15:急な仕事
「おう、鷹緒。居たか」
広樹が鷹緒に声をかける。
「ヒロ。なに?」
「おまえ、今夜の予定は?」
「八時から打ち合わせ」
「じゃあ、ギリギリだけど……おまえ、キャンディスの撮影やってくれないか?」
広樹がそう言った。キャンディスとは、中高生向けのファッション雑誌で、鷹緒の助手である俊二がカメラマンを手がけている。
「なんで? 俊二の仕事だろ」
「俊二がぶっ倒れたんだ」
「は?」
「風邪。熱が三十九度越えてるって。他のやつも出払ってるし……おまえしかいないだろ」
その言葉に、鷹緒は軽く頭を掻いた。
「……オーケー。八時前には終わらせるぞ」
「当然。僕も手伝うよ。お願いします」
「仕方ないですな。一肌脱ぎますか」
鷹緒はテーブルの上の写真をかき集めると、すぐに支度を始めた。
「うちのスタジオ?」
「ああ。スタッフ連中は、すでに準備に行ってるよ」
「了解。おい、沙織。手伝って」
振り向きざまに、鷹緒が沙織にそう言った。
「えー、なんて。いいよ」
「当然だろ。じゃ、行って来ます」
そのまま鷹緒は沙織を連れて、事務所を出ていった。
「俊二さん、大丈夫かな?」
歩きながら、沙織が尋ねる。
「さあな……でも、あいつが仕事休むなんて、余程のことだからな」
「でも、こういうこともあるんだね。今日の撮影関係者、鷹緒さんに撮ってもらえるなんてラッキーじゃん」
「まあな……」
鷹緒は軽く笑うと、スタジオへと入っていった。
スタジオでは、スタッフが着々と準備をし、モデルたちも衣装に着替えていた。しかし、関係者は騒然としている。
「お疲れさまです」
鷹緒がそう言うと、雑誌の制作スタッフが駆け寄った。
「あ、これは諸星さん……」
「すみません。うちの木田が熱で来られなくなりまして、急遽私がやらせていただくことになりまして……」
軽くお辞儀をして、鷹緒が言った。
「いえ。それは、こちらとしても嬉しい限りなのですが……」
「はあ、何か?」
浮かない顔の雑誌関係者に、鷹緒が尋ねる。
「実は予定していたモデルが一人、風邪で来れなくなりまして、プランが変わってしまいそうなんですよ。でも八時までには上げたいと聞きまして、どうだろうと……もちろん、日取りを変えるのも不可能ですし……」
「プラン変更には、そんなに時間がかかるんですか? 一人抜けたくらいなら、臨機応変に……」
雑誌関係者に、鷹緒が言う。
「いえ。プランを考えたのは、うちの編集長が用意したプランナーでしてね。まあ、こちらの事情なんですが、寸分たりとも変えるわけにはいかないんですよ……」
焦る関係者を前に、鷹緒も少し考えた。その時、広樹がやってきた。
「何かあったんですか?」
そう言う広樹に、関係者がまた説明をする。
「……沙織ちゃん。君、モデルやらない?」
一同が考え込む中、突然、広樹がスタッフに混じる沙織にそう言った。
「ヒロ。冗談言うなよ」
すかさず鷹緒が止める。広樹は笑いながら沙織の肩を掴んで、雑誌関係者を見つめる。
「冗談なんかじゃないよ。どうですか、この子。可愛いでしょう?」
「彼女は?」
雑誌関係者が、沙織を見つめて尋ねる。
「諸星の親戚で、うちの事務所を手伝ってくれている子なんですが、現役高校生です。モデルとしてなら背は低めだけど、雑誌モデルなら大丈夫でしょう」
「やってもらえますか?」
関係者の言葉に、沙織は戸惑った。
「わ、私がモデルなんて……出来ません!」