14:事務所
車の中で、沙織はまたも緊張する。鷹緒の存在は、すでに親戚ではなく、芸能人のような感覚になっていた。華やかな世界で活躍する鷹緒の存在は、沙織の好奇心をくすぐる。
「沙織」
「は、ハイ?」
突然呼ばれて、沙織が我に返った。
「おまえ、家に連絡したのか? 夕飯食べてくるって」
「ううん。いつも私、外で食べるから」
「え、じゃあ、お母さんどうしてんの?」
「お母さんも、夜はパートの日が多いんだ。習い事とかもやってるし。うち、結構オープンだから、遅くても平気」
「おまえなあ……まだ学生なんだから、連絡くらいしろよ」
「はいはーい」
「聞く気ねえな……」
沙織の返事に、鷹緒は苦笑する。
「じゃあ、鷹緒さんの学生時代は?」
「俺は真面目に勉強してました。まあ……家にはあんまり帰ってなかったけどな」
「じゃあ一緒じゃん」
「一緒にすんなよ」
車は、沙織の自宅へと着いた。
「ありがとうございました」
車から降りながら、沙織が言う。
「どういたしまして……でも学校まで電車通学、少し大変だな」
鷹緒が言った。沙織の自宅から学校までは、電車で四十分ほどだが、行きも帰りもラッシュ時となる。
「もう慣れたよ。それに、遊んでたらラッシュはクリア出来るし」
「遊ぶなよ。じゃあな」
「ありがとうございました」
鷹緒はそのまま車で去っていった。
その日から、沙織はちょくちょく暇があっては、鷹緒の事務所に行くようになっていた。鷹緒に会うことは滅多になかったが、社長の広樹も事務員の牧も、みな優しかったので、沙織にとって居心地の良い場所になっている。
「こんにちはー」
ある休日。今日も篤がバイトのため、沙織は一人、事務所へと顔を出した。
「沙織ちゃん。いらっしゃい」
事務員の牧が、受付で出迎える。沙織は牧に近付き、口を開いた。
「牧さん。何か仕事ありますか?」
「あるわよ、膨大に。でも、ちょっと休んでからにしようよ」
「はい。じゃあ、コーヒー入れますね」
「ありがとう」
沙織は慣れた様子で給湯室へと入っていき、コーヒーを入れて受付に戻る。そんな沙織に、牧がクッキーの入った缶を差し出した。
「ありがとう、沙織ちゃん。クッキーあるから、一緒に食べよ」
「わあ、おいしそう。いただきます」
沙織はクッキーを頬張りながら、事務所を見回す。
「今日は静かですね」
「比較的ね。忙しい時期も、ちょっと過ぎたし」
その時、鷹緒が事務所へ入ってきた。
「鷹緒さん」
「おう。なんだ、また来てたのか。よっぽど暇なんだな」
憎まれ口を言いながら、鷹緒が沙織を見て言う。
「またまた、鷹緒さん。沙織ちゃん、いろいろ手伝ってくれてるんですよ」
苦笑しながら牧が言った。鷹緒は軽く微笑みながら、応接部分のソファへと座る。
「ふうん……じゃあ、俺にもコーヒーくれよ」
「ひねくれ者にはあげませんよー」
鷹緒に近付き、わざと膨れっ面をしながら沙織が言う。
「すみませんね。この年になると、ひねくれもするんだよ。いいからくれ」
「はーい」
沙織は笑いながら、コーヒーを入れて鷹緒に差し出した。
「サンキュー」
鷹緒は早速テーブルに書類や写真を広げ、コーヒーに口をつける。
「あ、BBの写真」
テーブルの上を覗き込みながら、沙織が言った。鷹緒は構わず、写真を並べている。
「本当、カッコイイわよね、BB。鷹緒さんも、どうするのかと思ったけど、BBの専属カメラマンの契約も受けてくれたから、事務所の知名度も一気に上がって……」
すぐそばの受付から、牧も覗いてそう言った。
「あ、受けたんだ? BBの専属カメラマン」
「ガキが首突っ込むな」
沙織の言葉に、鷹緒が言う。
「最近、冷たくないですかー? 親戚なのに」
そんな鷹緒に、冗談交じりで沙織が言った。
「あのなあ。暇な時は手伝えとは言ったけど、毎日毎日来やがって」
「べつに、鷹緒さんにはほとんど会わないじゃない」
「話には聞いてる」
その時、鷹緒の携帯電話が鳴った。
「はい。ああ、どうも……」
すかさず電話に出た鷹緒の後ろで、膨れる沙織に、牧が笑って口を開く。
「漫才やってるみたいね」
「合わないんです。私と鷹緒さんは」
「あら。面白いコンビだと思うけど?」
「やめてくださいよ。あんなオジサン」
その言葉に、鷹緒が沙織の頭をコツンと叩いた。
「あ、電話終わってたんだ?」
「牧。これ、俺の来週のスケジュール。ヒロと俊二に渡しておいてくれる?」
沙織の言葉を遮って、鷹緒が牧にそう言う。
「わかりました」
返事をしながら、牧はすぐにコピーを取り始めている。その時、奥から広樹が出てきた。