39:キャンセル
「ああ。それより、これから打ち上げがあるらしいんだけど、おまえも来るか?」
「え!」
鷹緒の言葉に、沙織は目を丸くする。
「近くのスタジオスペースで、軽くやるだけみたいだけど」
「行く行く。もちろん行く!」
「オーケー。じゃあ……」
その時、鷹緒の携帯電話が鳴った。
「ああ、悪い……」
鷹緒は車に寄りかかって、電話に出た。
「はい。ああ……どうした?」
沙織はそんな鷹緒を見ながら、車から出た。楽屋口は孤立しているのでファンの子はいないが、スタッフたちが忙しく搬出をしている。
「……誰かいないのか?」
少し深刻と見られる鷹緒の電話に、沙織は写真集を眺めながら時間を潰す。
「わかった。じゃあ今から行くから……ここからなら、そんなに時間もかからないはずだから……ああ、わかった」
鷹緒は電話を切った。
「沙織、ごめん。俺、急用が入って……」
「えー」
不満気だが切実な目で、沙織が鷹緒を見つめる。鷹緒もいつになく困った様子だ。
「悪い……よければ一人で行けよ。話はしておくから」
「やだよ。鷹緒さんがいないなら……」
沙織が正直に言った。いくら好きな歌手と一緒に居られても、誰も知らないところへ一人で入るのには勇気がいる。
「……じゃあ、帰るか?」
「んー……」
残念そうに、沙織が俯く。
「あれ、まだ行ってなかったんですか?」
その時、BBのメンバーであるアキラが声をかけた。
「ああ。悪いんだけど俺、急用が入って……」
すまなそうに、鷹緒が言う。
「ええ、そんな……」
「悪いけど……」
「どうしたの?」
そこへ残りのBBメンバーが全員出てきた。
「諸星さん。今日はありがとうございました」
「いい写真、たくさん撮ってくれました?」
リュウとセンジが言う。
「うん。それはバッチリ。でも悪いんだけど、急用入っちゃって、打ち上げには出られそうにないんだ……」
鷹緒の言葉に、一同が残念がった。
「そうですか。ゆっくり話がしたかったんですけど……」
「本当にごめんな……」
鷹緒の言葉に、ユウが沙織を見つめる。
「まあ、仕方ないですよ。後日また集まる機会もありますし……沙織ちゃんも一緒に帰るの? 同じ用事?」
ユウが尋ねる。
「あ、いえ……」
「そうなんだ。もしよければ、沙織ちゃんだけでも来ない? ファンの意見を間近で聞けるチャンスだし、もちろん帰りはタクシーなりで送り届けるよ」
「で、でも……」
ユウの言葉に、鷹緒が沙織を見つめた。
「行ってきたら?」
「……鷹緒さんは?」
「俺は急用が出来たんだって……願ってもないチャンスじゃん。楽しんでこいよ」
軽く鷹緒がそう言う。
「おい、もう行くよ」
そこへ声をかけたのは、BBのマネージャーである。
「はい。どうする? 沙織ちゃん。やっぱり諸星さんが一緒じゃないと、心細いかな」
ユウがそう言っていると、マネージャーが駆け寄ってきた。
「どうかしたの?」
「ああ、彼、僕らのマネージャー。諸星さんが打ち上げに来られなくなっちゃったんだけど、沙織ちゃんは迷ってるんだ。未成年だし、マネージャーが責任持って面倒見るって約束してやってよ。そうじゃなきゃ沙織ちゃんも来づらいし、諸星さんも不安でしょ」
ユウの言葉に、マネージャーが事態を察して頷く。
「そういうことなら僕は大丈夫ですよ。家まで送り届ければいいんですよね? じゃあ、せっかくなんで一緒に行きましょうよ。バスに乗ってください」
マネージャーの言葉に、沙織は鷹緒を見つめる。
「よかったな、行ってこいよ。終わったら電話しろよ」
沙織の背中を軽く叩き、鷹緒が言う。
「……本当に行っていいの?」
「ああ。でも、ハメは外すなよ」
「外さないよ。じゃあ……行くからね?」
まだ不安げながらも沙織がそう言った。鷹緒がいなくとも、行きたい気持ちが強まっている。
「ああ。楽しんでこいよ」
鷹緒がそう返事をすると、沙織はBBのメンバーに囲まれ、移動用のマイクロバスへと乗り込んでいった。鷹緒はそれを見届けると、車に乗って去っていった。
「諸星さん、急用って、仕事かなあ?」
バスの中で、アキラが言う。
「さあ。案外、彼女のわがままとかじゃないの? あの人、モテるでしょ」
センジが、沙織に言った。沙織は緊張しながら口を開く。
「さ、さあ。彼女とかは聞いたことないですけど……」
「へえ。硬派っぽいもんね、あの人」
「でも、残念だなあ。ゆっくり話したかったのに」
ユウが独り言のように呟いた。
「俺も。あの人の腕、やっぱ並みじゃないよ。さっき軽く撮ったっていうリハの写真見せてもらったけど、超カッコイイんだ! もちろんプロ意識も高いし、初めて撮ってもらった時、すごく気持ちがよくてさあ」
「わかるわかる」
BBのメンバーは全員、鷹緒のカメラマンとしての腕に惚れていた。コンサートが終わったばかりだが疲れた様子もなく、BBのメンバーは気さくに話を盛り上げる。
「沙織ちゃん、そんなに緊張しなくて大丈夫だって。君も正式にモデルになったんでしょ? じゃあ、同じような業界じゃない。俺らのファンってことは嬉しいけどさ」
笑いながら、リュウが沙織にそう言った。沙織は少し慣れてきた様子で、笑顔で応える。
「はい。ありがとうございます」
一行は、打ち上げ会場へと向かっていった。
車を飛ばして鷹緒が向かったのは、都内のとあるマンションだった。鷹緒はそこの一室のインターホンを鳴らす。
「はい」
出てきたのは、小さな女の子であった。
「パパ!」