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19:暗雲

「篤……!」

 沙織は篤の背中を見つめたまま、それ以上何も言えない。

 鷹緒は静かに息を吐くと、シートにもたれたまま沙織を見つめる。

「……家、入れよ」

 その言葉に、沙織は首を振る。

「じゃあ、乗れ」

 鷹緒はそう言うと、エンジンをかける。沙織も、静かに車へと乗り込んだ。


 走り出した車の中で、二人は何も言わなかった。ただ沙織は、ショックで俯いたままだ。

 しばらくすると、鷹緒の携帯電話が鳴った。鷹緒はハンズフリーの通話ボタンを押す。

「はい」

『広樹だけど。今、平気か?』

 車内に広樹の声が響く。

「ああ、なに?」

『明日だけど、朝イチで事務所へ来てくれないか。俊二が休んでるせいで、仕事が片付いてないんだ』

 広樹の言葉に、鷹緒は顔をしかめて口を開く。

「おいおい。明日は俺、久々の午前休みで……」

『わーかってるよ。その分の埋め合わせは、俊二が出てきたらするから』

「……オーケー。じゃあ、明日な」

『ああ悪い。あと、今日はちゃんと寝ろよ。おまえ、このところ寝てないんだから』

「言ってることがなってないぞ。じゃあな」

 苦笑しながら、鷹緒は電話を切った。

「……ごめん、もういいよ。家に帰る」

 横目に鷹緒を見ながら、沙織が言った。

「べつに……早く帰れたから寝れるってわけじゃないし」

「……寝てないの?」

「いや、ちょこちょこ寝てるよ。このところ仕事が忙しかったから、ちょっとな」

 鷹緒は軽く笑ってそう言うと、車を走らせる。

 しばらくすると、沙織は寝てしまった。鷹緒はそれを確認すると、静かに沙織の自宅方面へと戻っていった。

「おい、着いたぞ」

 鷹緒がそう言うと、沙織が目を覚ました。

「あ……家か」

「寝てちょっとは楽になったか?」

「……うん、ありがとう。いろいろ考えてみる」

 沙織はそう言うと、笑って車を降りる。

「……何かあったら、事務所来いよ」

 ぶっきらぼうだが、鷹緒の優しさが伝わる。

「ありがとう。じゃあ、遅くまでごめんなさい。しかも寝ちゃって……またね!」

 そう言って沙織が家へ入ったのを見届けると、鷹緒はそのまま去っていった。

 それから数週間、沙織は一度も事務所へ顔を出さなかった。



「鷹緒!」

 ある朝、事務所でそう呼ぶ声があった。呼ばれていた鷹緒は、事務所のソファで眠っている。

「起きろよ、鷹緒」

 鷹緒が目を覚ますと、そこには広樹がいる。

「ん、ヒロか。なんだよ、さっき寝たとこなのに……」

 鷹緒は、眠たそうに起き上がった。

「寝かしてやりたいけど、出入り口から丸見えだ。ったく、おまえの仕事スペースは奥に用意してやってるのに、使わないんだから……」

 ぶつぶつと、広樹が言う。

「……今、何時?」

 眠い目を擦りながら、鷹緒が尋ねた。

「八時五分」

「ああ、まだ一時間しか寝てねえよ……」

「おまえなあ、たまには家に帰れよ」

「遠いんだよ」

「車で十分くらいだろ。それが遠いってんなら、目の前のマンションでも借りろよ」

「んー、面倒臭い」

「ほら、コーヒー。目覚ませ」

 冷蔵庫の缶コーヒーを差し出しながら、広樹が言う。

「ああ……」

「で、仕事は?」

「出来たよ。さっきファックス流したから、もう終わりだ」

 未だぼうっとした様子の鷹緒が、一点を見つめながらそう言った。まだ気だるそうに、何度もあくびを繰り返す。

「今日はおまえ、珍しく会議だけだったな。じゃあ、すぐに家帰って寝ろよ。今日はもういい……最近ろくに寝てないだろ?」

「いつものことだよ。ふあーあ」

 鷹緒は大きなあくびをして、今にも眠りそうである。

「ったく、しょうがないなあ。仕事が忙しいのはわかるけど、自己管理しろよな」

「してるよ……」

「ほら、車のキー貸せよ。部屋まで送る」

 呆れたようにしながらも、心配そうに広樹が言った。そんな広樹に、鷹緒は苦笑する。

「いいよ、べつに」

「よくないよ。そんな状態じゃ、危なくて仕方ない」

「んー、じゃあ、電車で帰るよ」

 やっと目が覚めてきた鷹緒は、伸びをしながらそう言った。

「おまえが電車? 嫌いなくせに」

「たまにはいいよ。車で十分、電車で五分だからな。じゃ、お言葉に甘えて帰るわ……」

「ああ、ちゃんと寝ろよ」

「んー」

 鷹緒は立ち上がると、そのままふらふらと歩き出した。

「あ、鷹緒」

 そこを、広樹が呼び止める。

「ん?」

「……例の件、進めるからな」

 広樹の言葉に、鷹緒は小さく息を吐く。

「……ああ」

 返事をすると、鷹緒は自宅へと帰っていった。

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