42:嫉妬
「理恵が熱出してるから、今日は会社、休ませるから……」
鷹緒のその言葉に、広樹が驚いて口を開く。
「え、理恵ちゃん? なんだよ、おまえ……何かあったのか?」
「何もないよ。ただ昨日、恵美から電話があって、ちょっとな……」
「ちょっとって、おまえ……」
「だから何もないっての。理恵が熱出して倒れたって、恵美が泣いて電話してくるから、様子見に行っただけだよ」
鷹緒と広樹の会話に、沙織は耳を疑った。鷹緒と理恵がプライベートな時間を過ごす姿が、容易に想像出来る。元夫婦だったというその関係がいつ戻ってもおかしくないほど、沙織から見て二人は至近距離にいるように見えた。
「そうか……理恵ちゃん、来られないのか。シンコンについて、いろいろ詰めようと思ってたんだけど。でも、大丈夫なのか?」
「まあ、一日寝てればなんとかなるだろ。病院にも行くって言ってたし……ただの働き過ぎだよ、あいつは。シンコンの詰めなら、俺も出るよ。あいつの代わりに」
鷹緒はそう言うと冷蔵庫へと向かい、缶コーヒーを取り出した。沙織はそんな鷹緒を見つめている。
そんな沙織の視線に気付いて、鷹緒は沙織に近付いた。
「悪かったな。昨日の打ち上げ、ドタキャンして……でも、ずいぶん楽しめたみたいじゃん。どうだった? BBの打ち上げは」
「あ、うん。すごく楽しかったって、今もヒロさんに自慢してたところ……鷹緒さん、理恵さんの看病に行ってたんだ……」
無理に笑いながら、沙織が言った。心の中は悲しくて不安でたまらない。
「おはようございます。あれ、どうしたんですか? 鷹緒さん、早いですね」
その時、出勤してきた牧が言った。鷹緒は苦笑しながらソファに座り、缶コーヒーに口をつける。
「なんだ? みんなして、俺が早く出勤したらおかしいのか?」
「あはは。おまえは遅刻魔だからな」
遠くから広樹が言う。
「俺はカメラマンなんだよ。仕事先ならともかく、なんで事務員でもないのに定時に出勤しなくちゃならないんだよ」
「あら。事務員じゃなくても、社員じゃないですか。カメラマンでも定時に出勤してもらわないと」
鷹緒の言葉に、牧が言った。
「嫌なこった」
「あ、鷹緒さん。これ見ました?」
突然、牧が思い出したように、子供雑誌を差し出した。
「なに?」
「今月号のラムラブですよ。ほら、鷹緒さんの娘さん、載ってますよ」
表紙には、一人で大きく、恵美の姿が映っている。
「ああ。ラムラブの専属モデルだからな、あいつは……」
鷹緒は一瞬優しい顔をして、雑誌を見つめた。そんな様子を見つけて、広樹が苦笑して口を開く。
「牧ちゃん、あんまり鷹緒をいじめないでやってよ。ここじゃ、その話はタブーでしょ」
「うふふ、いじめてなんかないですよ。それにここにはまだ、事情を知ってる人しかいないじゃないですか。鷹緒さんだって、娘さんの最新情報は知っておきたいですよね?」
「この程度の情報なら、俺でも知ってるよ」
牧の言葉を受け、鷹緒は雑誌をテーブルに置くと、自分のデスクへと向かっていった。
「これが、鷹緒さんの娘……」
テーブルの上に置かれた雑誌を取って、沙織がそう言った。その様子に、牧が口を開く。
「沙織ちゃん、知らなかったの?」
「え、いえ。子供がいることは知ってましたけど……」
「そう。可愛いわよね、本当にお人形さんって感じで。目元とか、理恵さんそっくりでしょ? 赤ちゃんの頃からモデルやってて、今じゃその年でベテランの域だからね」
牧はそう言うと、受付へと座った。
沙織は雑誌をペラペラとめくりながら、遠くで支度をしている鷹緒を見つめる。沙織の知らない鷹緒がいる。当たり前のことでも、沙織は苦しくなっていた。
「あ……私、今日は帰ります」
突然、沙織が言った。近くにいた牧が、驚いて振り向く。
「え、どうしたの? 具合でも悪いの?」
「いえ、ちょっと。急用を思い出して……それに、理恵さんも今日は休みみたいですし……」
「どうしたの?」
そこに割って入ってきたのは、支度を終えて出かけようとしている鷹緒だった。