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30:新事務所

「あれ、沙織ちゃん?」

 来客に気付いて、奥から広樹が顔を出した。沙織は驚いて、辺りを見回している。

「ヒロさん。これは……?」

「ああ、引っ越ししたんだ。鷹緒から聞いてない?」

「聞いてません。全然……」

「そう。うち、社員も増やして、本格的に事務所拡大を図ろうと思ってね。よかったら沙織ちゃんも、うちでバイトしてよ。土日だけでもいいからさ」

 広樹の言葉に、沙織は笑う。

「それ、この間、鷹緒さんにも言われましたよ」

「そっか。駄目かな? 事務所が落ち着くまででもいいからさ……」

 拝むようにしている広樹の姿がおかしくて、沙織は苦笑いした。

「いいですよ。私に出来ることなら……暇ですし」

「本当? よかった、ありがとう。まあ僕としては、君にはモデルをしてほしいんだけど……そうだ、君宛のファンレターが、いくつか届いてたと思うよ」

「ファンレター?」

「うん。国民的な雑誌に、あれだけ大々的に載ったからね。反響も大きかったんだ。ごめんね、バタバタしていて、連絡しそこねてたよ。新事務所の方に行っちゃってると思う……」

「えー! ファンレターなんて、どうしよう……」

「あはは。僕はもう少し、こっちで後処理しなきゃならないんだ。新しい事務所は近いから、そっちに行ってみてよ。鷹緒もいると思うから」

 そう言って、広樹は事務所移転のお知らせの紙を、沙織に差し出した。

「あ、いえ。近くまで来たんで、ちょっと顔を出してみただけですから……」

「まあ、いいじゃん。牧ちゃんも、会いたがってたよ」

 忙しそうな時期に行くのは気が引けたが、沙織は頷いた。

「あ……じゃあ、行ってみます」

「うん、また気軽に来てよ。バイトの件も正式に頼みたいし。それは鷹緒と話してくれてもいいし、僕ももうすぐ行くから、そこでもいいよ」

「わかりました」

 沙織はそう言って、地図の示す場所へと向かっていった。


 新しい事務所は、旧事務所から五分くらいのところにあり、七階建てオフィスビルの三階にあった。

 沙織が事務所に入ってみると、そこはまだ騒然としていて、旧事務所の倍以上の広さに見える。

「どちらさまですか?」

 そう言って、奥から女性が出てきた。沙織はその女性に見覚えがあった。いつか写真で見た、鷹緒の別れた妻である。

「あ……」

 思わず沙織は、言葉を失った。

「どうしたの? 何の用かしら?」

「あの……間違えたみたいです。すみません」

 沙織はそう言って、すかさず背を向ける。鷹緒の事務所に、前妻がいるはずがないと思った。

「あら、沙織ちゃんじゃない! 久しぶりね」

 そこに牧が気付いて、沙織に声をかけてきた。

「牧さん……じゃあ、ここが新しい事務所?」

「なんだ。牧ちゃんの知り合いだったの?」

 女性が言う。

「いえ、鷹緒さんの親戚の子なんですよ」

「え? 鷹緒さんの……?」

 女性もまた、沙織を見つめる。そんな沙織は、目を泳がせるばかりだ。

「ええ、小澤沙織ちゃんです。この子には、何度も助けてもらってるんですよ。今年の忙しい正月にも仕事手伝ってもらったし、キャンディスでモデルが足りなくなった時も、この子が出てくれて……ヒロさんが、沙織ちゃんにモデルになってほしいって、ずっと言ってるんですよ」

 牧がそう説明する。女性は笑顔で頷き、沙織を見つめた。

「そうなの。はじめまして、私は石川理恵といいます。今回、ヒロさんと一緒に、この事務所を共同経営することになったの。よろしくね」

「は、はい……」

 沙織は理恵と名乗った女性から、目が反らせなくなっていた。理恵はすらりと背が高く、本当に美しい顔立ちをしている。なにより、ほんのり香る香水に、大人の女性という感じが漂う。

「理恵」

 そう言って、奥から鷹緒が出てきた。

「ちょっと、気安く呼び捨てにしないでください」

 理恵が言った。鷹緒は変わらぬ表情のまま、口を曲げて理恵に近付く。

「悪かったな、副社長……それより、さっき預けたフィルムどこやったんだよ」

「え? 机の上に……あ、ここにあった」

 ポケットからフィルムを出して、理恵が言った。

「ったく……おう、沙織。今、ヒロから電話あったぞ。バイトしてくれんだって?」

「え、あ、うん……」

 沙織は戸惑いながら、鷹緒を見つめる。様子の違う沙織に、鷹緒は首を傾げた。

「なんだよ。どうした?」

「べ、べつに……」

「変なやつだな」

「まあまあ、ちょっと休憩にしましょうよ。お茶入れてきます」

 牧はそう言って、給湯室へと向かっていった。残された三人は、近くの応接スペースへ向かう。

 対面式に置かれたソファに、沙織は奥の席を勧められ、鷹緒と理恵は隣同士に座った。

「あの……お二人は、もしかして……」

 気まずい空気の中、沙織が意を決して尋ねた。鷹緒と理恵は、お互いの顔を見合わせる。

「……元夫婦?」

 鷹緒が言った。

「バラさないでよ」

「こいつ、知ってるよ」

「あ、そうなの?」

 二人のやりとりを、沙織は呆然と見つめていた。

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