表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/125

124:心の距離

 夜になり、遊園地ラストの花火を待って着々と人が集まる中、鷹緒は沙織を連れ、人波と逆の方向へ歩いていった。

「鷹緒さん、どこ行くの? もうすぐ花火が始まっちゃうよ!」

 先を歩く鷹緒についていきながらも、心配そうに沙織が言う。

「わかってるよ」

 鷹緒はそう言ったまま、どんどんと進んでいく。すでに花火を待つ人の群れは遠くなってしまった。

 その時、一発目の花火がけたたましい音とともに放たれた。

「始まっちゃった!」

 少し苛立ちながら、立ち止まって振り向き、沙織が言った。大きな花火は建物の陰に隠れて、上半分だけが空しく見える。

「おい、行くぞ」

「ちょ、ちょっと、鷹緒さん!」

 立ち止まった沙織の手を取り、鷹緒は走り始めた。そのまま沙織も仕方なく走る。

 二人は近くのアトラクションへと入っていった。

「まもなく発車します」

 そんな声を聞いて、鷹緒の手が更に強く握られる。

「やばい。急ぐぞ、沙織」

 そう言いながら、鷹緒は沙織とともに、アトラクションの中へと入っていった。

「これ……汽車?」

 辺りを見回しながら、沙織が言った。

 遊園地を大きく半周する汽車は、夜はほとんど乗客もいない。また、遊園地を見下ろす形で走るので、何の妨げもなく花火が見えた。

「わあ! すごい、すごい!」

「おい、ちゃんと座れよ。危ないぞ」

 窓にかじりつく沙織に、苦笑して鷹緒が言った。花火に照らされた沙織の顔は、無邪気に輝いている。鷹緒はそんな沙織に微笑み、黙って見つめるのだった。

「綺麗……」

 しばらくして、少し落ち着いた様子の沙織がそう言った。鷹緒も頷きながら、花火をじっと見つめている。

「うん……」

「……どうして、こんなベストスポット知ってるの?」

 突然、沙織が尋ねた。

「どうしてって……」

「……理恵さんと来たとか?」

 その言葉に、花火を見ていた鷹緒が振り向いた。二人の目が合う。

「仕事だよ」

「……本当に?」

「なにを心配してんだか」

 苦笑しながらそう言って、鷹緒は沙織の額を軽く叩いた。

「イタッ」

 その時、汽車が止まり、すぐに鷹緒は立ち上がる。

「もう終わり?」

「まだまだ」

 不敵に微笑み、鷹緒は止まった汽車を降りていった。

 沙織は嬉しそうに、その後をついていく。すると鷹緒が突然止まったので、沙織は鷹緒の背中に当たった。振り向いた鷹緒の向こうでは、間近で花火が炸裂している。

「わあ……!」

 そこは汽車の乗降階段で、すでに前には多くの人がいる。二人はその最後尾に立ち止まる形となった。そこは階段のてっぺんに近く、まるで特等席のようである。

「すごい……」

 感動して食い入るように花火を見つめる沙織。その後ろに周り、鷹緒は沙織の肩を抱いた。いつか二人で見た星空と同じ感動が、沙織を包んだ。


 やがて、そのまま時間が止まったかのような二人を、花火を終えた静けさと人波が、現実へと引き戻した。

「……帰るか」

 そう言って、鷹緒が沙織を追い越して歩き出す。妙な寂しさが、沙織を襲う。

「沙織?」

 鷹緒の問いかけに、沙織はゆっくりと歩き出した。

「……どうした?」

 やがて、歩きながら鷹緒が尋ねた。沙織の顔を覗きこむ鷹緒は、純粋に沙織の寂しさには気付いていない。

 沙織は立ち止まって、鷹緒を見つめた。

「私、あの……」

 何を言ったらいいのか、言いたいけれど言えない気持ちが、沙織を襲う。

 そんな沙織を、鷹緒は怪訝な顔で見つめている。

「なんだよ、どうした?」

「あ、の……」

 言葉の出ない沙織に、鷹緒は静かに口を開いた。

「さっきの……ベストスポット知ってる理由で落ち込んでんなら、誤解だぞ? ここには何度も撮影で来てるから、本当に仕事で……」

 鷹緒が言った。沙織はその言葉を瞬時に信じて頷く。しかし次の言葉が出ない。

「うん……」

「……その話じゃないのか?」

「う、うん。なんでもない……」

 そんな沙織の態度に首を傾げると、鷹緒は小さく溜息をついて微笑んだ。

「写真、撮ろうか。そこに立ってろよ」

 そう言って、鷹緒はポケットから小さなデジタルカメラを取り出して構える。寂しい道の途中のため、アトラクションもネオン輝く店さえ見当たらない。決してフォトスポットではないところで鷹緒が構えたので、沙織も驚いた。

 そこに、カメラのフラッシュが光る。

 突然、眩しい光が放たれたので、思わず沙織は目を瞑った。

「沙織。ほら、プロだろ? 笑顔、笑顔」

 そう言う鷹緒は、沙織を元気づけるかのように必死に見える。沙織は静かに口を開く。

「鷹緒さん、私ね……」

 言いかけた沙織の話を聞くため、鷹緒はカメラを構える手を下ろした。

「うん?」

「……私ね、魔法でもかけられちゃったみたいなの……」

 沙織の言葉に、鷹緒が笑った。

「ハハハ。夢の国だから?」

「ううん。もうずっと前から……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ