41:久しぶりの家族
次の日。
「鷹緒……」
鷹緒が目を覚ますと、理恵が鷹緒を見つめていた。
「ん……なんだ。もう起きて平気なのか?」
眠い目を擦りながら、鷹緒が尋ねる。
「うん、ごめんね。こんなところで寝かせちゃって……布団、出せばよかったのに」
「んー、面倒臭くて……」
鷹緒はそう言うと、理恵の額に手を当てた。
「まだ熱っぽいな。今日は病院行って、事務所は休めよ」
「駄目よ。今日はシンコンの会議があるのよ」
立ち上がる鷹緒の背中に、理恵が言う。
「事務所内でだろ? んなもん、おまえがいなくても進められる。代わりに俺が出てもいいし……いいから今日は休めよ」
「……うん。ごめん」
いつも毅然としている理恵だが、いつになく弱い一面を見せていた。鷹緒がそんな理恵を見るのは、もちろん初めてではない。
「何か食う?」
冷蔵庫を覗く鷹緒に、理恵が微笑む。
「ふふ……鷹緒が何か作ってくれるの?」
「おまえ、馬鹿にしてんだろ。俺だって、おかゆくらいは作れるぞ」
「そう? でも鷹緒、基本的に料理は駄目じゃない。それとも、離婚してから少しは上達したの?」
「まあな……」
結婚していた二人だからこそ、出来る会話であった。
「私は平気。熱も大分下がってきたから、自分で作れるわ。それより、恵美を保育園のバスに乗せてくれる?」
「ああ、いいよ。ここまで来るんだっけ?」
「うん。マンションの下まで来るから」
「わかった」
そこに、恵美が起きてきた。
「ママ! もういいの?」
理恵に駆け寄り、尋ねる。
「うん。もう大分いいみたい。でも、まだ少しだけ熱があるみたいだから、今日は病院行って、家で休むね」
恵美の頭を撫でながら、理恵がそう言った。そんな理恵に、恵美は笑顔で口を開く。
「本当? じゃあママ、今日は家にいるんだ。早く治してね」
「ありがとう、恵美」
「パン食べるけど、ママは?」
「ママは後でおかゆ作るから。それより、パパにも食パン焼いてあげて」
「はーい」
手馴れた様子で、恵美が食パンを焼く。着実に朝食メニューが乗ったテーブルを前に、恵美がニコニコと、鷹緒と理恵を見つめた。
「なんだよ、恵美。やけに機嫌がいいじゃん」
パンをかじりながら、鷹緒が言う。
「だって久しぶりなんだもん。パパとママが並んでるの。いつもパパは、恵美としか会わないでしょ? パパとママが同じ仕事場になったって聞いても、恵美はまだ行ったことないし……」
恵美の言葉に、鷹緒と理恵は互いを見合わせて苦笑した。鷹緒と理恵は、最近までほとんど会っていなかったが、鷹緒と恵美は一ヶ月に一度、会うか会わないかの割合で、たまに会っていたのだった。三人で食事をするのは、以前仕事でかち合った時になりゆきで食事して以来、実に二年ぶりである。
「久しぶりったって、恵美と会うのも久しぶりだしな」
「うん。この間会ったのは、ラムラブの撮影の時だね」
鷹緒の言葉に、恵美が頷いて言う。
ラムラブとは、子供ファッション誌である。恵美は赤ん坊の頃から子供モデルをしていて、鷹緒とも時々、仕事でかち合う時もあるのだ。
会う度に大人になっている恵美に、鷹緒は思わず吹き出した。
「なんか、だんだんおまえに似てくるなあ」
笑いを堪え切れないまま、鷹緒が理恵にそう言った。まるで恵美は、理恵のミニチュア版のようによく似ていて、しっかりしている。
「まあね。女は強いのよ」
「そうだな……じゃあ、そろそろ支度しろよ、恵美。遅れるぞ」
「あ、待って、待って」
恵美はすぐに支度を整える。
「鷹緒……本当にありがとうね」
コーヒーを飲んでいる鷹緒に、改めて理恵がそう言った。
「もういいって。やめろよ……じゃあ、あいつをバスまで送ったら、そのまま俺も事務所行くから。ヒロには俺から言っておく。おまえもちゃんと、病院行けよ。送ろうか?」
いつになく優しい口調で、鷹緒が言う。
「ううん、平気……病院、すぐそこだし」
「そうか」
「パパ、支度出来たよ! 可愛い?」
お気に入りの服を見せびらかせながら、恵美が言った。
「ああ、可愛いよ。じゃあ行くか」
鷹緒はそう言って、立ち上がる。
「はーい。ママ、大人しく寝ててね」
「ありがとう。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
恵美は嬉しそうに、鷹緒と手を繋いで部屋を出ていった。久々の家族の一時であった。
恵美を保育園のバスに乗せると、そのまま鷹緒は事務所へと向かっていった。
「鷹緒さん!」
事務所に着くなり声をかけたのは、沙織である。まだ事務所も開いたばかりの時間なので、ほとんど人もいない。
「沙織? なんだよ、こんな早くに……」
鷹緒が驚いて言う。
「日曜だもん。レッスン、レッスン」
「モデルのか。関心、関心」
「なんだ、鷹緒。珍しく早いな」
その時、奥から出てきた広樹が言った。
「まあな。ああ……理恵が熱出してるから、今日は会社、休ませるから……」
その言葉に、広樹と沙織は一瞬動きを止めた。