ますます沙織の気持ちを高ぶらせる。沙織の鷹緒への思いは、どんどん真剣になっているようだった。