21:事務所の人たち
「こんにちは……」
久々なので、沙織は少し緊張して入った。この忙しい事務所では、自分の存在などすぐに忘れられてしまうだろう。
「あら、沙織ちゃん。久しぶりじゃない。どうしてたの? 心配してたのよ」
そんな不安げな沙織に反して、いつもの調子で事務員の牧が出迎えた。沙織はその様子に、ほっとする。
「ごめんなさい……あの、鷹緒さんは?」
「今日は緊急でお休みだそうよ」
「え、何かあったんですか?」
「ううん。寝不足続きらしくて、社長命令でね。鷹緒さんに用事?」
「いえ……キャンディスのことで、びっくしりしちゃって」
沙織が言った。
「ああ、私も見たわ! すごいじゃない。あんなに大々的に載るなんて、モデルでもあんまりないわよ。鷹緒さんのサービスじゃない?」
笑って牧が言う。そんな牧に、またも沙織は照れて赤くなった。
「本当、びっくりしたんですよ。端っこで、ちょこっと写ってるだけだと思ったから……」
「いいじゃない、光栄でしょう。滅多にないことなんだから」
「それはそうですけど……」
「あれ? 沙織ちゃんじゃない。久しぶりだね」
そこへやってきたのは、社長の広樹である。
「ヒロさん」
「どうしたの? ちっとも顔出してくれないから、心配してたんだよ」
「ごめんなさい。いろいろあって……」
会釈をしながら、沙織が言う。恐縮したままの沙織に、牧が笑って口を開く。
「ヒロさん。沙織ちゃん、今月のキャンディスのことで来たんですって。恥ずかしがってるんですよ」
「ああ、僕も見たよ。鷹緒のやつ、さすがうまく撮るね。それより沙織ちゃん、真面目にうちの専属モデルになること、考えてみない? 君は可愛いんだし、雰囲気も持ってる。うまくやっていけると思うんだ。なにより鷹緒の親戚で、もう我々とも知り合いだし、しっかりサポートしていくよ」
明るいながらも真剣に、広樹が言った。沙織は目を泳がせると、静かに口を開く。
「そんな……私、モデルなんて考えられません。今でさえ、こんなふうに載っちゃってオドオドしてるのに」
「ハッハッ。そんなの、すぐに慣れるよ」
「でも、来年は受験生にもなるし、今はそれどころじゃないんです……」
沙織が言った。謙遜しているわけではなかった。興味がないといったら嘘になるが、自分にそれほど自信もなく、仕事としてなど考えられない。
そんな沙織に、広樹は残念そうに頷いた。
「そう……残念だなあ。じゃあ大学に入ったらでもいいから、ぜひ考えておいてよ。うちの事務所も、これからどんどん拡大していこうと思ってるから」
「……わかりました。でも私、そういうタイプじゃないんですよ。恥ずかしがり屋だし」
「フォローはするって。鷹緒だっているわけだしさ……さて牧ちゃん。僕は会議で出かけるから、あとよろしくね」
時計を見て、広樹が言った。牧も時計を見上げると、頷く。
「わかりました。定時で閉めていいんですね?」
「うん。その前に俊二たちが一度戻ると思うけど、今日は早く閉めちゃっていいよ。どうせ僕も鷹緒もいないんだし」
「わかりました。お疲れさまです」
「ほーい。じゃあ沙織ちゃん、またね。ゆっくりしていって」
広樹はそう言うと、事務所を出ていった。
「なんか、いろいろ大変なんですね。事務所って……」
いつ来ても慌しいまでの事務所に、沙織がぼそっと言った。
「まあね。こんな小さな事務所でも、結構大きな仕事も入ってきてるし、モデルだけでもかなり増えちゃってるしね……」
その時、撮影スタッフたちが戻ってきた。
「お疲れっす」
「お疲れさま、早かったね。今、社長が出ていったところなのよ」
牧はそう言いながら、お茶を入れて差し出す。
「マジっすか。あ、お茶いただきます」
そこへ、少し遅れて俊二が入ってきた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま。はい、お茶」
すかさず牧は、俊二にお茶を差し出す。
「ありがとう。牧ちゃん、悪いけど、マンションスタジオの鍵、貸してくれる?」
俊二が言った。
「いいけど、どうしたの?」
「いや、昨日の撮影の時に、フィルムとか忘れちゃって……」
そう言う俊二に、スタッフと牧も苦笑する。
「カメラマンなのに、フィルム忘れちゃったの?」
「はあ。あそこ、僕はあんまり使ったことないから、なんか緊張して忘れちゃうんだよね……」
「そうね。俊二君は、そこの地下スタジオ専属みたいな感じになってるから、他のところはあまり行かないものね。じゃあ、社長には私から伝えておくから」
そう言うと、牧は俊二に鍵を差し出す。俊二は苦笑してそれを受け取った。
「ありがとう。ついでに鷹緒さんの様子も見てくるよ……あの人、限界までやるから、ぶっ倒れてるかも」
「……あの、マンションスタジオって?」
その時、話についていけない沙織が尋ねた。鷹緒の名前が出たので、なんとなく反応している自分がいる。