02:再会
「すぐ着くからね」
歩きながら、広樹が言う。
気さくに見える広樹は、すぐに打ち解けられるような安心感がある。
「あの、木村さんの事務所って、タレント事務所なんですね」
沙織が尋ねる。事務所の詳細も、仕事の内容もほとんど聞かされていないため、いろいろ知りたかった。
「うん。あとは、いろいろな企画を考えたりしてるよ」
「へえ……」
「それより、鷹緒とは久しぶりなんだって?」
今度は広樹が尋ねた。
「はい。もう十年以上は、会ってないと……」
「そんなに! じゃあ、本当に久しぶりなんだね。鷹緒のことは覚えてるの?」
「小さい頃に遊んでもらった記憶とかはあるんですけど……正直、あんまり覚えてないんです。何をしている人かも、あんまり知らないし」
「ふうん、そうか……あ、ここがスタジオだよ。今日はあいつ、カメラマンとして動いてるから」
広樹の案内で、沙織は生まれて初めて、スタジオというところへと入っていった。
中では、眩しいくらいのフラッシュが炊かれ、数人のモデルがポーズをとっている。その前でシャッターを切っているのが、沙織の親戚である、鷹緒のようだ。
「はい、これで終了です。お疲れさまです」
「お疲れさまでした」
スタッフやモデルたちが、一斉にそう言った。
「鷹緒」
その中で、広樹が呼ぶ。その声に一人の男が振り向いた。沙織の親戚である、諸星鷹緒だ。背が高く、眼鏡をかけたその男性は、沙織と面識はあるものの十年以上も会っておらず、そう交流があったわけではない、沙織にとって遠い親戚だ。
「ヒロ。遅いぞ」
鷹緒が言った。広樹は苦笑する。
「終わっちゃったか。大丈夫だった?」
「なんとかな」
そう言う鷹緒は、沙織に目も向けず、カメラをいじっている。
「終わっちゃったなら仕方がないよな。ほら、連れて来たよ」
「誰?」
「誰じゃないよ。おまえの親戚だろ? 小澤沙織ちゃん」
「ああ……」
鷹緒が初めて沙織を見た。沙織は久々に見る鷹緒の顔に、少しきょとんとしている。そんな沙織に、鷹緒は口を開く。
「なに、アホ面してんだよ」
「た、鷹緒お兄ちゃん……」
沙織の言葉に、鷹緒は沙織を見つめた。
「おまえ、ここは俺の仕事場なんだ。お兄ちゃんはやめろよ」
つれなくそう言う鷹緒に、沙織は少し戸惑っていた。そんな沙織を見て、鷹緒が笑う。
「ハハハ。あの、泣き虫の沙織がねえ……」
その言葉と表情に、沙織はほっとしたような、かっとしたような気分になった。
「な、泣き虫じゃないもん。お兄ちゃんは、私のこと知らないくせに!」
気付いた時には、沙織はそう叫んでいた。
「……そうだな。もう十年も会ってないもんな。大きくなるわけだ」
鷹緒は苦笑しながら沙織の頭を軽く叩くと、ジャケットを着て振り向いた。
「今日はもう終わりだ。帰って仕事するよ」
広樹に向かって、鷹緒が言った。その言葉に、広樹も頷く。
「ああ。じゃあ僕はまだ仕事があるから、事務所に戻るよ。間に合わなくて悪かったな」
「本当にな。じゃあな」
「ああ、お疲れさまー」
広樹はそのまま、沙織やスタッフに合図を送り、スタジオを出ていった。
「沙織」
鷹緒のその声に、沙織は一瞬、ドキッとした。
「無駄足させたな。今日はもう終わりだから、家まで送るよ」
「……うん」
久しぶりに会った鷹緒は、沙織の記憶にはないほど大人になっていた。