26:気付かされた、恋心
「私……鷹緒さんのことが好き……?」
自問自答を繰り返しながら、沙織はリビングの椅子に座る。目の前のテーブルには、沙織がモデルをやった雑誌「キャンディス」が、数冊置かれていた。
「私じゃないみたい……」
自分の写真を見て、そう呟く。説明し難い孤独感が、沙織を襲っていた。
「ただいまー」
そこに、元気の良い母親の声が響いた。
「お母さん!」
いつにない孤独感を感じていた沙織は、思わずそう叫ぶ。
「なんだ、沙織。帰ってたの? 今日は早いわね。あ、あんたの雑誌送られてきて、見たわよ。すごいじゃない! 最初、沙織かどうかわからなかったわよ。でも、綺麗に撮れてるじゃないの」
母親独特のマシンガントークが炸裂する。
「うん、私も思った」
「夕飯は食べたの?」
「まだ……」
「じゃあ、今から作るから」
そう言うと、母親はすぐにキッチンに立つ。
「あ、ねえ、お母さん。鷹緒さんが結婚してたって、知ってたの?」
思い出して、沙織が尋ねる。
「ああ、もちろん知ってたわよ。沙織は知らなかったっけ? そっか、その頃はもう、あんまり交流なかったし、あんたも小さかったからね……」
「うん。それ聞いて、びっくりしちゃって。鷹緒さん、そんな風に見えなかったからさ……」
「まあねえ……でも、あんまり長くは続かなかったみたいよ」
「え、そうなの? 離婚してるの?」
沙織は興味津々で、母親を見つめる。
「確かそうよ。まあ、結婚自体あまり知らせてなかったみたいだけど、私たちは叔父さんの葬式で会って知ったのよね……そうよ、写真も残ってるわよ」
「嘘、見たい!」
「なあに。なにかあるの?」
興奮気味の沙織を、母親が不思議そうに見つめている。
「ううん……だってあの人、謎だらけなんだもん」
「まあ、そうかもね……アルバムが入ってる棚にあると思うわよ。十年くらい前のだったと思うわ」
「十年、そんなに前?」
「そうよ。確か鷹ちゃん、十代の頃でしょ」
「へ、へえ。なんか歴史が……」
「そうよ。だからあんたもフラフラしてないで、真面目にしなさいよ」
「ハイハイ……あ、あった!」
十年前のアルバムを開いて、沙織が写真を見つける。とある葬祭場で撮られた写真だが、親戚一同が揃っている。
幼い沙織たちに混じり、若き鷹緒とそれに寄り添う女性がいた。鷹緒は飛び抜けて背が高く、まるで芸能人のように輝いて見える。
「うわ。鷹緒さん、すっごくカッコイイ!」
「そうよ。鷹ちゃん、モデルだったんだもの。相手の女性もモデルだったみたい。鷹ちゃん、ママから見てもカッコイイと思うわよ。沙織だって小さい頃は、鷹ちゃんと結婚したいって言ってたじゃない」
「え、そうだっけ。覚えてない」
母親の言葉に、沙織は赤くなって言う。
「まあ、鷹ちゃんは昔からモテてたからね」
それを聞きながら、沙織は鷹緒の写真を凝視する。確かに相手の女性もかなりの美人で、スタイルがいい。沙織は言葉を失った。
「本当、だったんだ……」
認めたくはなかったが、その胸の高鳴りに、沙織は自分が鷹緒に恋をしているのだと確信した。
次の日の早朝。鷹緒が事務所に行くと、入口付近に一人の女性が立っていた。
「理恵……」
鷹緒が女性を見て言った。女性は鷹緒を見ると、すぐに微笑む。
「久しぶりね。鷹緒サン」
「ああ……そうだな……」
鷹緒は目を反らすと、眼鏡を正して奥へと入っていった。
「ヒロ」
奥へ行くと、広樹が机周りをあさっている。
「ああ、鷹緒か。おはよう。早いな」
「まあな……」
「理恵ちゃんに会ったか? 久々だろ、話しでもしてろよ」
書類をペラペラとめくっている広樹を尻目に、鷹緒は無言のまま、近くの机に腰をかける。
「……」
「なんだ? 遅かれ早かれ会うことになったんだ。さっさと打ち解けろよ。元の奥さんだろ?」
広樹が言った。さっきの女性は、鷹緒の離婚した前妻であった。