40:電話の相手
「パパ!」
「よう。久しぶりだな」
鷹緒はいつになく優しい笑顔でその子を見つめ、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「どうぞ」
そう言って、女の子は鷹緒を部屋に上げた。
女の子の名前は、石川恵美。現在六歳の、鷹緒と理恵の娘であった。
「それで、理恵は?」
「お部屋にいるの」
鷹緒は寝室のドアを開けた。ベッドには理恵が眠っている。
「ママね、帰ってからすごく辛そうにしてて、お熱があるの。お薬飲むから大丈夫って言ってたんだけど、お薬なくて、寝てれば治るって言って……」
懸命に恵美が説明をする。恵美は、理恵のいつもと違う様子に戸惑い、鷹緒に電話をして呼び出したのであった。
「……恵美。起こして薬飲ませるから、コップに水汲んできて」
「うん」
鷹緒の言葉に、恵美はキッチンへと向かっていく。鷹緒は寝ている理恵に、そっと声をかけた。
「理恵……」
その声に、理恵はゆっくりと目を覚ました。
「……鷹緒?」
「ああ……」
「なに? どうしたの……」
驚いて起き上がりながら、理恵が尋ねる。
「恵美から電話が来た。おまえが倒れたから、どうしようってね」
「ああ……ごめんね、鷹緒……」
辛そうに俯き、理恵が言う。
「おまえ最近、無理し過ぎなんだよ」
「わかってる。本当、ごめん……」
「いいから。薬買ってきたから、飲めよ」
そこに、恵美が水を持ってやってきた。
「パパ、お水」
「サンキュー」
鷹緒が水を受け取る。
「ママ、起きたの? 大丈夫?」
心配そうに、恵美が理恵を見つめる。
「うん、大丈夫。ごめんね、恵美。心配かけて……このところ、ろくに話も出来てないのに。ごめんね」
「平気。でも、早く治してね」
「うん。ごめんね……」
理恵は何度も謝ると、鷹緒に促されて薬を飲んだ。
「鷹緒。ごめんね……」
「もういいから、寝ろよ。今日はここにいるから……恵美のことは心配するな」
「うん……」
そのまま理恵は、すうっと眠りについた。
そこで鷹緒と恵美は、ゆっくりと理恵の寝室を出ていった。
「パパ、ありがとう」
恵美が笑ってそう言った。そんな恵美の笑顔につられるように、鷹緒も優しく微笑む。
「いいよ。それより、おまえは御飯食べたのか?」
「うん。七時までは、ベビーシッターさんがいるの」
「そうか。じゃあ風呂は?」
「まだ。パパ、一緒に入ってくれる?」
「ああ、いいよ」
恵美は嬉しそうにそう言って、風呂場へと駆けていった。母子二人の生活で、恵美は着実に大人びている。
それから鷹緒は恵美とともに風呂へ入り、久々の父子の一時に、鷹緒は過去の結婚生活を思い出していた。
数時間後。理恵のマンションで、恵美を寝かしつけた鷹緒が、リビングのソファに座っていた。結婚生活の様々なことが思い出される。
その時、携帯電話が鳴った。
「はい」
『沙織です! 今、大丈夫ですか?』
電話に出た鷹緒に、興奮気味な沙織の声が聞こえる。
「ああ。その様子じゃ、楽しめたみたいだな」
『うん、もう夢みたい! ありがとう、鷹緒さん』
沙織の様子に、鷹緒は思わず微笑んだ。
「いや。で、そっちは終わったの?」
『うん。今、家に帰ったところ。二次会まで行けなかったのが残念。それより、急用ってなんだったの? BBのみなさんも、すごく残念がってたよ』
沙織の言葉に、鷹緒は少し考えて言った。
「うん……まあ仕事関係だよ。じゃあ、早く寝ろよ」
『うん、おやすみ。今日はありがとう』
沙織の言葉に、鷹緒は優しく微笑み、電話を切った。
「だいぶ楽しめたみたいだな……」
鷹緒はそう言うと、ソファに寝そべった。