03:親戚のお兄ちゃん
「これ、お兄ちゃんの車?」
駐車場で鷹緒の車を見て、沙織がそう言った。少し驚いたのは、外車のスポーツカーだったからだ。
「ああ。早く乗れよ」
「オジャマシマス……」
沙織は緊張して車に乗り込むと、車内を見回す。
「ハハ……何をきょろきょろしてんだよ」
「だって、外車なんて初めてだし……お兄ちゃん、稼いでるんだね」
「バーカ。んなことはねえよ」
鷹緒はそう言いながら、車を走らせた。
「それより、どうだった? 年越しライブは」
車の中で鷹緒が尋ねた。鷹緒のおかげで、沙織は好きな歌手・BBの、念願の年越しライブへ行くことが出来たのだ。
「うん、すごくよかった! 彼氏も喜んでくれて……ありがとうございました」
未だ緊張したままの沙織が言った。男性と二人きりで車に乗るのは、初めてである。
「へえ、彼氏いんの? イッチョ前に……」
「もう! そんな子供じゃないもん。もう十六だよ?」
沙織がムキになって言う。
「まだガキじゃん。早い、早い」
そう言う沙織に、鷹緒が軽く言う。その横顔は優しげで、どこか懐かしい。
「じゃあ、鷹緒お兄ちゃんは、オジサンじゃん」
「アホか。俺はまだ二十九だ」
「立派なオジサンじゃない」
「コノヤロー」
二人は笑いながら、会話を弾ませる。次第に沙織の緊張も解れていき、二人は打ち解けていった。
「ねえ、明日は何時に行けばいいの?」
しばらくしたところで、沙織が尋ねた。
「そうだな……朝九時に、事務所に来れる?」
「えー、早い。迎えに来てくれる?」
鷹緒の言葉に、冗談で沙織が言う。
「アホか。まあ、三日バイトしてくれたら、後はいいから」
「え、三日でいいの? 冬休み、全部削られるのかと思った」
「削って欲しけりゃ、いくらでも仕事はあるけど。たかがチケットやったくらいで、三日拘束すりゃ十分だろ」
鷹緒が言った。鷹緒と打ち解けてきたところで、沙織は質問を続ける。
「……ねえ。ああいうチケットって、どうして手に入るの?」
「どうしてって……仕事関係だけど? 一応、事務所ルートでチケットはいくらか取れるし、あのグループは、前に俺が写真撮ったこともあって、回ってきただけの話だよ」
「へえ。そうなんだ……」
「でも、驚いた。しばらく連絡も取ってないおまえの母親から、たまに連絡が来たと思ったら、BBの年越しライブのチケットが欲しいなんてな」
軽く笑いながら、鷹緒は煙草に火をつける。
「だって、彼氏がすごい好きで……」
「……まあ、いいけど? こっちとしても年始の忙しい時期に、一人でも人手が増えるのはありがたいよ」
煙草の煙を吐きながら、鷹緒が言った。そんな鷹緒に、沙織が質問を続ける。
「……仕事って、何をすればいいの?」
「俺とかヒロの言うことを聞いてればいい。まあ、雑用ってところだな。あれ持ってこいだの、あれ買って来いだの、はっきり言って、俺は人使いが荒いからな」
「うん。荒らそう……」
素直な沙織の言葉に、鷹緒が苦笑する。
「まあ、覚悟しておけよ」
「うん……」
「それから現場では、俺のことは間違っても、お兄ちゃんなんて呼ぶなよ」
鷹緒が煙草を揉み消しながら、念を押して言った。
「じゃあ、なんて呼べば?」
「……諸星さんか、鷹緒さんだな」
「じゃあ、鷹緒さん……」
「はいはい。ほら、着くぞ」
車は、沙織の家の前に止まった。
「ありがとうございました。待ってて。お母さん、呼んで来る」
「え? べつにいいよ。もう長いこと、会ってないし……」
「でもお母さんだって、会いたがってるもん。待ってて」
沙織はそう言うと、家の中へと入っていった。
少しすると、沙織が母親を連れて、家から出てきた。沙織の母親と鷹緒は、従兄弟同士であるが、沙織同様、まったく会っていない。
「鷹ちゃん、久しぶりねえ」
懐かしそうに、沙織の母が、鷹緒に近付いてそう言う。
「どうも……お久しぶりです」
鷹緒は少し照れながら、会釈をする。
「この間は、ごめんね。BBのチケットくれだなんて、急に変なこと頼んじゃって……」
「いいよ。代わりに三日間、お嬢さんをお借りしますがね」
沙織の母の言葉に、笑って鷹緒が言った。
「変なことに使わなければ、どうぞ使ってやってちょうだい」
「それは大丈夫だけど、明日も朝から来てもらうから、よろしくお願いします」
「わかったわ。送ってもらってありがとうね」
「いえ、じゃあ……」
鷹緒は軽く会釈をすると、そのまま車で去っていった。
「大きくなったわね。鷹ちゃんも……」
車を見送りながら、沙織の母が呟く。
「嫌だ、お母さん。鷹緒お兄ちゃんも、ちょっと困ってたじゃない。二十九歳の男に、鷹ちゃんなんて言うから……」
少し呆れたように、沙織が言った。
「だって、鷹ちゃんは鷹ちゃんだもの。鷹ちゃんだって、ずっと私のこと、杏子お姉ちゃんって呼んでたのよ」
「それって、いつの話よ……」
「うーん。鷹ちゃんが、小学生くらいの時かしら」
「まったく……」
二人は笑いながら、家の中へと入っていった。