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27:別れた人

 鷹緒は小さな溜息をついた。

「よりによって……」

「ヒロさん、まだ?」

 その時、女性が奥のデスクに顔を出した。鷹緒の別れた妻というその女性は、確かに元モデルというだけあって、すらりと背の高い美しい女性である。

 石川いしかわ理恵りえという、二十七歳のその女性は、鷹緒とは四年前に別れた以来、ほとんど会っていない。

「ごめん、まだ見つからないんだよ。ここに入れたと思ったんだけど……」

 机の引き出しから書類の束を出しながら、広樹が言う。そんな広樹に、見かねて鷹緒が口を開いた。

「なに探してんだ?」

「契約書だよ。この間、役員会でサインしたのが……」

「……あれだろ?」

 鷹緒が指差した先には、壁にかけられた大きな封筒があった。

 その封筒を目にして、広樹は照れながら封筒を取り上げた。

「お、本当だ。そうか、わかりやすいように壁にかけておいたんだった」

「相変わらずですね。ヒロさん、結構おっちょこちょいなんだもん。鷹緒も、物を見つける力は、相変わらず衰えてないみたいね」

 小さく笑いながら、理恵が言った。そんな理恵に、鷹緒は小さく溜息を漏らす。

「……おまえが、まさかうちの社長になるとはな」

「社長はヒロさんよ。私は副社長、モデル部担当」

 理恵が答える。理恵はもともと、モデル引退後にモデル事務所でマネージャーをしていた。しかし独立の話が持ち上がり、その中で広樹の事務所を共同経営することになったのだった。

 それは、広樹の事務所がモデルやタレントにも力を入れる傍ら、企画事務所としても成長してきたことや、鷹緒の力も手伝って、事務所が大きくなってきたことにあった。

「まさか本気とはな……」

 テーブルに腰をかけ、俯いたままの鷹緒が言う。

「だから話は進めるって言ったろ? でも、うちも助かるよ。モデル事務所じゃないのに、結構モデルも充実してきちゃってたから、管理も大変だろう? 理恵ちゃんは、ここしばらくモデル事務所でしごかれてきたわけだし、これから大きく広げるのに一任出来るよ」

 広樹はそう言って、歩き出した。

「コーヒーでも買ってくるよ。肝心な時に、冷蔵庫に何もないんだものな」

「え、じゃあ俺が行くよ」

 バツが悪そうに、鷹緒が言う。

「馬鹿言え。たまに会ったなら、ちゃんと話せば?」

 広樹は意地悪げにそう言うと、事務所を出ていった。

「ったく、あいつ……」

 鷹緒はそう言うと、応接用のソファに座り、煙草に火をつけた。

「相変わらずだね、鷹緒。私が苦手?」

 目の前に座り、苦笑しながら理恵が言う。

「……苦手だな」

「ひどーい。じゃあ、なんで結婚したのよ」

「アホか、いつの話だよ。でも……ちゃんとやってんのか? 恵美は?」

「うん、元気よ」

「そうか……」

「……ごめんね。まさか鷹緒の事務所に来るなんて思ってなかった。初めは、ただ独立したいってヒロさんに相談しただけだったんだけど、その後ヒロさんから共同経営の話を持ちかけられた時、戸惑ったんだけど……まだ一人じゃ不安で、お言葉に甘えちゃった」

 理恵の言葉を聞きながら、鷹緒は煙草をもみ消す。

「……いいんじゃない? ヒロはヒロで、社長として事務所のこと考えてるんだ。デメリット背負ってまで、おまえに話は持ちかけないだろう。俺は一社員だ。経営陣がどうなろうが、関係ねえよ」

 鷹緒の言葉に、思わず理恵が苦笑する。

「相変わらずだね。でも経営陣に私が入るってことは、あなたの仕事に口出し出来るってことだからね」

「馬鹿言え。おまえの専門はモデル部署だろう? 俺はモデルだけに関わってんじゃないからな」

「でも写真家としてのあなたなら、モデルに関わることが多いでしょ?」

 理恵の笑顔に、鷹緒も小さく微笑んだ。

 一見、喧嘩腰の二人の会話は、二人が育んだ親しげな過去を物語っている。

「ただいまー」

 その時、広樹が戻って来た。

「ほい、コーヒーと軽食」

「サンキュー」

 コンビニ袋を広げた広樹から、すかさず鷹緒が缶コーヒーを手にし、一気に飲み干した。

「相変わらずだな、朝っぱらから一気飲みかよ。理恵ちゃん、こんな男と別れて正解だよ」

 冗談っぽくそう言う広樹に、理恵も微笑んだ。

「私もそう思います」

「おまえらな……」

「冗談だって。話は出来たのか? 仲良くやってくれよ。同じ会社の仲間になるんだから」

 鷹緒の言葉を遮って、広樹が言った。理恵は静かに微笑む。

「大丈夫ですよ。喧嘩別れしたわけじゃないんだし……仲が悪いのは昔から。ねえ? 鷹緒サン」

 そう言ってきた理恵に、鷹緒は苦笑する。

「確かに……喧嘩別れじゃないよな……まあ、勝手にやってくれ」

 鷹緒と理恵は、軽く握手を交わす。そんな二人に、広樹はにこやかに微笑んでいる。

「それはよかった。二人の握手は、僕が見届けたよ。さて、これから今後の経営体制について話し合うつもりなんだ。鷹緒も居てくれるか?」

「まさか。俺は入稿ついでに寄っただけだよ」

 空になった缶を掴み、鷹緒が立ち上がって言った。そんな鷹緒を引き止めるように、広樹が口を開く。

「今日の予定は?」

「打ち合わせが三件入っているほかは、珍しくオフ」

「じゃあ、それまでここにいたら? 食事でも……」

「いい。じゃあな」

 鷹緒はそう言って、足早に事務所を出ていった。

「まったく……相変わらずだな。君の前でもあっさりしてる」

 ぼそっと言った広樹に、理恵は静かに微笑む。

「うん。でも、それがいいところだと思う……彼、照れ屋だし、思ったことを素直に伝えられないんだもの」

「まあ……そうだね」

 広樹も笑って答えた。

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