34:彼のマンションへ
しばらくして。鷹緒の部屋に通された沙織は、改めて部屋を見回しながら口を開く。
「おじゃまします。煙草、買ってきたよ」
「おう、サンキュー」
沙織に煙草代を渡し、鷹緒はキッチンへと向かった。
「この間は、突然行って悪かったな」
鷹緒はそう言って、缶コーヒーを沙織に渡し、ソファに座る。テーブルの上は、書類で散乱している。
「ううん……大変そうだね。仕事」
空いている鷹緒の横に座って、沙織が言った。
鷹緒はテーブルの上の書類を軽く片付けると、口を開く。
「まあな……それで、相談って?」
「モデルの件、まだ迷ってて……やりたい気持ちもあるし、不安な気持ちもあるしで、どうしたらいいかわからなくて……」
目を泳がせながら、正直に沙織が言った。不安が多く、まだ決めかねている。
「……親はなんだって?」
「あんたがやりたいならやれって。うちって、変なところで放任主義的なところがあるから……」
「ふうん。じゃあ、やってみれば?」
軽く鷹緒が言った。
「……そんな軽く言うこと?」
「そんなに重く考えること?」
沙織の言葉に、鷹緒が言う。
「じゃあおまえ、将来の夢とかないの?」
鷹緒の問いかけに、沙織は俯いた。そんな沙織に、鷹緒は言葉を続ける。
「本格的にモデルやりたいっていうなら、最初から無理だって俺は反対するよ。でも、一時限りの読者モデルだろ? オファーはキャンディス一誌だけなんだし。やりたきゃやってみたらいいし、やりたくても今後断られる場合もある。切るか切られるかの世界だ。要は、本人のやる気次第だろ?」
「……私が受けても、無理だって笑わない?」
口をへの字に曲げたまま、沙織は鷹緒を見つめて言った。そんな沙織に、鷹緒は吹き出すように笑う。
「笑わねえよ。おまえ、そんなに自分に自信がないのか?」
「……ない」
「あっそ。ま、無理なら最初から無理だろ。そんなに悩むならやめれば?」
「なによ、その言い方」
「だってそうじゃん」
「……」
沙織は押し黙った。
「……悪かったよ。こっちも強引なところがあったと思う……おまえは学生なんだし、急ぐことないよ。これからは、ヒロにもあまり干渉しないよう言うし……」
沙織を気遣って、鷹緒がそう言った。そんな鷹緒を見つめ、沙織は大きく息を吸い、口を開いた。
「決めた! 私、やる!」
「……なんだよ、急に」
「勢いも大切でしょ。私、やってみるわ……無理なら無理って、言っていいんでしょ? それに、向こうから断られるかもしれないんだし」
勢い余った様子の沙織に、鷹緒は苦笑する。
「まあ、そういうことだな……じゃ、よろしく頼むよ。キャンディスの読者モデルとはいえ、うちのモデルになるわけでしょ」
鷹緒はそう言うと、沙織の腕を軽く叩いた。そんな鷹緒の温もりを感じ、沙織は頬を染める。
「その代わり、鷹緒さんもちゃんとフォローしてくれる? また相談とか乗ってくれる?」
「……いいよ」
沙織の言葉に、鷹緒は小さく微笑むと、飲み干した缶コーヒーをテーブルに置いた。
「でも言っとくけど、読者モデルとはいえ甘い世界じゃないからな」
「……わかってます」
「じゃあ、近いうちに事務所に行ってやって。一応、契約とかあるし、いつからとかも決めなきゃならないだろ? あと、お母さんと一緒のがいいよ」
「わかった」
素直に沙織が頷く。その時、鷹緒の携帯電話が鳴ったので、鷹緒はすぐに電話に出た。
「はい。ああ、うん……わかった。じゃあ、今から行くよ」
鷹緒はそう言うと、電話を切った。
「……急用?」
電話の受け答えを耳にして、沙織が尋ねる。
「悪い。事務所行かなきゃ」
「わかった」
「駅まで送るよ」
「うん……」
二人はマンションを出て、鷹緒の車へと乗り込んだ。