23:マンションスタジオ
鷹緒の住むマンションは、東京タワーが見える大きなマンションであった。
俊二は地下駐車場に鷹緒の車を停めると、沙織を連れて鷹緒の部屋へと向かっていく。
「なんか、すごい高級そうなマンションですね……」
マンションの造りを見ながら、沙織が呟く。俊二はそれを聞きながら、一つの部屋の前に立ち止まった。
「そうだね。ここがスタジオ。そっちの部屋が、鷹緒さんの部屋だよ」
俊二はそう言うと、スタジオである部屋の鍵を開ける。沙織は鷹緒の部屋という、隣の部屋を見つめる。
「先に行かないんですか?」
「うん、こっちからも行けるから」
俊二はそう言うと、スタジオの部屋へと入っていった。沙織もそれに続く。
スタジオと呼ばれる一室は、普通のマンションでありながら、本格的な撮影機材が並んでいた。
「わあ、すごい……」
圧倒されて、沙織が言う。
「あれ、ここに置いたはずだけどなあ……」
俊二はそう言うと、早速、忘れ物のフィルムを探している。沙織も辺りを見回す。
「私も手伝いましょうか?」
「いいよいいよ、別の部屋かも。それより、鷹緒さんの様子見てきてくれる? そこのドア開けると、鷹緒さんの部屋に繋がってるから」
俊二が指差したのは、リビングにつけられた一つのドアだった。
「え?」
「どっちも鷹緒さんの部屋だったから、ドアつけたらしいよ。そっちの部屋、廊下を出て一つ目の右のドアが寝室だよ。異常がなければそこで寝てると思う。僕は探し物があるから……」
「わかりました」
沙織は返事をすると、鷹緒の部屋へと入っていった。
緊張しながら進むと、沙織は言われた通りの部屋のドアを静かに開ける。すると中には、大きなベッドがあり、寝息が聞こえる。そっと覗き込むと、そこには紛れもなく鷹緒がいた。
(よかった。普通に寝てるみたい……)
沙織がそう思って見つめていると、突然、沙織の携帯電話のバイブが震えた。
「わ……」
慌てて沙織は電話を切って、鷹緒を見る。しかし鷹緒は起きる様子もなかったので、一安心した。
沙織は、鷹緒に背を向ける形で携帯電話を見つめると、一通のメールが届いていた。そこには、もう会話すらしていない、恋人の篤からの言葉が連ねられている。
“この間は感情的になってごめん……今日クラスの女子に、キャンディスって雑誌見せてもらったよ。あれってマジで沙織なの? 俺、しばらく考えてみたけど、やっぱり沙織と別れたくないよ。謝るから、今夜会わない? 今夜が駄目なら、学校ででもいいよ。俺、今年は受験生だし、やっぱりもう一度ちゃんと話したい”
篤からのそんなメールに、沙織は複雑な気持ちで携帯電話から目を逸らす。そして壁にかかったボードにつけられた写真を、無意識に見つめた。すべて風景写真だが、そのボードの前には、唯一の人物写真が、フォトフレームに入れられて立てられている。
そこには、今より少し若い鷹緒と一緒に、見知らぬ女性と小さな女の子が写っていた。
「え、なに? これ……」
沙織は驚きと同時に、何も考えられなくなっていた。写真を手に取ってみるものの、信じ難いことが浮かぶだけだ。まるで若い家族のような写真である。
その時、部屋の電話が鳴り響いた。沙織が慌ててまごまごしていると、鷹緒が目を覚ました。
「ん……」
目を擦りながらの鷹緒と、沙織の目が合う。
「うわ、沙織! なんでおまえがここに……」
起きたての鷹緒は、沙織を見て驚いている。沙織も突然のことに目を泳がせながらも、口を開く。
「よ、様子を見にだよ……俊二さんも一緒に」
「はー、脅かすなよ……」
「それより、電話出たら?」
「んー……」
嫌そうに、鷹緒が電話の受話器を取る。
「はい。ああ、どうも……」
鷹緒が電話の相手と会話を始める。沙織は写真を持って見つめたまま、しばらくその場に立っていた。
すると、電話を終えた鷹緒が、沙織の持つ写真を奪うように取り、棚に戻して歩き出した。
「ねえ、この写真の子……」
部屋を出て行こうとする鷹緒に、沙織がやっとそう口にする。
「……俺の子供だけど?」